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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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卵泥棒の真相 その7

 人目に付かない場所として選んだのは、街道から外れた小規模な林だった。


 この辺一帯はどこを見渡しても、雪原とそこから突き出した岩、疎らに生える樹木ばかりの土地しかない。

 だが、そうした土地でも林ぐらいはある。


 針葉樹林なので外から見た時も、何かが中にいるとは、そう簡単に分からないだろう。

 その代わり、こういう場所には魔獣が住み着いたりしているものだった。


「まぁ、いたからどうしたって話ではあるしな……」


 そうして実際、林の中を馬車に歩かせる事しばし――。

 この土地特有の魔獣が、迂闊に入り込んだ獲物と思ったのか、これ幸いと見て襲い掛かってきた。


 ――しかし。


「邪魔」


 それら全て、腕の一振りで一掃した。

 完全な格上と見て、魔獣は一目散に逃げ出し、それ以降は近付いて来ようとはしなくなった。


 ただし、殺してはいないので、今も周囲に潜んで様子を窺っている。

 敵わないと分かっていても、ここは自分達の縄張り、という矜持が魔獣にもある。


 どうにか追い出せないか、あるいは決定的なチャンスがないか、今も虎視眈々と狙っていた。


 しかし、それらは一切脅威ではないので、無視して作業を進める。


 馬を馬車から外し、轡と手綱はそのままに――ただし邪魔にならないよう、首周りに引っ掛けて、この林から逃した。


「このまま街に帰ってくれたら良いが……」


 手綱にも公爵家の印が入っていたし、上手く良い人に見つかれば、そのまま送り返して貰えるだろう。


 しばし馬の背を見送り、魔獣が襲い掛かって行かないのを見届けてから、こちらの作業を再開した。


 馬車に掛かった幌を剥ぎ取り、卵駕籠を露出させる。


 魔術でふわりと浮かせて、近くの空いたスペースに移動させると、ゆっくりと置いて側面の一部分に手を当てた。


 それで駕籠にタラップが降りて、入口が開く。

 すると、即座にリルが泣き顔を浮かべて飛び込んで来た。


「おかぁさぁぁん……っ!」


「あぁ、ごめんごめん。心細かったな」


 リルを抱き留め、その背中を撫でながらあやす。

 しかし、卵駕籠の中と違って外は寒い。


 朝日が昇ったばかりの時間帯なので、未だに深夜の冷気が色濃く残っていた。

 リルは私に抱き着いたものの、身体をブルブルと震わせる。


「ほら、寒いだろう? まだ中に入ってなさい。すぐ朝食にするから」


「……うん」


 私はリルを抱いたままタラップを踏み、身を屈めながら中へ入る。


 そうして今しがた包まっていた毛布をリルに掛けてやり、内部に収納された棚から食材を取り出した。


 基本的に、長旅を想定していないので、あるのは少量の保存食だけだ。

 大した料理は作れないが、それでも温かいスープがあるだけで随分違う。


「さて、火を熾すとなると……」


 小さな竈を作りたいが、近くに岩や石など、利用出来そうなものは見つからなかった。


 林から出れば、外に岩場は点在しているから、砕いて石を持って来るのは問題ない。

 しかし距離もあるし、少々時間も掛かる。


 どうしたもかと首を捻り――。


「あぁ、目の前に良いのがあるな」


 ここは林なのだ。

 材料ならば目の前にある。


 うちの森では、木材は燃料に使えないからうっかりしていたが、普通木材とはよく燃えるのだ。


 適当に選んだ一本を腕の一振りで切断し、倒れ込む前に魔術で受け止める。

 何度か左右に手を振って、手頃なサイズの丸太を幾つも作った。


 ただし、必要なのは、その内の一本だけだ。

 それ以外は単に予備として、一応切ったに過ぎなかった。


「倒れ込んだ時の音や衝撃が、外に漏れても嫌だしな……」


「ん……、なぁに?」


「あぁ、リルに言ったんじゃないよ」


 毛布を頭から被ったリルが、顔だけ出して言ったのに、手を振って応える。


 ここは後に騒ぎの中心となるかもしれないが、食事の最中に騒ぎとなって貰っては困るのだ。


 少なくとも今は、まだ平穏でいて貰わねばならなかった。

 私は丸太の一本を手にしながら、卵駕籠の側面に手を触れながらリルに振り返る。


「ここ、閉めておくぞ。寒いだろう?」


「ううん、いい。お母さん、みてたい」


 毛布で完全にミノムシ状態だから、ある程度防寒出来ているとはいえ、このままでは体温を奪われるだけだ。


 私は丸太を刻んで角材を作り出し、近くに井桁(いげた)型に組み上げた。


 煙が立ってしまうし、外から存在をアピールする様なものだから、あまり取りたくない手段なのだが、小型にすれば何とか誤魔化しも利くだろう。


 ただし、切り出したばかりの木材は、水分を多量に含んでいる。

 組み上げたばかりの井桁を結界で包み、真空状態を作って一気に水分を蒸発させた。


 これならば、煙も少なくさせられるし、異臭の発生も抑えられる。

 次に元々、代用竈として使うはずだった丸太、その中心部分を深く()り抜いた。


 ただ刳り抜くだけではなく、横幅にも広く取る。

 そして、その刳り貫いた中心部分に向けて、側面からも同様に貫いた。


 こちらは空気穴なので、大きい穴である必要はない。

 せいぜい、縦から貫いた穴の半分以下の大きさで良い。


 そうして刳り貫いた時に出た端材を細かく砕き、着火剤として利用する。

 これは井桁の方にも使うので、先に着火してリルの暖として充てがった。


 井桁型に組んだ木材の良いところは、火の通り道が十分にあるので、火がすぐ大きくなるところだ。


 最初は小さな火が、すぐに大きく燃え広がるようになり、卵駕籠の中にも暖気が漏れ入るようになった。


「お母さん。ひに、ちかよっていい?」


「いいよ。でも、なるべく外には出ないように。タラップより内側でも十分、火に当たれるから」


 最初からそういう想定で、井桁を組んで置いている。


 卵駕籠自体はミスリル銀を使用して作っているので、自然火など少し炙られた程度では損傷すらしない。


 リルが入口付近で丸くなって、火を見つめている間に、私は私で作業を開始した。

 まず、枝の皮を剥いで作った串に、パンを刺す。


 それを焚き火近くに刺して熱し、少し焦げ目が付く位まで焼く。

 これは少し時間が掛かるので、その間、一緒にソーセージも焼いておいた。


 そうして、焼いている間にスープの準備を進める。

 丸太の中に火を付ければ、空洞の中で火が燻り、チロチロと燃え上がっていく。


「よしよし……」


 こうするとすぐ全体に燃え広がりそうにも思えるが、一つ料理を作ったり、湯を沸かしたりするのには、十分な火力と持続力があるのだ。


 案外と全体に燃え広がらないもので、簡易竈として十分な働きをしてくれる。


 私は丸太の上に鍋を置き、その中にざっくりと刻んだ野菜を投入した。

 

 火力の調整は下手にせず、あるがまま炒めて水分を飛ばしていく。

 ある程度火が通ったら、トマトを潰しながら投入した。


 これがスープの水分の主な部分で、あとは干し肉で塩味と旨味を加え、スパイスを投入し味を整える。


 そうして、くつくつと煮込んで行くのだが、これには最低でも三十分ほど掛かってしまう。

 リルにはすぐに温かい飲み物を与えてやりたいのだが、これだけは如何ともしがたい所だ。


 十分な時間を掛けなければ、酸味が飛ばず、酸っぱいスープが出来てしまう。

 それさえ済めば、特製トマトスープの出来上がりなのだが……。


 それより前に、リルが音を上げた。


「お母さん、おなかすいた……」


 リルから、きゅるる……という可愛らしいお腹の音も聞こえた。

 鍋からは良い香りが立っているし、もう我慢ならない、という表情(かお)だ。


 だが、そろそろ焚き火に刺しておいたパンと、ソーセージがよく焼けている頃だった。

 先にこちらを食べさせよう。


 パンの上にチーズを置いて、これを軽く炙って蕩けさせたものを掛けると、ソーセージ共々リルに手渡す。


「串に付けたまま齧り付きなさい。熱いから気を付けて」


「うんっ!」


 途端、元気よく毛布を跳ね飛ばして、リルはタラップを降りて来た。

 直接外にではなく、タラップの上に座り込むと、嬉しそうに二つの串を受け取る。


 そうして、最初にチーズの垂れ掛かったパンを口に含み、美味しそうに咀嚼した。


 次にソーセージに齧り付き、パリッと良い音を響かせながら、ほふほふ、と白い息を吐き出しながら食べた。


「んん〜っ!」


 チーズとソーセージの組み合わせは、犯罪的と言っても良い。

 リルもご多分に漏れず大好きで、パンを食べてはソーセージ、というサイクルで口に運んでいた。


 しかし、勢いよく食べていたお陰で、喉を詰まらせる。


 そこへすかさず、出来上がったトマトスープを差し出すと、舐めるようにゆっくりと飲み込んでいく。


 背中を叩いてやりながら、そうして二口、三口と嚥下すると、最後に大きく息を吐いた。


「……っ、ぷぁぁ〜っ!」


「焦らず食べなさい。誰も取らないから」


「うんっ!」


 そうは言っても、食い気と空腹には勝てないらしい。

 口元を汚しながら食い付き、その様子を見ながら、自分のスープを口に運ぶ。


「……うん、寄り合わせにしては良い出来だ」


「おいしいっ! お母さんっ、おいしいよっ!」


 雪原の上の雑木林。

 木々の間から見える、白い雪面。


 焚き火の燃える音を音楽に、明るい日差しの中で温かな朝食を食べる。

 いつもと違う、非日常で食べる環境は、それだけで一つのスパイスだ。


 私もソーセージを一つ齧り、肉の旨味そのものを頬張ってから、スープでそれを喉奥へ押し込む。


 口から吐き出す息は、煙よりもなお白い。

 吸い込む空気は冷たいはずなのに、むしろ心地良いくらいだった。


 私はリルに微笑みを向けて頷く。


「美味しいな」


「……ねっ!」


 リルもまた満開の笑みを浮かべ、両手の串を交互に食べては、幸せそうに咀嚼した。


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