王国最強の冷血騎士に、戦場で死んだはずの臆病な少年兵が憑依した件 ~弱さを知って、なんか民のために剣を振るうことになった~
5,000字程度の短編ストーリーに挑戦してみました。サクッと読めます☺
戦場は、いつだって鉄屑と死臭に満ちている。
俺、ゼノン・ヴァーミリオンは返り血を浴びた白銀の鎧を軋ませながら、眼下に広がる惨状を冷ややかに見下ろしていた。王国騎士団副団長。人は俺を「王国最強」と呼ぶが、同時に「冷血騎士」とも囁く。どちらも事実だ。
「ゼノン副団長!敵部隊、壊滅しました!」
伝令兵が恐怖と畏敬の入り混じった目で報告する。当然の結果だ。俺の剣技と魔法の前では、敵兵など塵芥に等しい。
「掃討を続けろ。負傷兵? 足手まといは置いていけ。慈悲など勝利の前では無価値だ」
俺の命令に兵士たちは顔を引きつらせながらも従う。弱者は淘汰される。それが戦場の理であり、世界の摂理だと信じて疑わなかった。
その時だった。
ふと視界の隅で、泥まみれの小さな影が崩れ落ちるのが見えた。年の頃は…十五にも満たないだろうか。明らかに徴兵されたばかりの少年兵だ。恐怖に引きつった顔で、敵兵の槍に貫かれていた。
(…また屑が死んだか)
俺は心の中で吐き捨て、踵を返そうとした。
瞬間、激しい衝撃と共に意識がぐらついた。まるで冷たい水の中に突き落とされたような感覚。そして頭の中に直接、か細い声が響いた。
『…いたい…こわい…死にたく、ない…』
誰だ? 幻聴か? いや違う。これは俺自身の思考ではない、異質な“誰か”の声だ。
「…っ、誰だ!?」
思わず声に出して周囲を見渡すが、誰もいない。鎧の中で冷や汗が噴き出す。先ほど死んだ少年兵の顔が脳裏に焼き付いて離れない。まさか。
『ここは…? あったかい…でも、怖い人がいる…うぅ…』
声は止まらない。それは明らかに、先ほどの少年兵のものだった。馬鹿な。死者の魂が俺に憑依したとでもいうのか?
「ふざけるな! 俺の頭から出ていけ!亡霊が!」
俺は怒鳴りつけたが、声は弱々しく震えるだけだった。
『ご、ごめんなさい…! でも、どうしたらいいか…僕、フィンって言います…あの、あなたは…?』
「黙れ! 俺の名を呼ぶな!」
これが俺と臆病な少年兵の魂・フィンとの、奇妙で忌々しい共同生活の始まりだった。
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フィンと名乗る魂は俺の意識の中に巣食い、消えることはなかった。
四六時中、頭の中にフィンの怯えたような思考や素朴すぎる感想が流れ込んでくる。食事をすれば『わぁ、美味しい! 村じゃこんなの食べられなかった』と喜び、鍛錬をすれば『すごい…! こんなに強い人がいるんだ…』と感嘆する。
正直、鬱陶しくて仕方がない。
俺の研ぎ澄まされた精神にこんなノイズが混じること自体が屈辱だった。何度か祓魔師を頼ろうかとも考えたが、騎士団の副団長が亡霊に取り憑かれているなどと知られれば笑いものになるだけだ。
「おいフィン、貴様は一体何がしたいんだ? 成仏してさっさと俺の中から消えろ」
自室で一人、内心でフィンに問いかける。
『ご、ごめんなさい…でも、僕にも分からないんです。気がついたらここにいて…ただ、あの時すごく強く願ったのは覚えてるんです。“誰かを守れる強い人になりたい”って…』
「…馬鹿馬鹿しい。貴様のような弱者が、誰かを守れるものか」
俺は吐き捨てる。力こそが全てだ。守る側も守られる側も、結局は力がなければ意味がない。
そんな日々が数週間続いたある日、俺は前線の視察中に、負傷者が運び込まれる野戦病院を通りかかった。
呻き声と血の匂いが立ち込める劣悪な環境。衛生兵が必死に動き回っているが、明らかに人手も物資も足りていない。
一人の若い兵士が腹部を押さえて苦しんでいた。傷は深く、このままでは長くは持つまい。
(…時間の無駄だ)
俺はそう判断し、立ち去ろうとした。
『待って! ゼノンさん、待ってください!』
フィンの必死な声が頭に響く。
「何だフィン。見ても無駄だ。助からん」
『そんなことない! 僕、村で薬師のおじいちゃんの手伝いをしてたんです! あの傷なら、まだ…! お願いです、僕に体を貸してください! 僕なら手当てできるかもしれない!』
体を貸すだと? この俺の体を、亡霊に明け渡せというのか。冗談ではない。
「断る。俺の体を好きにさせてたまるものか」
『でもこのままじゃ彼が死んじゃう! ゼノンさんは強くても、怪我を治す方法は知らないでしょう!? お願いです、少しだけでいいから! 人が死ぬのを見るのはもう嫌なんだ!』
フィンの悲痛な叫びが、俺の心の固い殻をわずかに揺さぶった。死ぬ間際の少年の顔、そしてフィン自身の死の瞬間の恐怖が、俺の中に流れ込んでくる。
…ちっ、仕方ない。一度だけだ。
「…好きにしろ。ただし妙な真似をしたら、貴様の魂ごと消滅させるぞ」
内心で許可を与えた瞬間、フッと意識が遠のき、自分の体が自分の意志とは無関係に動き出す感覚に襲われた。
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俺の体は慣れた動きで負傷した兵士に駆け寄ると、その傷口を素早く確認し始めた。
「しっかりしろ! 今、手当てをする!」
発せられた声は俺のものだが、口調は明らかにフィンだった。焦ってはいるが、落ち着き払っている。
フィン(の意識が入った俺の体)は近くにあった薬草を数種類摘み取ると、石で手早くすり潰し、傷口に塗り込んでいく。そして清潔な布でしっかりと圧迫止血を行った。その手際はそこらの衛生兵よりも遥かに確かだった。
俺はまるで他人の体験を映像で見ているかのように、その光景を内側から眺めていた。
(…なるほど。村での経験とやらは、嘘ではなかったようだな)
自分の体が自分の知らない知識で動いている。それは奇妙な感覚だったが、それ以上に、瀕死だった兵士の呼吸が少しずつ落ち着いていく様子に俺は内心驚いていた。
手当てを終えたフィン(俺)は、兵士の手をぎゅっと握った。
「大丈夫。もうすぐ楽になるから。頑張って」
その声には、俺が決して出すことのない温かさと優しさが籠っていた。
やがて俺の意識がはっきりと戻ってくる。フィンの意識が奥へと引っ込んだのだ。
「…終わったか」
『は、はい…! なんとか…! よかった…』
フィンの安堵した声が聞こえる。
手当てを受けた兵士が、朦朧としながらも俺の手を弱々しく握り返してきた。
「…副団長…ありがとう、ございます…これで、故郷の、妹に…」
「…くだらん感傷だ」
俺は反射的にそう言い放ち、兵士の手を振り払おうとした。だが、なぜかできなかった。
兵士の目には涙が浮かんでいた。それは恐怖や絶望ではなく、安堵と感謝の色をしていた。
その純粋な感情が、俺の心にチクリと刺さる。
(…悪くない)
初めて覚えた、人を助けることによって得られる温かな感情。それは、戦場で敵を斬り伏せる達成感とは全く異質なものだった。俺は戸惑いながらも、その温かさを振り払うことができなかった。
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その日を境に、俺の中で何かが変わり始めた。
フィンは相変わらず俺の中にいて、時折、気弱なことを言ったり、お節介な提案をしてきたりする。以前なら一蹴していたそれらの言葉を、俺は無視できなくなっていた。
作戦会議の席で、無謀な突撃作戦が提案された時だった。多くの犠牲が出ることは明らかだったが、上官の命令は絶対だ。俺もこれまでは効率を重視し、多少の犠牲はやむを得ないと考えていた。
しかし、フィンの声が頭に響いた。
『だめですゼノンさん! あんな作戦じゃ、みんな死んじゃいます! 僕みたいに…!』
フィンの恐怖と悲しみが、俺自身の感情のように流れ込んでくる。俺は思わず立ち上がり、声を張り上げていた。
「異議あり! その作戦では無用な犠牲が多すぎる! 別途、迂回路を用いた奇襲を提案する!」
会議室が静まり返る。冷血で知られる俺が、兵の犠牲を案じて異議を唱えたのだ。上官は顔を真っ赤にして俺を睨みつけたが、俺の提案した作戦の合理性と…何より俺の剣技を恐れて、渋々ながらそれを採用した。
結果、作戦は最小限の犠牲で成功を収めた。
またある時は戦火を逃れてきた避難民の一団と遭遇した。食料も底をつき疲れ果てた彼らを、俺は足手まといだと切り捨てようとした。
『お願いです、ゼノンさん! 見捨てるなんてひどい! あの子たち、お腹を空かせてる…!』
フィンは、幼い子供たちの姿を見て、必死に訴えかけてきた。
「…ちっ、面倒な」
俺は舌打ちしながらも、護衛と食料の提供を部下に命じた。避難民たちは涙を流して俺に感謝した。小さな女の子がおずおずと差し出してきた木彫りの人形を、俺は無言で受け取った。その人形の温もりが、妙に心に残った。
俺の変化に周囲の騎士たちは戸惑い、訝しんでいた。
「副団長、最近どうかなされたのですか? 以前とはまるで…」
「何か思うところでもあるのか? 俺は以前のお前の方が分かりやすくて好きだったがな」
部下や同僚からの言葉に、俺は明確には答えなかった。自分でもこの変化をどう説明すればいいのか分からなかったからだ。
ただ、フィンと共にいることで俺は今まで見ようとしてこなかった「弱さ」を知った。そして、力とは単に敵を滅ぼすためだけではなく、「守る」ためにこそ使うべきものなのかもしれない、と漠然と感じ始めていた。
フィンもまた、俺の中で少しずつ変わっていった。俺の圧倒的な強さと冷静な判断力を目の当たりにし、ただ怯えるだけでなく、俺を信頼して戦い方を学ぼうとしていた。
『ゼノンさんはやっぱりすごい…! 僕も、いつか…』
その声には以前のような怯えだけではない、小さな決意のようなものが感じられた。
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戦争は激化の一途をたどっていた。敵国は最後の攻勢を仕掛けるべく、大規模な軍勢を動員してきた。決戦の時が迫っていた。
敵の主力部隊を叩くため、俺の騎士団は敵陣深くへの強襲作戦を敢行することになった。しかしそれは同時に、味方の本隊を守るための囮となる危険な任務でもあった。
「ここは俺が行く。貴様らは本隊と合流し、側面を援護しろ」
俺は部下たちにそう命じた。無謀だ、と誰もが思っただろう。だがこれが最も犠牲を少なく、かつ確実に勝利を掴むための最善策だと、俺とフィンは判断した。
『ゼノンさん、気をつけて…!』フィンの心配そうな声が響く。
「案ずるな。俺は王国最強だ」俺は不敵に笑い、単騎で敵陣へと突撃した。
敵兵の波が押し寄せる。剣を振るい、魔法を放ち、次々と敵を薙ぎ払っていく。だが敵の数はあまりにも多かった。やがて俺は巧妙な罠にはまり、四方を屈強な敵将たちに囲まれてしまった。
(…ここまで、か)
さすがの俺も消耗しきっていた。絶体絶命。
その時、フィンの声がこれまでになくはっきりと響いた。
『ゼノンさん、諦めないで! あの鎧の隙間…左肩の後ろ! そこが弱点です!』
フィンの鋭い指摘。彼は俺の中で、ただ怯えているだけではなかった。戦いを見て、学んでいたのだ。
「…なるほどな!」
俺は最後の力を振り絞り、フィンの言葉通り、敵将の一人の鎧の隙間を正確に貫いた。敵将が崩れ落ちる。それを突破口に、俺は怒涛の反撃を開始した。
『すごい、ゼノンさんならできるって信じてた!』
フィンの嬉しそうな声。だがその声は次第にかすれて、弱々しくなっていくのを感じた。
『…僕、なんだか、すごく眠く…なって…』
「フィン!? どうした!」
『…よかった…ゼノンさんみたいな強い人が、優しい心を持ってくれたら…きっと、たくさんの人を守れる…僕の願い、叶ったのかな…』
激しい戦闘の最中だというのに、俺の胸は締め付けられるような感覚に襲われた。
「馬鹿を言うな! お前がいなければ、俺は…!」
『ありがとう、ゼノンさん…僕、あなたの中にいられて、幸せ…でした…』
フィンの声は、徐々に光の粒子のように拡散していく感覚と共に、完全に消えた。
「フィン…! フィン!!」
俺の叫びは戦場の喧騒にかき消された。
敵を全て打ち倒して勝利を掴んだ時、俺は膝をつき、天を仰いだ。あれほどうっとうしく思っていた存在。だがいつの間にか、俺にとってフィンはかけがえのない相棒であり、失われた良心のような存在になっていたのだ。
深い喪失感が俺の心を支配した。しかし同時に、フィンの最後の言葉が俺の中に確かな温もりを残していた。
決戦は、俺たちの騎士団の活躍もあり、王国の大勝利に終わった。
戦争が終わり平和が訪れた王国で、俺は変わらず騎士団の副団長を務めている。
しかし俺を知る者は皆、口を揃えて言う。「ゼノン副団長は変わられた」と。
俺はもう、無用な血を流すことはしない。弱者を切り捨てることもしない。鍛え上げた力は、民を守るために振るう。部下たちの声に耳を傾け、時には厳しく、時には優しく指導する。かつての「冷血騎士」の面影は、もうない。
時折、空を見上げて思う。
フィン、お前は見ているか? お前が教えてくれた弱さの意味と守ることの尊さを、俺は決して忘れない。お前が願ったように、俺はこの力で一人でも多くの民を守り抜くと誓おう。
俺の胸には木彫りの人形が下げられている。それは、かつて俺が助けた少女からもらったものだ。その温もりを感じるたび俺はフィンのことを思い出し、そして強く優しい騎士として歩む決意を新たにするのだった。
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