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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
86/226

幕間

 リルは冬が好き。

 お母さんが、いつも家にいるから。


 森の中に入って行かないし、家の中か、他の作業場とかに絶対いる。

 今日は次の春に着る服を作る、と言ってた。


 作業場は、家のすぐ裏。

 近くに寄れば、すぐにバッタンバッタン、と音がする。


 顔を覗かせると、大きな木の枠組みに糸が何本も張ってあって、それを何か上手く動かしてた。


 リルにはよく分からないけど、一度バッタンさせれば、それでちょっとだけ布が出来るみたい。


 毛糸の帽子を作ってくれたみたいに、パパッと出来たりしないのかな。

 すぐに終われば、リルと遊ぶ時間が、もっと沢山できるのに……。


 リルはお母さんが大好き。

 良い匂いだし、抱き着いていると安心する。


 美味しいお菓子を作ってくれるし、いっつも優しい。

 でも、何かを教える時のお母さんは、ちょっとこわい……。


 スプーンの持ち方とか、字を書く時とか、ちょっと間違えると、厳しい顔つきになる。


 その時のお母さんは、ちょっとキライ。

 でも、上手に出来ると褒めてくれる。


 その時のお母さんは、とっても好き。

 お母さんの手は温かくて、いつまでも撫でて欲しくなる。


 でも今は、小屋の中でずっと、バッタンバッタン。

 今はガマンする時……。


 それに、こういうのは見ていて楽しいし、お母さんは何でも出来て、カッコいい。


 いつもリルを撫でる時、優しく笑う顔も好きだけど、お仕事中の顔も大好き。

 じぃっと見つめていると、お母さんの手が止まった。


「……何してるの?」


 お母さんがリルを見て、ふわっと笑った。

 その笑顔に誘われて、小屋の中へと入っていく。


 お母さんは身体の向きを変えて、私を抱きしめてから膝の上に置いた。


「お母さんのこと、みてた!」


「ずっと? 面白くも何ともないだろうに……」


「ううん、たのしかった! でも、ふしぎ。いつもみたいに、まほーでぱっとできないの?」


「うぅん……。出来なくはないけど、色々問題も多いんだ。そもそも、布らしき物が出来るだけで、厳密には違うし……マナのない所では、すぐ(ほぐ)れてしまったりするしね」


 お母さんが言うことは、いつも大体、ムズカシイ……。

 もっと勉強すれば、分かるようになるのかな。


「……ま、丈夫な布が欲しかったら、昔ながらの手織りが一番いいって事さ。その場限りの、間に合わせならともかくね」


「ふぅん……。リルにもできる?」


「リルには、まだちょっと早いかな」


 お母さんはリルを持ち上げる様に抱いて、頬を擦り付けてきた。

 リルは撫でられるのが好き。でも、そうされるのも大好きだった。


「ねぇ、お母さん。あそんで!」


「……うん? お勉強は? 書き取りの方は終わった?」


「おわったよ!」


「じゃあ、計算は?」


「んぅ……、あれは……」


 リルは計算がキライ。

 指を使えば分かるけど、考え続けてると、すぐダメになっちゃう。


「リル……」


「だって、分かんないんだもん……」


「それじゃ、お母さんと一緒にやろう。大丈夫、リルならコツを掴めばすぐだよ」


「……ほんとう?」


 リンゴが十個とかなら分かるけど、それよりもっと大きい数字になると、すぐ頭がぐちゃぐちゃってなる。


 分かる日なんて来るのかな……。


「お母さんの子だもの。勿論、大丈夫。きちんと出来たら、明日はお山に行こうか」


「ほんとうっ!?」


 前にソリで山を滑ってから、リルは山が大好きになった。

 風を切ってびゅんびゅんと、雪の上を滑るのはとっても楽しい。


 それに、雪の上だけじゃなくて、空を飛んだりもするから、何度滑ったって飽きない。


 ずぅっと遊んでても飽きないけど、でもお母さんは、とっても疲れるみたい。

 この前はリルより先に休んでた。


「じゃあ、今からちゃんとやってくる!」


「うん、もう少ししたら見に行くから、それまで一人でやってなさい」


「すぐくる?」


「すぐ行くとも。こっちは少し、片付けしないといけないからね」


 膝の上から降ろされると、お母さんの温もりから離れて寂しくなる。

 でも、すぐ来てくれるというから、その間にたくさん答えを書いて、驚かせよう。


 明日は絶対、お山に行くんだ。

 走って小屋から出ていくと、入口の近くにアロガが座って待っていた。


 アロガはこういう小屋に、入っちゃいけないって言われてるから、いつも外でお留守番だ。


「アロガ、おうちにかえろっ! あしたはお山なんだから!」


「ウォウ?」


「アロガもいく? いっしょにソリのったら、きっとたのしいよ!」


 嬉しそうに纏わり付き、顔をベロベロと舐めてくる。

 それを躱して家に入ろうとした時、アロガが追いかけて来ないのに気付いた。


「アロガ〜? あれ、どこいったんだろ……」


 少し足を戻して、アロガの姿を探す。

 でも、少し見渡して見れば、そのおしりはすぐに見つかった。


 ブランコのある大きな木の傍、そこに頭を突っ込んで、ぶんぶんと尻尾を振ってる。


「どうしたの、アロガ? そこになにかあるの?」


 リルからは丁度陰になっているし、アロガのせいもあって、木の傍になにがあるのか、ぜんぜん見えなかった。


 回り込むように近づいて行くと、その姿がようやく見える。

 それはひと、だった。


 黒っぽいような、茶色っぽいような……。

 汚れたマントを着て、同じ色のフードを被った人。


 それが木の傍に立って、アロガの頭を撫でていた。


「あなたはだぁれ?」


 その人の顔は、フードで暗くて見えなかった。

 でも、全然こわくない。


 わるい人なら、ぜったいアロガが噛み付くと思うから。

 だからきっと、優しい人だと思って声をかけた。


「……あたしが怖くないの?」


「うんっ! どうして?」


「ろくでもない顔してるから……」


「そうなの?」


 覗き込んでみても、よく分からなかった。

 でも、何か今にも泣きそうな雰囲気をしてるのは分かる。


「お姉ちゃん、いたいの?」


「……え?」


「いたいから、なきそうなの?」


「あたし、そんな顔……してる?」


 リルよりずっと年上に見えるのに、自分の事がよく分かってないみたい。


 顔は見えてないけど、見えなくたって分かるぐらいなのに、それが不思議。


 もしそんな顔をリルがしてたら、お母さんはきっと沢山、抱きしめてくれる。


「……今、幸せ?」


「んぅ……、よくわかんない。このあとも、すうじのおべんきょだし……」


「自分がどれだけ平穏の中にいて、どれだけ愛されて育てられているか、お前には分からないんだろうね……。それがどれだけ、得難いものなのかも……」


「お姉ちゃん、お母さんみたい」


「え……?」


「お母さんも、よくリルにはむずかしいこという!」


 何気なく言っただけのつもりだったのに……。

 お姉ちゃんは、くしゃりと顔を歪めた。


「今の幸せが、長く続くよう祈ってなさい……」


 やっぱりよく分からないこと言って、お姉ちゃんは木の陰に隠れてしまった。


「早くに来すぎた。もっと後じゃないと……」


「……お姉ちゃん?」


 すぐに後を追いかけたけど、木の裏には誰もいなかった。


 前にリルがやったみたいに、枝の上にいるかと思って見てみたけど……、やっぱり誰もいない。


「んぅ……?」


 首を傾げているのは、アロガも一緒だ。

 フンフンと鼻を鳴らして、地面を嗅いでいるけど、困ったような声を出す。


「キュゥゥン……」


「アロガにも分からない?」


「――リルッ!」


 その時、お母さんが焦った顔で走って来た。


「あ、お母さん。どうしたの?」


「何やってたんだ、今……!」


「あ、んぅ……。ちがうの……。すぐおべんきょしようとしてたんだよ。ホントだよ。……でもね、ここにお姉ちゃんがいて……」


「お姉ちゃん……? 人がいたのか!」


「どうしたの? こわいよ、お母さん……」


 お母さんはすぐに手を動かして、手の先を光らせたり、動かしたり、何かしているみたいだった。


 すごく真剣な表情で、話しかけるのが怖いくらいだった。

 アロガが身体を寄せて来て、……だから、その顔を抱き寄せてお母さんを見守る。


 しばらくすると、凄く怖い顔をさせて、手から光を消した。


「……お母さん?」


「そのお姉ちゃん、何か言ってた?」


「なんか……、なきそうなカンジしてて……。いまのしやわせが、ながくつづかせない……とか。よく、わかんない……」


 お母さんはリルを抱き上げて、逃げるように家まで走った。

 お母さんの顔は、とっても怖い。


 すごく怖い顔をしてる。

 今まで、一度も見たことのない顔だった。


「お母さん、どうしたの?」


「リルはお勉強の続き、してような。お母さん、ちょっと畑を見てくるから。すぐに済むから、それまで一人で頑張れる?」


「う、うん……」


「アロガ、リルを守れ。誰が来ようと。誰が相手でも」


「ウォン!」


 アロガは尻尾を立てて声を出した。

 なんだか怖くなって、お母さんに抱きつく。


「ねぇ、お母さん、いかないで。ここにいて」


「大丈夫、すぐだよ。すぐ帰って来るからね」


 リルの頭を撫でると、お母さんは家を出て行った。

 心細くなて、アロガの首に抱きつく。


「お姉ちゃん、わるいひとだったのかな……。すごく、いたい、いたいってカンジしてた……」


「くぅん……」


 ゼンゼン、知らないひとだけど……。

 でも、自分のことのように、放っておけない気持ちになっちゃう。


「なんでかな……」


 顔だってよく見えなかった。

 でも、不安よりも悲しくなる。


 だから、勉強は全く手が付かなかった。

 早く帰ってきて、とお母さんを思う。


 そして実際、そう長く掛からず帰って来て――。

 その日は二人で勉強を終わらせた。


 お母さんが怖い顔をするのは、その日のあいだ、ずっと変わらなかったし、お山に行くのは中止になった。


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