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ドラゴン達のデスゲーム

作者: さば缶
掲載日:2025/03/03

 聖なる谷と呼ばれる荒野の中央に、十一匹のドラゴンが集結していた。

広大な空をも覆うほどの巨大な翼を持つ者、痩せこけた身体をまとった者、鎧のように輝く鱗を湛える者……。

しかし、いずれも尋常ならざる力を宿し、この地で相まみえると噂される伝説の存在たちばかり。

今まさに、ドラゴン同士の壮絶なデスゲームが始まろうとしていた。


 黄色と黒のマダラ模様をした一体のドラゴンが、じろりと周囲を見回す。

その腹の底には、なんともこってりとした芳醇な気配が渦巻いていた。

誰かが小声で「あれはラーメン二郎のスープと麺を吐くドラゴンだ」と囁く。

すると、黄色黒ドラゴンは低く唸った。

「俺の吐く濃厚スープを、まずは誰が味わいたい?」

その声には妙な魅力があった。

一度味わえば、しばらくしてまた欲しくなると巷で囁かれるラーメンの魔力。

他のドラゴンたちは警戒心を隠せない。


 そんな中、漆黒とも無色ともつかない、見る者の意識を吸い込むような身体を持つドラゴンが前へ進み出る。

「そんな有形のものなど、我の“虚無”に比べればかすれて消える運命だ」

吐息混じりの声が響いた途端、空気が凍るような錯覚に包まれる。

黒い身体から立ち昇るのは限りない無の力。

あらゆるものを飲み込んでしまいそうな圧力に、周囲のドラゴンさえ一瞬ひるんだ。


 「ふん、ここでうじうじしている暇はないさ」

そう鼻を鳴らしたのは、灰色のドラゴン。

その鋭い瞳が威圧的に光ると、背中から白い煙が絶えず吹き上がり、鼻先からは排気ガスのような黒煙が漏れていた。

「我が排気の毒気を、誰が受け止められる?」

まるで猛毒の雲を作り出すかのように、灰のドラゴンは胸を張る。

スープの香りに気を取られていた者たちも、この異様な臭気には思わず顔を背けた。


 「お待ちなさいよ。

私の口から溢れ出るのは新鮮そのもの、海の宝よ」

銀色に輝く鱗を持つドラゴンが艶やかな声で言う。

そして、あろうことか一気に口を開くと、大量の生しらすが滝のように吐き出される。

丸々とした小魚の群れがぴちぴちと跳ね散るさまは、ある意味で壮観だった。

「さあ、海の恵みを存分に味わいなさい」

艶かしい瞳の輝きとは裏腹に、匂い立つ生臭さが妙に生々しく、他のドラゴンは思わず鼻をつまむ。


 ゴロゴロと小さく音を立てるものが地面に転がり始めた。

それは無数の硬貨――しかも、すべて一円玉だ。

銀白色の龍が舌を鳴らして言う。

「こんな小銭など、焼け石に水と思うか?

積もれば山となるものだぞ」

その声とともに再び口を大きく開くと、まばゆいほどの光を反射して大量の一円玉が降り注ぐ。

「塵も積もれば……の恐ろしさ、教えてやろう」

地面はたちまち硬貨の海に埋もれ、ちゃりちゃりと不気味な音を立てていた。


 「一円玉よりもこいつのほうが余程重たいぜ」

銀色というよりは金属を磨き上げたように反射する鱗をしたドラゴンが、不敵な笑みを浮かべる。

続けざまに口を開くと、大量のパチンコ玉がまさに砲弾のように飛び出した。

ビシビシと空気を切り裂く小球の嵐は、小銭以上に厄介そうだ。

「玉の雨に沈め」

その金属ドラゴンの目は光を放ち、既に標的を探し始めている。


 「肌を潤したい方は、こちらへどうぞ」

優雅に顔を上げていたのは、桃色がかった輝きの身体を持つドラゴン。

口を開くたびに、さらりとした液体が噴き出す。

「あら、コラーゲン配合の化粧水よ。

あなたたちも、いつまでも美しくありたいでしょ?」

その声はどこか上品で、漂う香りも心地よい。

しかし、決して侮れない。

化粧水まみれになった相手は足元を滑らせ、思うように動けなくなるだろうと噂されているのだ。


 さらに隣では、赤い翼を鮮やかに煌めかせたドラゴンが、大きく息を吸っていた。

「俺の力は翼を授けるエナジードリンク。

飲んだ瞬間、力がみなぎるだろう?」

その口から溢れる液体は見る間に泡立ち、まるで飲むだけで空を駆け回れるような活力を感じさせる。

赤いドラゴンは胸を張り、「さあ、誰でも飛べるようになりたいだろう?」と嘲るように笑う。


 「飛べても、心が折れていたら意味がないでしょう」

そうやや優しげな声を上げたのは、七色の光をまとったドラゴンだ。

その姿は虹の端を見つめるように幻想的。

そして口元からこぼれるのは、目に見えぬが確かに感じられる“夢と希望”。

吸い込めば明るい光に満たされ、何事も成せると思える力が湧いてくる。

「どんな悲嘆も、夢と希望があれば乗り越えられるわ」

柔らかな光に包まれた彼の存在感は、この闘技の場にあって異質ですらあった。


 その光を打ち消すように、群がる影がさっと立ち現れる。

砂地を揺るがしながら現れたのは、土色の鱗に覆われたドラゴン。

口を開けば、一斉に飛び出すのはイナゴの群れ。

「食い荒らすがいい。

それが我らの生きる糧だ」

瞬く間に無数の翅が羽音を立て、飛び回るイナゴは緑の絨毯となって周囲を取り囲む。

七色の光も、排気ガスの煙も、瞬く間にかき乱されていく。


 そして最後に姿を見せたのは、白とも金ともつかぬ、眩い光を放つ龍。

その口から一気に溢れ出すのは、人……否、明らかに人間に似た存在だが、どこか現実感に欠ける。

「これは“夢追い人の群れ”。

見ろ、あちらこちらへ駆け出し、何かを追い求めている」

白金色のドラゴンは誇らしげに声を張る。

夢に取り憑かれたような人々が無数に集い、懸命に何かを探して走り回る光景は、他のドラゴンたちの攻撃とはまた違う異様さを放っていた。


 こうして、それぞれが吐き出す異形の力が入り乱れる戦いが幕を開けた。

ラーメン二郎の香りに誘われ、イナゴが突撃する。

しかし、そのイナゴを飲み込もうと虚無のドラゴンが口を開けば、生しらすをぶちまける銀色のドラゴンが無へと押し流されまいと必死に飛びかかる。

地面には無数の一円玉が散らばって行動を阻害し、さらにパチンコ玉の高速射撃が空を切る。

コラーゲン化粧水が降り注げば、地面はぬるりと光り滑りやすくなる。

誰もが滑り、転倒を免れようと飛び立とうとすれば、赤いエナジードリンクドラゴンが笑いながら「翼を授けてやるよ」と鼻でせせら笑う。

そこへ、七色のドラゴンの“夢と希望”を吸い込んだ夢追い人たちがさらに高揚感を得て、狂乱のように走り回る。

この大混戦、果たして誰が最初に倒れ、誰が最後まで生き残るのか。


 やがて、バチバチという音とともにパチンコ玉が排気ガスの煙を突き破り、化粧水で濡れた地面を滑りながらも銀のドラゴンに命中する。

銀のドラゴンは痛みに咆哮を上げ、その隙をついた一円玉のドラゴンが一気に硬貨の雨を浴びせかける。

重みを増した銀のドラゴンは悲鳴を上げ、バランスを崩して大地に崩れ落ちた。

「くっ……ここまでか」

彼の気高い鱗が泥まみれになってもがく様子を見て、他のドラゴンたちは冷たく視線をやりつつも、次なる標的を探す。


 しかし戦いがさらに激化しようとしたそのとき、ラーメン二郎のドラゴンが腹を抱えてうずくまった。

「くっ、匂いを嗅いだら自分でも食べたくなってきた……こんなに強烈だったとはな」

そう呟くなり、彼は自らが吐いた麺を啜り始める。

とたんに再び食欲が止まらなくなり、一時的に戦いどころではなくなってしまったようだ。

虚無のドラゴンは、そんな様子を一瞥して小さく嘲笑を漏らす。

「ああ、皆いずれ虚無に帰すのだよ」

その視線は冷酷だったが、突如として生しらすのドラゴンが彼の背後から飛びかかり、ずぶ濡れの生しらすを無理矢理飲み込ませる。

「虚無だろうと、この生しらすで押し返してみせるわ!」

苦悶の表情を浮かべる虚無のドラゴン。

だが、その瞳には逆に何も映っていないようにも見える。


 ややあって、イナゴの大群が夢追い人の群れに突進するが、彼らは懸命に走りながら「いつか夢を掴むんだ!」と叫び続けている。

不屈の精神を持つ彼らに、イナゴすらも怯む気配を見せ始めた。

「くっ、このままでは我の力が通じない」

土色のドラゴンは焦りの声を上げるが、既に夢追い人の群れはそのドラゴンすら無視して走り去っていく。

戦いの焦点はますます混沌としていった。


 数時間にもおよぶ乱戦の末、ついに生き残ったのはどのドラゴンか――。

荒野に沈む夕陽が、数多の倒れ伏すドラゴンの姿を照らし出す。

ぼろぼろになった身体を引きずりながら立ち上がったのは、やはりあの“虚無”のドラゴンだった。

「結局、全ては無に帰す。

それが真理だ」

深い声が響くたびに、周囲の風景すら影を帯びていく。

ラーメン二郎の龍も、排気ガスの龍も、一円玉やパチンコ玉の龍も、皆疲れ果て地面に横たわっている。

コラーゲン化粧水の龍はかろうじて微動していたが、その瞳には光がなく、まるで妖艶さを失った抜け殻のようだった。

そして最後に七色のドラゴンの光を呑みこむように、虚無のドラゴンが大きく口を開ける。


 その瞬間、「ちょっと待ちな」と声がした。

倒れているはずのラーメン二郎ドラゴンが、よろけつつも立ち上がっている。

「あんた、まだ戦うつもりかい?」

虚無のドラゴンが苛立ちを込めて振り返る。

黄色と黒のドラゴンは、なぜか勢いを取り戻していた。

「そろそろまた腹が減ってきた。

つまり、もう一杯いけるってことだ」

彼の身体から立ち上るあのこってりした香りが、周囲の空気を再び揺るがせる。

虚無の力にも負けず、何度でも湧き上がる食欲――それこそがラーメン二郎ドラゴンの真骨頂。


 「ふん、欲望の塊め……。

だが、やがてそれも儚く散る」

虚無のドラゴンが口を開けようとした瞬間、ラーメン二郎のスープが一気に噴き出す。

その濃厚な香りをまともに浴びた虚無のドラゴンの瞳が揺らぎ、僅かに動揺したように見えた。

「やっぱり……うまそうだ……。

いや、そんなはずはない」

低く唸る虚無のドラゴンは、しかし一歩、また一歩と後ずさりする。

空腹感に負けそうになる自分を否定するように首を振るが、香りが鼻孔をくすぐり続ける。


 そして、ラーメン二郎ドラゴンは勝ち誇ったように声を張り上げる。

「虚無なんて、結局腹が減ったら食欲には勝てないってことさ。

しばらくしたら、また食いたくなるんだよ」

その言葉と同時に、ボタボタと流れ落ちるスープと麺が虚無のドラゴンの意識を捉えて離さない。

最後に残った力で必死に抵抗するも、虚無のドラゴンは誘惑に耐えきれず、まるで空腹を満たすかのようにスープをすすり始めてしまった。

その瞬間、彼の身体から漂う不気味な無の気配がゆっくりと薄れていく。


 こうして、聖なる谷を舞台に繰り広げられたドラゴンたちの壮絶なバトルロイヤルは幕を閉じた。

覇者となったのは、ある意味“再び求めてしまう魔力”を持つラーメン二郎ドラゴンだったと言えるだろう。

倒れ伏した他のドラゴンたちも、時間が経てば再び立ち上がるかもしれない。

しかし、次のときも結局、あの濃厚な香りに惹かれてしまうのだろうか。

夢も希望も、虚無さえも、いつかはその食欲の渦に巻き込まれるのかもしれない。


 そしてどこからともなく、また腹を鳴らす音が響く。

終わりなき食への欲求に、ドラゴンたちは勝てないようだ。

――次なる戦いが訪れるまでに、しばし腹を満たしておかねばなるまい。

果てしない欲望の輪の中で、ドラゴンたちは今日もスープの香りに囚われ続けるのだ。

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