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第十九話:秘密の勉強会

「……さて、拝見しますよ」


フローラは掃除用具を壁に立てかけ、首筋に走る鈍痛を堪えながら、アルバが差し出した羊皮紙の束を覗き込んだ。


「メイ、どう……? わかるところ、あるかな」


不安げに上目遣いで尋ねるアルバに対し、フローラは一枚一枚、捲る指を止めずに冒頭の数行を追っていく。しかし、読み進めるごとに彼女の眉間の皺は深くなり、口元からは乾いた笑いが漏れそうになった。


「……そうですね。正直に申し上げましょう。想像以上ですね…。私の知識の範囲では、この一枚目から五枚目あたりまでは全くできません」


「ええっ!? 」


「本当です。古代語の活用だの、国宝魔剣『呪影剣エクリプス』の過去の所有者の偉業とその末路だの……。アルバ様、私はあくまでメイドです。これらは統治者や研究者が、学ぶ領域です。とういかこれ、本当に歴史の宿題ですか?古代語は『語学』の領域ですし先生別では?」


課題の八割方は、フローラにとって未知の言語で書かれた暗号も同義だった。絶望に顔を青ざめさせるアルバを見て、フローラは慌てて残りの二割――自分が辛うじて「情勢」として理解できる領域の紙を手に取った。


「おや……。随分と最近の時事についても出題されているのですね」


フローラの指が止まったのは、数年前、隣接するルミナス領で起きたベラルド家の「平民出身の後妻」を巡る問題だった。身分の低い平民の女性が、由緒ある貴族の正妻として迎えられた。そんな、お伽話の皮を被ったスキャンダルが、客観的な情勢判断の課題として記されていた。


「えっと、エヴァンズ先生がね、『愛だけで国や家が守れると思うか、その弊害を述べよ』って」


「……随分と、子供に対して可愛げのない問いをたてかける先生ですね」


フローラは内容を読み進め、ふと喉の奥が引き攣るような感覚を覚えた。

平民の妻。身分違いの愛。そして、その裏で起きたこと。フローラはこの騒動を肌身に沁みるほどよく知っていた。


――この家、ヴォルフラム家と昔から因縁のある家なんだよなあ。この一件のせいで、隣接するあたりは人の移動が激しくなって治安は一気に冷え込んだんだ時期があったんだよな。


「メイ? どうしたの? お顔、こわいよ」


「……っ。いえ、なんでもありません」


「お顔こわい」という指摘に、フローラはハッとして自嘲気味に息を吐いた。


「アルバ様、この問いの答えは、綺麗事では書かない方がよろしいでしょう。『秩序を乱す愛は、守られるべき者に影を落とし、組織の根幹を揺るがす』……そんな風にまとめておけば、先生も納得なさるはずです」


フローラは課題をアルバへと渡す。アルバは少し俯き、ボソボソと零す。


「……どうして、ルミナス領のことを悪く書かなきゃいけないんだろう。お隣同士なんだから、助け合えばいいのに」


「…先生は、逆に広い視点で物事を見られるよう、あえて否定的な問いを出したのではないでしょうか。この手の話題には、肯定的な意見が表向きは多いですから」


――地位の高いものが表立って茶々を入れると自領の平民を敵に回しかねないからな


「そうなの? うちの家とベラルド家が仲が悪いから、こんな問題が出たのかなって思った」


「流石に教師の立場で、私情で宿題作成しないでしょう。ですが……」


フローラは言葉を選び、アルバの目を見据えた。


「ヴォルフラム家がルミナス領と対立したような体制をとっているのにも、相応の理由があるのではないかとアルバ様に考えてほしかったのではないでしょうか」


アルバは「そうなのか」というふうに頷いた。しかし少し考えてから、好奇心の宿った瞳で聞いてくる。


「……もしかして、どうして仲が悪いのか、メイはもう知ってるの?」


フローラは少し考えてから、含みを持たせた笑みを浮かべた。


「気になるのでしたら、そうですね……。恐らくヴォルフラム家の図書室にもあるはずです。百年ほど前に起きた吸血鬼の大規模な発生、通称『オーラムの悲劇』についてまとめた文献を調べてみるとよろしいですよ」


「悲劇……?」


「ええ。その事件により貴族主体の吸血鬼討伐が本格化したので数多くの資料があるのですが、ヴォルフラム家とベラルド家がその頃にどのような理由で袂を分かったのか、散見される記述があるはずです。歴史を紐解けば、今の不仲も単なる意地悪ではないことが分かるかもしれませんよ」


「メイ、物知りだね?エヴァンズ先生にそれ教えてもらってないよ?」


「いえいえ、これに関しては調べていけば自ずと分かる分類ですよ。なにせ、最終的に王家に仲裁をさせたりもしたレベルで揉めましたからね。恐らくまだエヴァンズ先生も教えていないだけではないでしょうか」


フローラはそう言うと、優雅に一礼した。


「……さて。私のお手伝いはここまででよろしいでしょうか?あまりお手伝いはできませんでしたが」


「うん! ありがとう、メイ。……なんだかエヴァンズ先生が言いたかったことが少し分かった気がする。残りのやつ自分で頑張ってみる!メイの言ってるやつ早く調べてみたいし!」


アルバは晴れやかな顔で課題の束を抱え直し、自習室へ向けて足を踏み出した。


「頑張ってくださいね、アルバ様。……あ、それと」


フローラは呼び止め、悪戯っぽく微笑んだ。


「宿題が終わったら、先生に堂々と顔を見せて差し上げてください。隠れているより、その方がずっと勇敢ですから。エヴァンズ先生もそちらのほうが嬉しいと思いますよ」


「……! うん、わかった!」


タッタッタッと遠ざかる小さな背中を見送りながら、フローラはやりきったというように眉を下げた。


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