第一話:小さな窓の向こう側と二つの顔を持つメイド
1人の少女が、そっと背伸びして、小さな小窓に顔を近づけた。彼女のいる部屋は簡素なものであった。生活に必要な水回りは整備されているものの、冷たい石の床には一枚の毛布が落ちているだけ。ここは、ひっそりとしたある塔の一室だ。しかし、少女の瞳には悲壮感など微塵もなく、外の世界を映すその瞳は、まるで宝石のように輝き、楽しげにきらめいている。彼女は小さな窓枠に手をかけ、身を乗り出すようにして、広がる景色を夢中で眺めていたのだ。
いつものように、ギィと扉が開き、黒いローブを着た女性が少女の部屋へ入ってくる。女性は黙って、固いパンを一つ皿に乗せて、冷たい石の床に置く。幼い少女にはとても似つかわしくない、粗末な食事だ。少女はパンを手に取ると、女性を見上げる。
「お母さん、今日は来る? お外に行く約束してるの。」
女性は哀れむような視線を少女に向ける。
「そうですね、来るかもしれませんね。しかし、会いたいのなら、ここから出てはいけませんよ。いい子で待っていてください。」
このやり取りは、まるで日課のように繰り返されていた。もう長い間、少女の母親がこの塔を訪れたことはない。
それでも、少女は女性の言葉を信じ、嬉しそうに微笑む。
「うん、わかった!いい子で待ってる!」
ーーお母さん、忙しいって言ってたけど、今日こそは会える!お外に出れる!
女性はそんな少女を一瞥し、前の食事の際に持ってきた皿を持つと、ゆっくりと扉を閉めて出ていった。
一人残された少女は、再び窓辺に駆け寄る。そして、背伸びをしながら、楽しそうに窓の外に広がる景色を眺め、ただひたすらに母親の訪れを待ち続けていた。
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からりと晴れた、グレンデル領、領主邸の午後。白いレースのカーテンから柔らかな陽光が差し込む広々とした応接間で、フローラは完璧な所作でティーセットを運び終えた。丁寧にまとめられたブルネットのロングヘアは乱れ一つなく、健康的な褐色の肌によく映える。淀みない動きでカップを並べ、湯気の立つ紅茶を注ぐ。その一連の動作には一切の無駄がなく、見る者を魅了する。
「フローラ、いつもありがとう。あなたの淹れるお茶は本当に美味しいわね。今日の紅茶も格別だわ」
三十代に入り、円熟した美しさをたたえる領主の妻、セリーヌ・グレンデルが、優雅にカップを口元へ運びながら微笑む、艶やかな栗色の髪はふわりとウェーブし、透き通るような白い肌は彼女の育ちの良さを物語る。セリーヌ様の言葉に、フローラは淑やかに頭を下げた。
「もったいなきお言葉、ありがとうございます。奥様。未熟ながら、心を込めて淹れておりますゆえ、お口に合いましたようで何よりにございます」
――だからフローラって呼ばないでくださいってば!仕事中はメイって呼んでください!何のために同僚どもに名前をメイと呼ぶことで押し切ったんだかわからねえじゃないですか!
実は彼女は、過去はあれており、通称ならず者と呼ばれる部類だった。今は仕事中だから仮面をかぶっているのだ。「フローラ」――その優しげな響きが、フローラの胸には常に刺さる。春の女神の名を冠した「フローラ」という名前は、どうにも彼女の性分に合わなかった。そのため、同僚たちにはてきとうにメイドから名前をもじったメイで呼ぶように通している。
セリーヌ様はにこやかに続ける。
「それにしても、もうすっかりこの屋敷にも慣れたんじゃない? あなたがいてくれると、本当に助かるわ。以前はもう少し、その……不器用なところもあったけれど、今ではもう立派なメイド長候補ね。あなたをスカウトして本当によかったわ。」
「恐縮でございます、奥様。皆様の温かいご指導の賜物と存じます」
――まあ、大変なのは最初から分かり切ったことだったけど、確かによく形になったよな。というかよくセリーヌ様、私をよくスカウトしたよなあ。何を見て私をスカウトしようと思ったんだ?私ならならず者は絶対にスカウトしない。
最初のうちは、慣れない立ち居振る舞いや言葉遣いに苦戦したものだ。元々喧嘩っ早い気質だったが、生真面目なところもあったため、なんとか形にはなった。
「ふふふ、そう言ってもらえてうれしいわ。フローラは特にメイド長のマリアによく可愛がられているものね。マリアは、先代のころから仕えてくれているのよ。きっとマリアも期待しているのでしょうね」
「はい、マリアメイド長には大変お世話になりました。しかし、奥様に直接、雇っていただき、こうして働けていることが私の誇りでありここまで来れた理由であるとも考えています。」
――可愛がられているねぇ…。