第三十二話:ダメダメなメイ
「いいか、お嬢さん。明日からはしばらく、いつもよりここへ来るのが遅くなる。屋敷が忙しくなるんだ」
フローラが、運搬機に道具を積み込みながら早速、塔に来たときに告げた。少女は新しいふかふかの寝床に座り、不満げに口を尖らせた。
「ええーっ、メイ、またお仕事なの? お嬢さんがメイと遊んであげる時間がなくなっちゃうじゃん」
「仕事をしなきゃ、お前に食わせるもんも運べねえんだよ。……まあ、その代わりだ。数日したら、いつもよりずっと豪華なご馳走を持ってきてやる。ケーキや、肉料理や、お前が見たこともねえようなものばかりだ」
普段なら「ご馳走」という単語に目を輝かせるはずの少女だったが、今日は様子が違った。彼女は少しシュンとした後、上目遣いにフローラを睨んだ。
「……それって、メイが一番だいすきな人の為、お祝いなの?お嬢さんとくべつわくなのにお嬢さんより一番の人大事?」
「……」
想像以上に気にしていたらしい。フローラの「一番」になれなかったショックが、小さな胸の中で尾を引いているようだ。ムスッとしたかおに、フローラは胸の奥をチリりと焼かれるような、奇妙な申し訳なさを覚えた。
「……お前、意外と私のことを気にしてるんだな。じゃあ、悪かったな、あんなこと言って」
「っ、気にしてないもん! お嬢さんは、メイがいない方がお部屋が広々してていいって思ってるもん!」
顔を真っ赤にして否定する少女に、フローラは苦笑を漏らしながら腰を下ろした。
「…違うぞ。お前、魔法使いの絵本を読んでいた時、悪い魔物が出てきただろ? 今回は、その魔物たちに似たようなものを倒してくれている人たちが帰ってくるんだ。それを皆で祝うんだよ。その人たちが主役だ」
フローラの言葉に、少女は「まもの……」と呟き、ゆっくりと瞬きをした。
「……じゃあ、お嬢さんもそれになったら、みんなに祝ってもらえる?お母さんも私の事祝いに来てくれる?…… メイにも、お祝いしてもらえるの?」
「それは――」
フローラの言葉が詰まった。
その職――騎士や討伐隊は、名誉ある仕事だ。だが、それは同時に凄惨な戦場と、吸血鬼に変異する恐怖、そして隣人を斬る覚悟を背負うことを意味する。
それをこの無垢な少女が目指すなど、想像するだけで胸がざわついた。安易な肯定は、誇り高き騎士たちへの侮辱であり、この子を地獄へ誘うことに他ならない。
フローラが口ごもると、少女は「……だめなの?」と、捨てられた子犬のような顔で肩を落とした。その沈黙が、彼女に「お前には無理だ」と突きつけているように感じたのだろう。
「いや……そうじゃねえよ」
フローラは慌てて声を絞り出し、誤魔化すように鼻を鳴らした。
「お前はほら、まだまだ小さいだろ? そんな細っこい腕じゃ、魔物に『パクリ』と一口でいかれちまいそうだと思ってな」
「ちいさくないもん! お嬢さん、おおきいもん!」
少女はガバッと立ち上がり、短い腕を精一杯広げて「大きさ」をアピールした。
「パクリなんてもされないもん! お嬢さん、とっくんもしてるし、魔物なんて、えいっ! ってやっちゃうんだから! メイのいじわる! お嬢さんをバカにしてる!」
怒ってじたばたする少女。フローラはその細い手首を軽く掴んでみせ、挑発するように口角を上げた。
「なら、まずは私に力負けしないことだな。お嬢さん、この前私に力負けしたばっかりだろ。魔物を倒すような凄い人たちはな、私なんかを簡単に倒せねえと、到底なれねえ職なんだよ。魔物には女の涙は効かねえぞ。お前にはまだ早い」
「むぅ……! メイを倒せばいいんだね!? 覚えててね!」
「威勢はいいなぁ。…じゃあ、そんなお嬢さんに贈り物だ」
フローラは懐から例の小袋と、運搬機に積んできた小さな植木鉢、そして土を取り出した。
「……なにこれ。食べもの?これじゃあ、お嬢さん足りないよ?」
「食えねえよ。これは花の種だ。土に埋めて、毎日水をやる。そうすると、しばらくして何かが出てくる」
少女は不満げに首を傾げる。
「食べられないのに持ってきたの? お嬢さん、あんまりいらない」
現金な反応だ。フローラは少し考えて、芝居がかった溜息をついた。
「……贈り物とはいったが、これを咲かせるには根気強さが必要なんだ。私には無理だが、お嬢さんなら、育てられると思ったんだが…」
少女は種とフローラの顔を交互に見つめ、やがて、少女の顔にパッと明るい色が戻った。彼女は得意げに胸を張り、フローラを指差して笑った。
「メイ、できないの!? じゃあできたらお嬢さん、メイよりすごい!ふふん、しょーがないなあ! メイがぜんぜんできないっていうなら、おじょうさんがやってあげる! メイはダメダメだから、おじょうさんがおせわしてメイにみせてあげる!」
「……ああ、頼んだぜ。ダメダメな私に、いつかその花を見せてくれ」
少女は、大切そうに種を抱え込み、さっそく土を弄り始めた。少女が小さな手で土を固める。
――これでこいつの気が紛れれば、安いもんだな。




