第三十一話:職人の意地
フローラは、ある休憩時間に中庭の片隅、温室へと続く小道にいた。祝宴の中でも最も重要なのが、主卓を飾る聖華『ユスティナ』の用意だ。
鋭い剣のような葉の重なりから、真っ白な花弁淡い紅色の筋を覗かせるその花は、特別な意味を持つ。強力な浄化の力を宿し、土地の毒を吸い上げると言われるのだ。そしてユスティナは、吸血鬼や魔物が忌み嫌うものであり、その花が咲く場所は、干渉する事ができないものとされている。だが、その高潔さゆえに気難しく、開花を操るには至難の業を要した。
「――トーマス、例のユスティナの具合はどうだ。メイド長が、祝宴に合わせて最高のものを用意しろと言っていたぜ」
温室の中で土を弄っていた庭師トーマスは、顔を上げると、深く刻まれた皺の奥で目を細めた。
「ああ、メイか。旦那様の帰還だな。計算はできているさ。開花日まで逆算して温度を調整し、土も入れ替えた。俺の首に賭けても、祝宴の日にあわせて花を咲かせてみせるよ」
頼もしい言葉に、フローラはわずかに表情を緩める。トーマスは立ち上がると、腰の土を払いながら、ふと思い出したように言った。
「そういえばよ、メイ。来たら言おうと思っていたんだが、もし、準備の一環で市場へ買い出しに行くんなら、ついでに俺の甥のロナルドに会ってやってくれねえか?ちょっとだけでいいからな」
「ロナルド……あの自動運搬機を作ったっていう?」
「そうだ。お前さんがあれを絶賛してたって伝えたら、あいつ、すげえ喜んでな。ぜひ、自分の才能を理解してくれる御仁に会いたいんだとさ」
フローラは思わず苦笑いを漏らした。
「私なんかが会っても、研究者の細かい理屈なんてさっぱりだぜ?」
「それがいいんだとさ。理屈ばっかり並べる同業者に褒められるより、現場で道具を使い倒してる人間に『助かる』と言われる方が、嬉しいんだと。まあ、現実をみてほしいとは思うが、あいつを虐めたい訳じゃねえからな。あいつ、丁度、市場のすぐ近くに工房を構えてる。寄ってやってくれねえか」
フローラは少しの間を置いて、小さく頷いた。
本来、使用人が屋敷の外へ出るのは容易ではない。何故ならば、メイドは仕事をしている全ての時間は主人の為にあるからだ。ゆえに彼女たちは使い道のない給金を実家へ送り、あるいはいつかのために貯め込み、一歩も出られない不便さと引き換えに生活を保障されている。
「分かった。もし買い出しをする役になったら、その工房とやらを覗いてみるよ。……あの重機には、実際助けられているからな。礼くらいは言っておいても損はねえだろう」
「助かるぜ。ああ、そうだ。どうにもあまり愛想もないんだが許してやってくれよ……」
しかし、快諾したフローラの脳裏に、ふと、塔に残してきた「一番じゃなきゃヤダ」と騒いでいた少女の姿が浮かんだ。これから祝宴の準備で忙しくなれば、必然的にあそこへ通う回数は減る。そうなれば、少女は拗ねるだろう。
「……なあ、トーマス。毎回悪い。ついでに聞きたいんだが……子供に贈るなら、どんな花がいいと思う?」
「子供?……おいおい、急にどうした。お前さんにそんな浮いた話があるとは」
「……いや、別に。ただの興味だ」
「お前はここ最近、本当に様子がおかしいな。……まあ、お前さんの知識じゃ、どんな花の名前を紹介しても区別がつかねえだろうしな。……ほら、これを持っていけ」
トーマスが年季の入った袋から取り出し、フローラの掌に握らせたのは、小さな数粒の種だった。
「『ホテリカ』だ。花火のモデルになったと言われる花でな、育てるのは容易い。夜になると火のように光って見えるが、ありゃ付近の魔力に反応してるだけだから安全だ。……ちと根気強さが必要だから初心者向けではないかもしれんが、面白い花だぞ。庭師としてのオススメだ。前にチーズを多めに貰っちまったしな、御礼だと思って受け取れ」
「あれは御礼だろうが。御礼に御礼を返すんじゃねえ」
少女は根気強いだろうか。フローラは少し疑問に思う。しかし、いつかあの暗い石床の部屋で、この小さな命が「花火」のように光を灯す光景を想像し、フローラの唇にわずかな笑みが漏れた。
「……ありがとう。大切に、使う」




