第三話:飾られぬダリア
フローラはてきぱきと仕事を再開しながら、次の行動に移った。奥様であるセリーヌ・ヴォルフラムの部屋に、ダリアの花を飾ることを提案しようと考えていたのだ。メイド長であるマリアに黙って事を進めれば、セリーヌ様から直接褒めてもらえるだけでなく、厳しいマリアを「ぎゃふん」と言わせられる可能性が高いと踏んでいた。だが、立場上、一応の確認は必要だ。
マリアをみつけたフローラは、いつもの完璧なメイドの笑顔で口を開いた。
「メイド長、差し出がましいようではございますが、奥様の私室にダリアの花を飾ってはいかがでしょうか? 奥様はダリアの花がお好きと聞きましたし、この時期は、大変美しく咲き誇っておりますゆえ、きっとお気に召されるかと存じます」
マリアはいつもの穏やかな表情を少し崩し、白髪交じりの髪の下、鋭い瞳をわずかに見開いた。
「…ダリアを? 奥様がダリアを好んでいらっしゃったのをあなたが知っていたとは、驚きました」
フローラは内心でニヤリとしつつも、あくまで丁寧に答える。
「はい。屋敷の者から伺いまして。季節の移ろいを花で感じていただければと、思い立ちました次第でございます」
マリアはすぐに察したように、微かに口元を緩めた。
「ああ、庭師のトーマスさんですか」
「はい、その通りでございます」
――やっぱりトーマスのおっちゃんと私が仲いいの知ってたんだな…。
マリアは、いつになくいつもより柔らかく微笑んで、フローラを褒めた。
「感心いたしました、メイさん。細やかな気配り、素晴らしいですね」
フローラは一瞬、驚いた顔をしたものの、すぐにいつもの完璧なメイドの表情を取り繕い、謙遜する。
「もったいなきお言葉でございます、メイド長。わたくしなど、まだまだ未熟でございますゆえ…」
マリアはそんなフローラをじっと見つめ、その表情の奥を見透かすかのように言った。
「私が、褒めるとは思いませんでしたか?」
「滅相もございません!メイド長。そのようなことは決して…」
――なんでわかったんだよ!
フローラは額に冷や汗をかきそうになるのを必死で耐え、冷静な表情のまま返答する。マリアは、それすらも見透かしているかのように微笑みつつ、諭すように言った。
「それくらい分かりますよ。特にあなたは、本当に分かりやすいですからね」
「そうなのですか、それはお恥ずかしい限りです。精進していきます。」
――表情変えてねえんだけど?やっぱり絶対エスパーだろ。おっちゃんがそうだと知らないだけなんじゃね?
フローラは心の中で悪態をつくが、マリアはそれすら楽しんでいるようである。そしてすぐに、マリアは表情を元に戻し、穏やかな口調で続ける。
「…さて、そのダリアの件ですが、残念ですが、奥様の私室には飾ってはいけません」
フローラは即座に疑問を口にした。
「なぜでございましょうか? お気に召されるかと存じましたが…」
マリアは、わずかに困ったような表情を浮かべた。
「昔は確かに飾っておりましたが、ある時期から、飾らないことになりました。それが、奥様にとっても、屋敷にとっても良いことなのです」
マリアが言ったのはただそれだけだった。いつものように穏やかだが有無を言わせぬ口調で諭され、フローラは不満げに口を尖らせた。だが、これ以上食い下がっても無駄だと判断し、それ以上は言及しなかった。
その後、フローラは折角なのでついでにマリアと次のお茶会の準備について簡単な打ち合わせを済ませた。フローラがマリアに深々と礼をし、踵を返して去ろうとしたその時、マリアが声をかけた。
「メイさん、セリーヌ様よりメイド長候補になれるのではないかとお声をかけていただいたそうですね」
振り返ると、マリアの顔は、普段の穏やかな笑みではなく、真剣な表情をしていた。その瞳の奥には、何か強い決意のようなものが宿っている。
「…それでは明後日からでいいので、エマさんの仕事を代わってあげなさい」
「エマさん?なぜでございましょうか?何かあるのですか?」
「メイさんは、セリーヌ様にスカウトされたために奥様付きのメイドしか殆ど、やったことがないでしょう?それにどれだけ要領がいいとは言っても、他の部署も回ってメイドの仕事を学ぶべきでしょう」
「しかし、私は奥様に拾われたので…。奥様のおそばを離れるわけには…」
「奥様には私から既にその事をお伝えしておきました。メイド長になるものならば、どのメイドの仕事も満遍なく当たり前にこなせて、この屋敷の事をよく学ぶべきだと。…奥様は応援なさっていましたよ」
フローラはうぐっと言葉に詰まる。奥様からの期待には応えたい。それでもフローラはマリアからだされる課題は大抵、難易度が鬼畜であると身をもって知っていたので、気乗りしなかった。
「…しかし、私は奥様付きのメイドとしてある程度の事は一通り全て出来ます。それに、数日だけですが、メイドとして働く際に、一通り一応、経験はしました。またあらためて経験する必要はないかと…」
「経験といってもどこも数日程度ではないじゃないですか。…しかし、貴方の気持ちも分かっていますよ。だから、私はエマさんの仕事を代わるように言っているのです」
フローラはそれを聞き、仕方がなく頷いた。マリアは、するとすぐに再び穏やかな笑んだ顔に戻っていた。
「頼みましたよ、メイさん。要件はそれだけです。引き留めてしまって申し訳ありませんでしたね」
フローラは、なんとなくマリアの言葉には、どこか意味深な響きがあるような気がした。そして釈然としない思いを抱えながらも、メイド長に従うほかなく、複雑な面持ちでその場を後にするのだった。




