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第二十八話:吸血鬼論争


「……そうですね。私は、イシドール卿の立場を支持いたします」


フローラの迷いのない声が、響いた。


ヴォルフラム家の遠き祖先、イシドール。そしてベラルド家の礎となった男、ゼファー。

かつて親友同士であった二人の運命を分かち、現在に至る両家の深い溝を決定づけたのは、百年前の凄惨な一夜――『オーラムの悲劇』の吸血鬼達を討伐する際に起きた、あまりに非情な決断だった。


ベラルド家の先祖であるゼファー卿の父が吸血鬼に転じ、無自覚な怪物へと成り果てた。そして、父を殺せなかったゼファー卿と、親友の父を——怪物を——容赦なく斬り捨てたヴォルフラム家の祖先、イシドール卿。それが全ての事の発端である。


「ほう。非情な決断を下した側を選ばれると」


エヴァンズが試すような視線を向けると、フローラは首を横に振った。


「ヴォルフラム家に仕える身として、その祖先を否定できないというのもございます。……ゼファー卿の御父上が吸血鬼に成り果てた際、その姿がどれほど生前と変わらぬものであったこと。それを『殺せなかった』ゼファー卿の心中は察するに余りあります。ですが、その迷いが招くのは、ただ一族の破滅と、さらに増え続ける犠牲者だけです」


吸血鬼の真の恐ろしさは、牙や力ではない。

変異した直後の彼らが、生前と変わらぬ性格、変わらぬ所作を保っている事である。自分が一度死んだことも、他者の血を啜る怪物になったことも認識せぬまま、愛する家族を、隣人を、無自覚のうちに骸へと変えていくのだ。


「……鏡の中に映らない自分を映ると誤認し続け、人間だと信じ込んでいる怪物。それを、かつての親友に代わって討ったイシドール卿の決断は、冷酷というよりは『慈悲』であったのではないかと、私は考えます」


「……厳しいね、メイは」


アルバが少しだけ肩をすくめた。幼い彼にとって、肉親の姿をした者を「怪物だから」と割り切って殺す決断は、あまりに重く、想像を絶する領域なのだろう。


フローラの言葉を聞き、エヴァンズは深い溜め息とともに頷いた。


「……まあ、今現在の歴史的観点から見ても、イシドール卿が正しかったと言うほかありません。彼がその手を汚さなければ、ベラルド家はそこで途絶えていたでしょうから。……ですが、いざその場に立ち、肉親の姿をしたものに剣を振り下ろせるか。……それは、我々のような部外者が語るには、あまりに重すぎる問いですね」


エヴァンズの低く響く声が、空気をしっとりと重く響く。


「イシドール卿は親友の代わりに剣を振るった。それが友情であったのか、あるいは冷酷な義務感であったのか……。その当時の王家の方もイシドール卿の判断を罪には問わなかった。まあ、結果として、その判断が両家の間に消えない溝を作ることになったわけですが」


その中心で、アルバは手元の本をじっと見つめ、小さな拳を握りしめた。


「……いつか、僕も。……お父様のように領主になった時、こんなに苦しくて、でも大事な判断ができるようにならないといけないのかな」


ぽつりと漏らされたアルバの言葉には、嫡男として背負うべき未来への、重苦しい予感が滲んでいた。


「吸血鬼討伐は、この国の貴族にとって避けては通れぬ責務なんでしょ。もし、僕と一緒に頑張ってきた騎士たちが吸血鬼になってしまったら……僕は、イシドール卿みたいに嫌われ者になっても、冷たいと言われても、剣を振らないといけないんだよね?」


エヴァンズとフローラの視線が、一瞬だけ交差した。

沈黙を破ったのは、フローラだった。


「アルバ様。……アルバ様は、このグレンデル領がお好きですか?」


「……うん。大好きだよ」


「ならば」


フローラはわずかに表情を和らげ、諭すように言葉を繋いだ。


「アルバ様。吸血鬼を前にした時、脳裏に浮かぶのは、一番はその人の生前の姿でしょう。けれど、剣を取る目的はそれだけではありません。吸血鬼を討つということは、今生きている周囲の人々を守ることに繋がります。その人が生前守りたかったものを、生きている人間として代わりに守ってあげる……。それこそが、死した人への何よりの弔いになるのではないでしょうか」


アルバがハッとしたように顔を上げた。

エヴァンズもまた、フローラの言葉をなぞるように深く頷いた。


「補足するならば、吸血鬼が生前のように振る舞えるのはあくまで最初だけです。吸血を繰り返せば、ほどなくして化物としての本性が露呈する。どれほど人間のようでも、そこにいるのは既に魂の抜けた死人なのです」


「……生前、守りたかったものを、守る」


アルバはフローラの言葉を反芻するように呟き、少しだけ顔を上げた。


「……僕、もっと勉強するよ。イシドール卿が、どんな気持ちで剣を振ったのか、僕なりに考えてみる。……メイ、エヴァンズ先生、ありがとう!」


一礼して戻っていくアルバの背中を見送りながら、フローラはふぅ、と肩の力を抜いた。


「……メイさんは、『吸血鬼は排除すべきだ』という考えなのですね。人によっては『吸血鬼は別個の種族として受け入れるべきだ』と言う方々もいますが」


エヴァンズが、探るような視線をフローラに向ける。そう、実は吸血鬼を受け入れるべきとする考えの人も存在する。この世界には、エルフや獣人、人魚等、様々な種族も存在する。そのなかで、吸血鬼だけを排除するのはどうなのかというものだ。

フローラは「ただの一般論ですよ」といい、ハタキを手に取った。


「それにしても、エヴァンズ先生はアルバ様について行かなくてもよろしかったのですか。授業なのでは?それに私だけでなく先生も、吸血鬼を怪物だと捉えている側の人間でしょう?」


「まあ、そうですね。実際に被害が多く出ている以上、受け入れるべきという考えはあまりに非現実的です。非捕食者と捕食者では、立場で共存など不可能ですし。……あと、ご心配くださり大変ありがたいですが、今日はお休みです。アルバ様の学習状況を奥様と執事長殿に報告しに来ただけですので大丈夫ですよ。そして既に報告は済みました」


エヴァンズはニコりと人当たりの良い笑みを浮かべた。


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