表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第三章
98/225

新たな一年、新たな一歩 その4

 翌日からの、リルのやる気は相当なものだった。

 美味しい物、好きな物を食べられて気力充実、体力十分……そういった心境もあるのだろう。


 だが、それより何より、より一層リルを駆り立てているのは、魔法を習得できるようになる――その一点に尽きた。


 午前中のお勉強にも熱が入り、食後のお昼寝も中々寝付けずにいて……そしていざ、魔法勉強の時間となったのだが――。


 家の外、いつも朝の訓練に使う裏庭にて、私の説明を聞いたリルは、げんなりとした顔で息を吐いた。


「めいそー……? まほーのおべんきょう、じゃないの?」


「魔法はすぐ使えるようにはならないよ。まず、使う為の準備がいるんだ」


 そう説明したが、リルには納得して貰えない。


 それもそのはず、私が提案したのは身体を動かすこと――筋トレみたいなものだったからだ。


「お母さん……。これ、きょうのあさもやった」


「似たような事はね。でも、実際は全然違う。あれは剣術を学ぶ為の前段階――『型』を教える為のもの。そしてこれは、魔法にも通ずる、また別のものだよ」


 朝食前から始まる体力作りは、全ての基礎となるものを育てる為に行っている。


 そして、朝食後には剣の基礎となるものを身体に覚えさせ、それが終われば書き取りや計算などの、勉強時間へと移る。


 リルはきっと、魔法について、より専門性の高い、特別な勉強や特訓があるのだと思っていたのだろう。


 勿論、そうした訓練はそのうち行うが、土台すら出来ていないリルに、それらを教えるのはまだ早過ぎるのだった。


 そして、これから教えるものは、剣術にも通ずる基礎になる。

 剣よりも先に教えるか迷ったし、こちらは全てに通じる基礎でもあった。


 だから、剣術よりも先に教えるべきかとも思ったのだが、結局あと回しにした。


 まずは物事に取り掛かるモチベーションを大事にしたいと思ったし、リルは明らかに剣を握れることに興奮していたからだ。


 あまり効率ばかり重視しても意味はない。


 言う事、教える事に、ある程度順番を定めた方が良いのは間違いないが、何でも言うことを聞く人形を相手にしているのではないのだ。


 ムラッ気の多い子どもに対しては、尚更のことだ。

 だから、これから教えるものが、どれだけ重要なのか、まずはそれを教える事にした。


「リル、魔法を使うには、どうしたらいいと思う?」


「んぅ……? えぇ〜と、なんか……んと……、えいってやる!」


 首を左右に傾けて、目一杯悩んで出た言葉に、忍び笑いが漏れる。

 だが、そうした答え――ふんわりとした答えになってしまうのは、むしろ当然だ。


 突然、背中に腕が生えたらどうやった動かすか、と問うようなものだ。

 上手く言葉に出来ないのが、むしろ自然だった。


「魔法はね、最初にマナを感じる所から始まる。これを使えないと、魔法は形にならないからだ。でも、今までは、お母さんがわざと感じさせないようにしていたんだよ。幼い身体には、毒にしかならないからね」


「そうなの?」


「魔法を使わずとも、マナはそこら中にある。薄い場所も、濃い場所も……色々とね。何処にでもあるけど、場所によって左右されるものでもある」


「んぅ……」


 リルは難しそうに顔を歪めて硬直した後、こてんと首を横に傾けた。


「かわとか、みずうみ……みたいに?」


「その表現は、非常に正しい」


 理解力の高さに満足し、私は大いに頷いてリルの頭を撫でた。

 水分は何処にでもある。


 どれほど希薄であろうとそこにあるものだし、例えば朝露程度なら、見渡せばすぐに見つかるものだ。


 しかし、まとまった量となれば、そう簡単な事ではない。

 飲めるほど大量となれば、朝露をどれほど集めても全く足りない。


 水を飲みたいと思った時、それらを掻き集めようとしないのは当然で、普通はより簡単に手に入るところから、集めようとするだろう。


 だが、もしも朝露しかないのだとすれば――。

 そこから得る方法を、捻出しようとするはずだ。


 そして、それらを利用する、利用できるのが魔法使いであり、それを可能にならなければならない。


 それこそが、魔法を使う為の第一歩だった。


「ここの森は、特別マナが濃い。さっきリルが言ったみたいにね、マナの湖みたいなものさ。だから特別感じ易いだろうし、リルにもすぐ分かる様になるよ」


「ほんと?」


「本当だとも。今から、リルの身体を纏う膜を剥がす。……最初はびっくりするかもしれない。突然、気分が悪くなったりするかもしれない。その時は素直に言いなさい、いいね?」


「わかった!」


「アロガも、そこにいて近付かないこと。倒れたとしても、騒ぎ立てないように」


 お目付け役兼護衛のアロガは、こうした時でも付かず離れずの距離で、リルを見守っている。


 その場に前足を枕に顎を乗せて待機しているのだが、泣いたりすると、すぐに駆け付けて来るのが常だ。


 ある時、リルが木剣の振りを誤った事があった。


 自分のスネを強かに打ち、痛みで泣き始めた時さえ即座に駆け付けて来たので、まるで子煩悩な親の如しだ。


 だがそれも、私がしっかり言い含めれば、顔を上げて注視するだけで済む。

 リルとアロガに言い含めた終えたら、いよいよ『膜』を解除する時だ。


 この森にリルを連れて来てから、一度足りとも解除する事のなかったものだ。

 マナの濃度が濃ければ濃い頬、影響が大きくなる可能性が高まる。


 私は細心の注意を配りながら、リルの肩に触れない距離で、慎重にその膜を解除していった。


 完全に取り除くるまで、要した時間は五秒ほど。

 そうして全てが終わると、リルは何も起きないと不思議そうに、顔を傾けた。


 手を見つめたり、肩やお腹に目を向けるのだが、その変化を感じ取れないようだ。


「べつに、なんとも……」


 そう言い掛けて、一歩こちらに近付こうとした、その時だった。

 かくん、と膝が落ちて、その場に崩れそうになる。


 私が咄嗟に受け止めて、アロガはその場に立ち上がった。

 大丈夫、と掌を向けると、再びその場に座り込む。


 私はリルを腕に抱き留めたまま、その顔色を窺った。

 ――特別、悪くない。発汗もなし。


 更にしばらく待っても、やはり不測の症状は表れなかった。

 異常事態ではない、と判断して、私は安堵の息を吐く。


 瞬きすらしないリルに、顔面近くで手を振ってやると、ピクリと動いて、すぐに調子を取り戻した。


「リル、大丈夫か?」


「んぅ……、なんか……へん……」


「そうだろうな。変な気持ちがするはずだ。気分は? 吐きそうとか、目眩がするとか……」


「だいじょぶ。そういうの、ないよ」


「そうか……。自分で立てる?」


 これには素直に頷いて、たどたどしさがありつつも、しっかりと自分の足で立った。


「なんか……ふわふわしてる。へん……なんか、へん……」


「それはリルが、始めてマナに触れたからだよ。さっきリルは、湖と表現したように、普通はずっとは浮いていられない。いずれ溺れてしまう」


「リル、おぼれちゃう?」


 泣きそうな顔をして見つめるリルに、私は元気付けるように笑いかけた。


「大丈夫、ボートを作れば良いんだよ。ボートじゃなくてもいい。溺れない為に、自分を守る何かを用意すれば。お母さんの場合、シャボン玉だ。その中に入っていれば安全で、息ができる。そういうやつをね」


「どうやったらいいの? リル、おぼれたくない……」


「いきなりは難しい。ちょっとずつ、少しずつやれるように頑張ろう。それが出来るまでは……」


 これまでずっとそうして来たように、リルに『膜』を作ってマナから遮断する。

 すると、リルは安堵する息を吐いて、私の胸に飛び込んで来た。


「こわかったぁ……!」


「うん、普通とはちょっと違う方法だ。驚いたね、ごめんね」


 水に慣れさせようとして、湖の真ん中に放り出したようなものだ。


 広い桶でも用意して、その中で遊ばせる程度にするべきなのだろうが、残念ながらこの森でそうした訓練は望めない。


 良くも悪くもマナが濃すぎるので、環境自体がそれを許してくれないのだ。


 リルはこの森で生きる為、まず自分で湖を好きに移動出来るよう、その為の力を養わなければならない。


 大変なのは間違いないが、これをクリア出来たら、間違いなくマナ運用について一級品になる。


 それは今後、リルを助ける力になるし、誰もが羨む財産ともなるだろう。


「まぁ、ゆっくりやって行こう。これが終わらないと、魔法が使えるようにはなれないからね」


 リルが胸の中で、今にも泣き出しそうな声を上げた。

 しかし、こればっかりは甘やかす訳にいかない。


 私はリルを抱き締めてながら立ち上がり、今日の訓練を終えて、アロガを引き連れ家の中へと帰って行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ