第三十四話:店主たちの受難
買い出しは粛々と終わるはずだった――。少なくとも、フローラもアンナもそのつもりがあったことだけは事実だ。だが、現実はそうはならなかった。市場の活気溢れる喧騒の中、二人のメイドは、あろうことか買い出しのすべての品目を巡って激しい火花を散らすこととなった。
そこにいたのは、主人のために少しでも安いうえで、かつ最高質の品を毟り取らんとする貧乏性……もとい、現実主義のフローラと、「ヴォルフラム家の威信」と祝宴という場で騎士達をおもてなしをする為に妥協せずに高価で華美な最高級品の高品質を揃える事こそが正義だと信じて疑わないアンナである。
たとえアンナがわざとフローラに突っかかろうとしなくても、二人の価値観は、水と油ほどに反りが合わなかった。まあ、元平民と元貴族では培ってきた金銭感覚が根本的に違うので仕方がないとも言えるだろう。
「……アンナさん、正気ですか。このサーモンの銀鱗は確かに鮮やかですが、祝宴のメインディッシュには、こちらの身の締まった小ぶりな個体の方が、ハーブの香りが立ちやすく、何より価格も三割は抑えられるではないですか。こちらにしましょう」
「はぁ!? 旦那様の帰還をお祝いするのに、そんな『安物』を使えって言うの!? あんたの根性は、どこまで貧乏性なのよ!三割の端金をケチって、吸血鬼をかってきてくれた騎士達に痩せた魚を出すつもり? 祝宴っていうのは特別なのよ!!?命懸けで戦ってきた騎士たちが、日常の延長線上にあるようなものを食べて飲んでして喜ぶと思う? 最高級の品を惜しみなく振る舞ってこそ、貴族としての器と、守ってもらっていることへの感謝が伝わるのよ!」
アンナはあまり周りに聞かれないように声は落としつつも、これ見よがしに鼻で笑い、艶やかな大魚の方を指差した。フローラは首を振る。
「どのような行事も日々の積み重ねの一つです。あまりに甚大な出費は、予算内とはいえ仕える家にダメージを与えます。常に過剰な贅沢をしていれば、それがいつしか悪しき伝統となり、財政を圧迫しかねません。そして騎士は、主家があって成り立つもの。前回の記録と比較しても、今回は少し引き締めるべきです」
買い出し表に記されているのは「どの店で何を買うか」という品目のみ。だが、同じ店の中でも品物の「ランク」は千差万別だ。いつもの店、いつもの取引先であっても、その日の仕入れ状況によって価格と質は変動する。そこを見極め、調整するのが買い出し担当の「腕の見せ所」なのだが――。
「ねえ、店主! このお酒、この熟成年数が高い方が、騎士…若い男性のお口に合うわよね!?」
アンナが詰め寄ると、店主は引き気味に「は、はあ、まあ、芳醇な香りは確かにありますし……」と顔を引き攣らせる。
「ですが店主さん」今度はフローラが店主に鋭い視線をむける。
「その年代物は確かに香りは良いが、今回の食事で出される予定のメインの魚料理のソースとは、酸味がぶつかるはずなのです。こちらの少し若い熟成年度の方がキレがあり、魚料理を引き立てるとは思いませんか?」
「そ、それは……左様で。魚料理とあわせると考えれば、こちらの方が……」
「ですよね」
「はあ!? 単体での満足度で言ったら断然こっちよ! そんな安酒じゃ、ヴォルフラム家の格が知れるわ!それにもし料理を待つ間にワインだけ口にする者がいれば、味の深みのなさで安物なのがわかってしまうわ!騎士を他家に逃してもいいのかしら!」
二人が同時に、店主へ一歩踏み込む。店主は必死に折衷案として「では、中間のランクのこちらなどはいかがでしょう」と提示してみる。
「中途半端ですね…。古酒の深みもなければ、新酒のキレもない。これにするのでは、金をドブに捨てるようなものです」
「安っぽいわね。ラベルの意匠も品がない。これを主卓に並べるなんて、ゆるせないわ」
店主は「じゃあ、もう、どっちでもいいから早く決めてくれ……」と心の中で悲鳴を上げているようだった。
また別の店ではこんなやりとりがされる。
「店主、あんたもそう思うわよね? このリネン、手触りが一番滑らかなのが最高級だって!」
アンナが店主に詰め寄る。
「え、ええ……まあ、左様で……」
「ですよね! ほら見なさいメイ! 本物を見極める目が必要なのよ!」
アンナが勝ち誇ったように胸を張る。だが、フローラは冷ややかな目でその布をみる。
「店主。滑らかさは認めますが、これでは長くは使えません。すぐに綻びが出るでしょう。こちらの中厚手の、織りのしっかりしたものの方が、長期的に見ていいと思います。……そうでしょう?」
フローラに射抜かれた店主は、ひきつった笑みを浮かべて「そ、そうですね、耐久性を取るなら、仰る通りで……」と言う。
「アンナさん。店主さんもこう言ってますよ」
「ちょっと店主! さっきと言ってること違うじゃない! どっちなのよ!それにそれは庶民向けでしょうが!」
さて、こんなのがそれぞれの店で起こる。気の毒なのは、二人のメイドに挟まれたそれぞれの店の店主たちである。片方の味方をすれば、もう片方から倍の熱量で詰め寄られる。板挟みになった彼らは、必死に「どちらも正しい」という逃げ道を模索し、顔を引きつらせながら説明を繋いだ。
野菜の鮮度から、香辛料の産地に至るまで。
あるときは「実用性とコスト」を説くフローラに軍配が上がり、またあるときは「貴族の品格と見栄え」を盾にするアンナに軍配が上がった。
「……ふん。やっと終わったわ。あんたのせいで予定より大幅に遅れたじゃない。本当にあんたって無駄が多いわよね」
「それはこちらの台詞です。虚飾に金をかけるのが専属メイドの教育だとしたら、あまりに滑稽ですね」
互いに自分が勝ち取った品を籠に入れ、戦利品を抱えるようにして二人は歩き出した。 結果的には、それぞれの視点での妥協のない吟味によって極めて精鋭な品揃えとなった。




