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第十三話:物流革命は作業場の隅から


塔から戻ったフローラは、何事もなかったかのように仕事に戻った。


そして昼時の休憩時間、太陽が真上に昇り、庭園の緑が鮮やかに輝く時間。彼女は黙々と作業を続けるトーマスの背中を叩いた。


「おっちゃん、ちょっといいか」


「ん? メイか。どうした。またメイド長に絞られたか?お前も懲りないなぁ」


「……なんで、そうなるんだよ。それより、相談があるんだ」


フローラは周囲に誰もいないことを確認してから、懐から布に包んだ灰色の塊とかしたパンを取り出し、トーマスの目の前に突き出した。


「これ、どうにかならねえか。……おっちゃん、『保温器』持ってただろ。それで咲きにくい花の種を温めて開花を促してたじゃねえか。あれ、貸してくれよ」


トーマスは土汚れを払い、パンを手に取った。指先で弾くと「コン」と乾いた音が響く。彼は眉を寄せ、呆れたようにフローラをまじまじと見つめた。


「……おいおい、メイ。こいつは……」


トーマスは呆れたように、ため息を吐きながらパンをフローラに突き返した。


「この色、この硬さ。……これぁ、家畜の餌にするか、そのまま廃棄する類のもんだろう。お前、どっかから掠め取ってきたのか? 食べ物がなくて困ってるわけじゃなかろうに」


「……っ、い、いや。そんなことはねえよ。ただ、ちょっと……その、興味本位っていうか、職務経験の一環っていうか……」


言い淀み、視線を泳がせるフローラに、トーマスは意地の悪い笑みを浮かべた。


「ははあ。お前さんは相変わらず、嘘が下手だなぁ、フローラ」


「……メイだって言ってんだろ。あと、別に嘘じゃねえし」


「ああ、そうだな。そういうことにしておいてやるよ。……深くは聞かんさ。お前さんのことだ、どうせろくでもない理由か、あるいは、ろくでもなくお人好しな理由だろうからな」


フローラは、ぐっと言葉に詰まった。


「……それで、貸してくれるのか、くれないのか、どっちなんだよ。このパンに水含ませて、あれ使ったら、少しは食べられるくらいに柔らかくなるだろ。それがしたいんだ」


「はあ…。魔道具の保温器は……まあ、作業場の隅にあるはずだ。このカチカチのパンも、預かっておいてやる。どうにか食える程度にふやかしておいてやるよ」


ぶっきらぼうにパンを受け取ったトーマスに、フローラは「助かるぜ」と短く礼を言った。しかし、彼女はその場を去ろうとはしなかった。


「……ついでに、もう一つ聞きてえんだが。おっちゃん、重いもんを楽に運ぶ方法って知らねえか?」


「なんだ、メイ。俺が年寄りだから、腰を労わる知恵でも授けてくれるってのか?」


「ちがうって。花や土を運ぶのは、メイドの仕事よりずっと力仕事だろ。おっちゃんの方が、そういう『現場の知恵』に詳しそうだなと思ってよ」


トーマスは悩んだように自分の荷物の方を見る。


「重いもんなぁ……。滑車を使うか、背負子を工夫するか……。だが、運ぶ場所によるな。平地か、傾斜とか丘みたいなやつか、それとも崖のような酷い傾斜があるとか…」


フローラは少し考えてから答える。


「……まあ、丘みたいな感じだが、傾斜で言うと崖に近いな。とびきり急なやつだ」


――あの階段も傾斜は、ほぼ崖に近いし、嘘は言ってねえはずだ。


するとトーマスは顎の無精髭を撫でながら、困ったように首を傾げた。


「ほぼ、崖か。なら、そもそも足場がだめじゃねえか。他に別の道を作れねえのか?……あとは、小さな崖ならば埋め立てて傾斜を緩やかにするとか…」


「うーん、それは厳しいかもだなあ」


――彼処以外に、登り場所を作るってのは現実的じゃねえし、階段の一段を緩やかにするってのも、五階分もあるとなると、無理だな。


トーマスがその様子を見て、もう少し悩むようにしてから思い出したように言う。


「…ああ、そうだ。使えるかどうか分からんが、ロナルドがつくって俺に押し付けやがったやつのなかに自動運搬機って魔道具があったな。それも作業場の隅に置いてあるぞ」


「……うん?ロナルドの発明品の『自動運搬機』?なんだそりゃ。いやてか、おっちゃん、流石に、それじゃ、崖は登れねえだろ。傾斜がかなりあるわけだし…」


「いや、タイヤの所に吸着するように仕掛けをつけてるらしくて、急斜面は大丈夫なんだってよ。まあ、重量制限があって、人間は乗れねえし、物だけ崖上に登られても困るだけだから、俺にしちゃあ不良品と変わんねえんだがな」


「…そうなのか。…ん?いやでも自動運搬機なら、平地でもいいから使ってやればいいじゃねえか。苗運ぶときに楽じゃねえの?おっちゃん、なんで今使ってやってねえんだ?」


「それがなぁ。平地だと手動で引っ張ってやるか、押してやらねえと全く動かねえんだよ。だから、結局、重いだけなんだよな」


フローラは思わず呆れる。あまりに使い所が特化しすぎている。


「なんだそれ…。そんじゃあ、庭師がいつ使うってんだ。おっちゃんの仕事場、ほぼ平地だろ」


「そうなんだよなぁ」


トーマスは情けないというようにため息をつき、頭をかく。トーマスの甥のロナルドは、自称魔道具発明家だ。ロナルドは発明家としては、確かに腕だけは良いはずなのだが、周りからはその発明品を「痒いところにしか手が届かない発明品」と呼ばれている。需要があまりにニッチに特化しすぎて、役に立たないと言われて売れない。今まで作ったやつならば『軽量化されているが、雪やあられは通して、雨だけを防ぐ傘』や『ゴミを求めて自ら徘徊し、ゴミが入ってないとうめき声のような音をあげるゴミ箱』等がある。正直どうやって作ったのかわからないものばかりだ。


フローラは気を取り直して、トーマスにそれを借りることを頼む事にした。


「じゃあ、それ、借りてもいいか」


――塔までは引っ張って歩かなきゃだが、それでもあったほうがそれからが楽になるだろうな。


「おう、いいぞ。俺もロナルドに、使い勝手はどうかと聞かれて困ってたんだ。俺の仕事じゃあ、斜面なんてわざわざ登ったりしねから俺は使ってねえしな。そのせいで作業場に場所だけとりやがってなぁ。使って持ってってくれるんなら、俺もありがてえ。まあ、そのかわり、あとで使い勝手について教えろよ。ロナルドに言わないとだからな。パン取りに来るときにでも、一緒に取りに来るといいさ」


フローラは頷いてから、ニヤッと笑って茶化すようにトーマスに話しかける。


「しっかし、ロナルドの発明品、今までのやつも面白いと思ってたが、今回はそれだけじゃなくすげえいいな!」


「おい、ロナルドは面白いもんをつくるんじゃねえ、おかしなもんばっかつくるんだ。あんまり変に褒めてやるんじゃねえ」


「まあまあ。私はロナルドは才能があると思うぞ。どれもこれも、他の発明家じゃあ作れねえような代物ばかりだしな。それにおっちゃんのやってる庭師って職もうちだからお金になってるだけで、他じゃそうもいかないだろ」


「それはそうだが…。だがなあ、一銭にもならん事を甥っ子に勧めるのはちょっとなぁ。…というかメイ、そろそろ昼時の休憩時間は終わりじゃないか?」


「ああ、そうだな。とにかく後で取りに来るからな。恩にきるぜ、おっちゃん!」


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