第三話:完璧メイドの日常と、屋敷に渦巻く陰の秘密
フローラは休憩が終わると、仕事を再開し、洗濯物を干していた。頭の中ではさっき聞いた「奥様はダリアの花がお好き」という情報をどう活用できるかについて考えていた。ふと、建物の陰から、ヒソヒソとした陰口と、それに混じる弱々しい声が聞こえてくる。
「また貴方、男に色目を使ったんでしょう?」
「ホント、見てるこっちが恥ずかしいわ。やめてくれない?」
「…ひどい、そんなこと…私は何も…」
数人のメイドに取り囲まれていたのは、シーナというメイドだった。妖艶で魅力的、それでいてどこか奔放な雰囲気を持ち、長めの黒髪はどこか乱れがちで、猫のようなつり目の瞳をしている。今の彼女は猫のようなつり目の瞳を潤ませ、白い頬を青ざめさせているが。シーナの細い声は、メイドたちの嘲笑にかき消されそうになっていた。フローラは内心で舌打ちした。
ーーったく、陰湿なことしやがって…。
すぐにメイドの顔になり、優雅な足取りでメイドたちの輪に近づくと、穏やかながらも芯のある声で呼びかけた。
「皆様、何かお困りでいらっしゃいますか? 大変騒がしくお見受けいたしますが、お仕事の最中でございますゆえ、少々お声をお控えになってはいかがでしょうか」
フローラの突然の登場に、メイドたちはピタリと口を閉ざす。彼女が放つ、威圧感に、たじろいでいるようだった。フローラは微笑みを崩さず、しかしその色素の薄い瞳は、メイドたち一人ひとりを冷静に見据えていた。
「わたくしどもメイドは、常に領主様の屋敷の名に恥じぬよう、慎ましやかに振る舞うことが求められております。このような場所で声を荒げ、他の方を困らせることは、決して許される行為ではございません」
丁寧な言葉遣いの中に、明らかな非難が込められている。メイドたちは居心地悪そうに視線を泳がせ、やがて何も言わずに散っていった。
メイドたちが去ると、シーナがオドオドとフローラを見上げた。
「あ、ありがとうございます、メイさん…」
その怯えた声に、フローラはフッと小さく息を吐いた。
「気になさることはございません、シーナさん。これくらい、当然のことでございます」
フローラはにこやかに答えながら、彼女の細身の体つきに目を向け、どこか怪我はないかと探るように視線を走らせた。
「お怪我はございませんか?」
シーナはハッと目を見開くと、途端に表情を輝かせた。その潤んだ瞳が、みるみるうちに喜びの色を帯びていく。
「はい! もちろん大丈夫です! メイさんのおかげで、本当に助かりました!」
シーナは、その妖艶な魅力を最大限に引き出すような、愛される微笑みをフローラに向けた。その笑顔は、誰もがすぐに心を許してしまうような、純粋な可憐さを湛えていた。
ーーなんで、こんなに愛されるような笑顔ができるやつが、いじめられてんだ…?
フローラは内心で首を傾げながらも、表情には出さなかった。
「お怪我がないのであれば、何よりでございます」
そう丁寧に返したその時、遠くから別のメイドがシーナを呼ぶ声がした。
「シーナさん! 奥様がお呼びでございます!」
フローラが穏やかにシーナに微笑んで見送りの意を示す。
「あっえっと、失礼いたします!」
シーナは、ぺこぺこと何度も頭を下げながら、小走りに去っていった。
その華奢な背中を見送りながら、フローラは再び、シーナという女の謎に首をひねるのだった。