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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第三章
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新たな一年、新たな一歩 その5

 翌日からも、同様に訓練は続けられた。


 やっている事は、ただマナに晒して慣らすだけだが、何事もまず、慣れる所から始めなければならない。


 リルも最初は、中腰で草むしりしただけで筋肉痛になり、少し素振りしては腕が上がらなくなった。


 何事も、始めたばかりが一番苦しい。

 マナに慣れさせるのは、常人とは少し違った方向性だが、根本の考えとしては同じだ。


 そして実際、我慢できる時間も、日を経る毎に増していった。


 ひと月ほど続けた頃には、一時間も自力で我慢できるまでになり、その中で自由に動けるようになっていた。


「いいぞ、リル。その調子だ」


「んぅ……! んんぅぅ~……!」


 自由に、とはいえ、やっているのは裏庭を歩き回る事だけだ。


 それも必死な顔付きで、まるで自重と同じ重りを背負って、歩いているかのような遅々とした歩みだ。


 それでも、たったひと月で一時間の活動時間と、その時間内で歩けるまでに順応したのは、私としても驚きだった。


 ――うちの子、天才かもしれん!


「もういいよ、リル。今日はこの辺にしておこう」


「んーんっ! まだいい! まだ、がんばる!」


 額に汗して努力する姿は、親として、つい応援したくなる。


 しかし、がむしゃらに頑張れば、それだけ成果が上がるものではないのだ。

 それをリルも知らなくてはならない。


「いいや、今日はここまでだよ」


 リルの身体を抱き留めて、胸の内に抱えながら『膜』で包んでやる。

 そうすると、弛緩するように、リルの身体から力が抜けた。


 そして、自分でも気付いたろう。


 今まで張り詰めていたものから手を引いた時、それがギリギリの綱渡りであった、嫌でもと理解できたはずだ。


「お母さん、リル……やっぱりもう、ムリみたい」


「そうだろうとも」


 額には汗が球の粒となって浮かび、前髪が張り付いている。

 その髪を指で整えてやりつつ、お風呂へ向かった。


 殆ど自分で動けないから、私が代わりに全部洗ってやり、その間に私も魔術を用いて自分を洗った。


 今のリルは一人で湯船にも浸かれないので、私が洗っている間、お湯に浸かって待つことすら出来ないからだ。


 一度でも膝を曲げれば、そのままお湯から顔を出せない危険すらあった。

 だからといって、洗って濡れた姿のまま、こちらが終わるまで放置も出来ない。


 だから普段はしない魔力の使い方をしながら、互いの身体と髪を手早く洗い終、湯船に早く浸かれる様にした。


 そうして、私の身体を椅子代わりに、リルを支えてやる。

 リルが力なく後ろに倒れて来て、まるでおっさんの様な声を上げた。


「あ゙ぁ〜……、つかれたなぁ〜……」


「リルは小さいのに、よく頑張っているよ。……実際、大したものだ」


 これは親馬鹿目線で言っている訳ではなく、他と比較して素直にそう思う。

 ボーダナン大森林は、只でさえマナの濃い地として有名だ。


 その上、最も深く濃い部分に居を構えているので、尚のこと辛い環境だった。


 マナは人間が魔法を使うにしろ、あるいは無意識下に使う増強にしろ、常に曝されている存在だ。


 水がそうであるように、絶対に必要なものであるのと同時、取りすぎれば毒にもなる。


 マナもやはり同様に、濃い地点に留まると、それもまた悪い影響が出るのだ。

 実力ある冒険者でも、Bランク相当ならば、一時間で倒れるぐらいの濃度だ。


 リルは既にその地点にいるという事なので、贔屓目なく大したものだった。


「でも、お母さん……。リル、いつになったら、お母さんみたく、フツーにうごけるかなぁ」


「大丈夫、焦ることなんてない。リルなら直ぐさ」


「ほんと?」


「リルは最初、すぐに倒れてしまったろう? それなのに、今は一時間も動いてられる。じっとしてるなら、もっと長くいれるだろう。そこまで成長したんだから、お母さんに追いつくのだって、すぐさ」


「やった!」


 リルは嬉しそうに笑ったが、いつもなら腕まで上げて喜ぶだろうに、それが出来ない。

 腕一本すら動かすのが億劫なほど、今のリルは疲労していた。


「マナの濃い場所で動くのは辛い。それは誰でもそうなんだ。好き好んで近付こうとしないものだし、リルが特別、何か劣っているとかじゃないから。それが普通なんだ」


「でも……、でも……」


 リルは何かを言おうと言葉を探し、それから不思議そうに言葉を落とした。


「ねぇ、お母さん。だったら、どうしてここにすんでるの?」


「それはね、色々と便利だからだよ」


「どうして? すきこのんで、えと……だれもこないトコなんでしょ?」


「そうだな。だから、理由は幾つかある。例えば……」


 全てを(つまび)らかに説明する事は出来ない。

 だから表面的――リルにも納得し易いものを取り上げて説明した。


「マナが豊富な場所は、作物が育ち易いということ。今も堆肥は作っているけど、規模に対しては十分じゃない。それでも実りが豊かなのは、そういう恩恵があるからさ」


「うん、うちのおやさい、おいしいね」


 そう言って笑い、今度は唇を尖らせて不満そうに言った。


「まちのは、なんかニガかった……」


「別にマナが豊富だと、勝手に美味しくなってくれる訳じゃないけどね。そこはお母さんが頑張ったからさ」


「そうなんだ!」


 お湯の中でずり落ちそうになったリルを、お腹周りに手を回し、一度持ち上げてから肩まで浸からせる。


 そうして、浮き出た額の汗を拭うようにお湯を掬って流し、話を続けた。


「後は……、精霊や妖精が寄り付く事かな。彼らは基本的に精霊界の住人だが、マナの濃い地点へ遊びに出たがる。それで協力関係を結べたら、とっても生きるのが楽になるんだ。畑仕事が良い例だろう?」


「えっと……、そうなの? もしかして、おやさいがかってに、カゴにはいったりするのは……」


「それだけじゃないぞ。季節に関係なく実りを作ってくれたり、収穫時期を過ぎても実りを維持してくれたりする。物を運んでくたりは、あくまで数多ある助けの中の、オマケに過ぎないんだ」


「へぇ〜……。そのようせいさん、リルもみれるようになる?」


「なるぞ」


「いつ!?」


 リルが声音だけは元気に、身体はのろのろと後ろを振り返る。

 マナに対抗する為、魔力を振り絞ったから、リルの身体はへとへとだ。


 それでも妖精絡みともなると、異様な元気を取り戻す。

 というより、子どもらしい鮮烈な興味、というべきか。


 私はリルをゆっくりと元の体勢に戻してやりながら、指折り数えて計算した。


「ひい、ふう……。そうだな、大体一ヶ月と少しくらいかな。妖精は特に寒いのが嫌いだし、大体一人だけで行動したりはしない。誰かが行く、という話になれば、わらわらと手が上がるらしいけど……。何れにしろ、もっと暖かくなってからだな」


「いちねんじゅう、いたらいいのに……」


「そういうのも居るよ。洞窟であったろう?」


「そういうのじゃなくて!」


 暗がりで複数の瞳で追い掛けられたのが、相当嫌だったらしい。


 リルの中では、彼らは妖精や精霊とは違うもの、とカテゴライズされてしまったようだ。


 彼らは無害で、しかも臆病。


 しかし敬意に対して、しっかり礼を返す律儀さもあるのだが、子どもにとっては確かに、恐ろしげに映るかもしれない。


「いずれにせよ、春まで時間はあるし……リルにとっても、そっちの方が良いだろうね」


「リルに? どうして?」


「今のままじゃ、せっかく姿が見られるようになっても、精霊や妖精たちのマナに()てられて、やっぱり身体がヘトヘトになっちゃうからさ。でも、ちゃんと挨拶が出来るようなら、精霊たちはきっとリルを助けてくれるよ」


「そうなの? ホントに? どうして?」


「リルはお母さんの子だからさ。今までも見えないだけで、ずっと近くで見ていたんだ。精霊や妖精の気に中てられて、気絶したりしないよう、近付かないようにしてね。彼らだって、リルとお話したいに決まってるさ」


「そうなの? リルも! リルもおはなし、いっぱいしたい!」


 勢い余ってお湯から肩を出したリルを、そっと元に戻す。


「その為には、マナに順応する訓練を頑張らないとね。あと一ヶ月と少し、それまであれば、挨拶したり仕返したり、そうする余裕も出来るだろうさ。……頑張ろうな」


「うん、がんばる!」


 リルの顔はどこまでも晴れやかで、前向きだった。

 新たな目標が追加されたことで、これまで以上のやる気を見せているようだ。


「それじゃあ、リル。百まで数えたら、お風呂から出ようか」



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