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第二十三話:火花と囁き


フローラはそれから暫く上機嫌だった。セリーヌ様との邂逅で得た幸福感は、不快な音によって急に霧散した。


「――っ、チッ」


すれ違いざま、鼓膜に突き刺さるような鋭い舌打ち。


立ち止まるまでもなく、フローラはその主人が誰かを知っていた。横目で捉えた視線の先、――アンナが、親の仇でも見るかのような形相でこちらを睨みつける。


どこかの地方貴族の末子だか庶子だかという噂のある彼女は、フローラが屋敷に来た当初からフローラの事を目の敵にしてきている。平民出身でありながら、奥様に直々に拾われ、直ぐに奥様の専属として働き、メイド長候補にまで名を連ねたフローラが、彼女の「プライド」を逆撫でしているのは明白だった。


――やられたのは、久しぶりだが、相変わらず、暇なんだな。


フローラは「柳に風」と言う風に受け流し、次の掃除場所へと足を向ける。ならず者時代、路地裏で向けられた本物の殺意に比べれば、元お嬢様の嫉妬などそよ風にもならない。


移動した先の客室でも黙々と雑巾を動かしていると、不意に明るい声がした。


「メイさん! やっぱりいた!丁度、ここあたりを掃除してるかなと思ってね。ここもね、実はコツがいるんだよね…。教えるよ!」


現れたのはエマだった。周囲のメイドたちとも積極的に言葉を交わすようになり、頼もしささえ感じさせるその姿に、フローラはふっと表情を緩めた。


「先輩、わざわざありがとうございます。……優しい先輩を持って、私は幸せですよ」


「もう、メイさんったら急に何言ってるのよ」


エマは少し照れたように笑ったが、すぐに悩んだような顔をして声を潜めた。


「実はね、それだけじゃなくて。……ちょっと相談したいことがあるの。こっちに来て」


促されるまま、共にベランダへと出る。エマは真上、天井の装飾の隙間を指差した。一見、何も異常はないように見える。


「耳を澄ませてみて」


エマに言われるがまま、フローラは耳を澄ませる。


ピィ、ピィ、ピィ、ピィ。


微かだが、幼い鳥の鳴き声が奥から響いてくる。どうやら巣があるらしい。


「これは私に相談する案件ではなくて、メイド長にする案件では?」


「……メイド長に相談すべきなんでしょうけど……あの、メイド長って、なんだか圧があって怖くて。言い出せなかったのよ。ほら、メイさん、メイド長と偶に2人でお話してるし、仲いいなら、代わりにやってくれないかなあなんて…」


ちゃっかりしている。しかし、エマの言葉に、フローラは一瞬、言葉を詰まらせた。記憶を失ったことで、エマの中にあったマリアへの恩義や信頼までもが消えてしまったのだ。


「分かりました。メイド長へは私から報告しておきます。」


――別にメイド長と仲良くはねえけど。


「助かるわ! ありがとう、メイさん」


エマは安堵のため息をつき、しかし、ふと思い出したように彼女の手がまた止まる。


「そういえばメイさん。あなたの代わりに奥様の専属に入ったのが誰か、知ってる?」


「……? 誰でしょうか。メイド長は『適任を探す』と言っていましたが」


「アンナさんよ。アンナさんとも確か、メイさんよく話してて仲良さそうだったよね?」


「……はぁ?」


フローラは思わず素っ頓狂な声を上げた。


アンナは仕事ができない、というわけではない。だが、彼女のは何かと雑だし、何よりあの高圧的な態度がセリーヌ様の穏やかな空気に合うとは到底思えなかった。というか、仲良くない。エマの認識では、『一緒に話していた=仲良し』なのだろうか


「メイド長も最初は渋ったみたいなんだけど……。アンナさん、一応は貴族ならしいでしょう?他のメイド達と比べても礼儀作法や伝統的な知識に関しては、やっぱり『齧ってる』強みがあるみたいで。奥様も、今は色々と社交の準備でお忙しい時期だから、知識がある人が側にいる方が助かるっていう話になったらしいわよ」


エマの言葉に、フローラは呆れを通りこして冷たい炎が胸の奥で宿るのを感じた。


――知識を齧ってる、だと?


あいつがセリーヌ様の隣に立つというのか。では、先程自分に舌打ちをしたのは、フローラが左遷したと思って油断していたのに、セリーヌがフローラに話しかけたところを見た事で、苛立っていたのかもしれない。


「……なるほど。しかし、教えてくださり有難う御座います」


――面倒くさくなりそうだ。こっちに関わってこねえといいが。


すみません。朝5時は、寝過ごしました。

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