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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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卵泥棒の真相 その6

 屋敷から出て、卵駕籠まで戻るまでは良かったが、そこからどうするのかが問題だった。


 ここまで運ばれた時は当然、荷台に収まっていた駕籠だが、今は馬も外され、納屋の一角で待機している。


 まさかこれを放置して帰るなどあり得ないし、人目に付かない形で回収したくとも、それが中々難しかった。


 まず、転移は使えない。

 質量が大き過ぎて、単独転移させるなど到底不可能だ。


 魔法陣こそあるが、あれは内部へ転送する為のものであって、あの質量ごと転移するのには使えなかった。


 ならば、この場で陣を敷けば良いかと言えば、そう簡単な話ではない。

 触媒に利用できる材料がこの場には無いし、そもそも敷くのに時間が掛かる。


 まさかこの場で、朝までせっせと勤しむ訳にいかない以上、他の手段を取る他なかった。


「となると……、現実的な手段としては、馬ぐらいしかないんだが……」


 公主家の馬房だけあって、馬は何頭も飼われている。

 だから、それ自体は問題ないのだが、使った後、返す手段が思い付かなかった。


「今回の一件もあるし、詫び代として借り受けるのは良いものの……」


 家に持って帰っても使いようがないので、そのまま持ち去っても仕方がない。

 街の外まで移動するのに使って、それ以降は手綱から解放するつもりだ。


「賢い馬なら、元の馬房に戻ろうとするかもな……」


 それより前に、最低でも門前の衛兵などに見つかるだろうし、どこかに家紋でも入っていたら、自主的に持ち主へ返そうとするかもしれない。


「それに賭けるしかないか……」


 実際には、見つかる前に馬を盗まれる可能性の方が高いから、必ず持ち主の元へ帰るとは限らない。


 街が見えなくなる距離までは離れるつもりだし、そうすると帰路の途中で、何か魔獣に襲われる可能性だってあった。


「あれこれ考えても、詮無い事だが……」


 エンデリクにしても、何かの罰めいた損害として、馬一頭は破格と言って良いだろう。

 もしもの時は、そう思って涙を呑んで貰うしかない。


 そうと決めると、手早く一頭の馬を選び、馬房から連れ出した。

 今も眠りこける衛兵を隅へと移動させ、馬と馬車を繋ぐ。


 幌は取り外されていたので、手早く装着し直して、それが済むと御者台に登った。


 鞭を軽く入れれば、馬は素直に歩き出した。

 公主家で用いられている馬だけあって、よく訓練されていたのだろう。


 急な事だというのに、従順に人間の指示に従い……そして、それが仇となった。


 ただし、見張りはどこにでもいるから、馬車そのものに隠蔽の魔術を仕掛けるのを忘れない。


 これで車体も、車輪が出す音も、外からは見えないし聞こえない。

 だが、門前で警備している衛兵は、どうあっても騙しようがなかった。


 何もしていないのに、勝手に開く門扉を、不思議に思わないはずがない。


「何だ……? 勝手に扉が?」


「誰が開けた。……この時間だぞ」


 門扉が外開きだったのも、彼らを戸惑わせた理由の一つだ。


 本来、出迎える時などは、事前に報告を受けて開き切った扉の前などに、彼らは待機するのだろう。


 それがないから自分達に扉が迫って来て、それを避けている間に、私は馬車を走らせその間を抜けた。


 車輪の跡が地面に残っているはずだが、暗い夜ではそれも見分けられず、結局なにが起きたか理解できないまま、私を見逃している。


 ――見つけた所で、どうにか出来るものではないが。


 その時は、卵駕籠を守っていた衛兵と同様、昏倒するしかなかったろう。

 私は手綱で馬を叩いて、とにかく公主邸から遠退く為だけに馬車を走らせた。



   ※※※



 脱出できたらすぐにでも街を出たいのだが、そう簡単にはいかなかった。

 夜の間は全ての出入り口を封鎖されるのは、どこの街であろうと共通した認識だ。


 賊の出入り、魔物や魔獣の侵入を防ぐ為だった。

 夜が明けない限り、余程の事がなければ、門扉が開かれる事はない。


 だから、人目のつかない所で、私は一夜を過ごすしかなかった。

 いま卵駕籠の出入り口は、幌で埋まってしまっているので、中に入る事すら出来ない。


 仕方ないから御者台でうとうとしながら過ごし、日が出ると同時に街の外へ赴く。


「……おや、この家紋は、公主様の所の……?」


 出入り口まで到着した時、幌に描かれた紋章を見て、衛兵の一人が声を上げた。

 私はそれに愛想よく応える。


「えぇ、急ぎ運び出す必要がありまして……」


「そうなのかい。あの御方の我儘には、いつも苦労しているでしょう」


「いえいえ、まさか。一介の雇われ人が、そんな大それたこと言えませんよ」


「……あぁ、これは失礼を。でもまぁ、いつもの事か。どうぞ、お通りを」


 ありがとう、と声を掛けて、私は手綱を入れて馬を歩かせた。

 そうして、こちらの表情が見えなくなった途端、それまで浮かべていた笑みを消す。


 エンデリクと話した時間はごく僅かだったが、その為人(ひととなり)は分かった。

 竜の卵を欲しいと強請るくらいだ。


 普段から他にも様々な、請われて困る頼みなどしていたに違いない。


 そして、だからこういう時間帯に街を出る人間がいても、特別不信に思ったりしないのだろう。


「日頃の行いは大事だよな……」


 誰にともなく、小声で呟く。

 そうして、今は見えないリルの方へと目を向けた。


「私は良き母でいられているだろうか」


 子どもは親を見て育つ。

 だから、普段から良き母でいようと、心掛けてきた。


 わざと演技をしようというのではない。

 しかし、私が持つ暗い面は、なるべく見せないようにして来た。


「こういう事を続けていると、そうも言っていられなくなるな……」


 決定的な場面からは、遠退ける努力はしてきた。

 特に血を見る場面は、意図して防いで来たつもりだ。


 しかし、思い返してみると、雪山での冒険者への扱いなど、結構酷くなかったろうか。


「うぅん……。こういうの、自分じゃ結構、分からない所なんだよな……」


 冒険者は荒事を生業とするから、口で少し言った程度では、場を収められない。


 暴力を以って目的を遂行する相手には、同じく暴力で言う事を聞かせる方が、よほど早く伝わるし、面倒も少ないのだ。


「……ごく自然に、殴り飛ばしたりしたけど……」


 飛行術具に乗りながら――しかも、リルを同乗させているというのに、そのまま突っ込むという荒技すら披露した。


 リルは喜んでいたし、楽しい遊びの一つ、程度にしか見ていなかったが……。

 よくよく考えると、あれも結構おかしかったかもしれない。


 私の意図していない素振りが、そのままリルに染み付いているような……。

 そして、その兆候は既に表れている。


 雪面の上で縛り上げられ、高圧的に接しているというのに、リルは彼らに同情する素振りすら見せなかった。


 敢えて目を向けないよう、お菓子とジュースで気を逸していたとはいえ、私がやる事なら、それは正しいとでも思っている感じだ。


「人に対して、将来気安く殴り飛ばす子になったりするのかも……」


 果たして、それはどうだろう。

 無論、振るうべき時に、攻撃できないのは問題だ。


 しかし、暴力はあくまで問題解決する為の一手段、と考えて貰わねばならない。


「私が言うと、冗談にしかならないかな……」


 口より先に手が出易いのが、私という人間だ。


 今更ながらに自分を見つめて、実は相当、親として向いていないのでは、と思い始めた。


「衣食住さえ与えていれば、それで親だと言えるものじゃないしな……」


 子育ては難しい。

 長く生きていても、こればかりは答えの見つからない問題だった。


 どこか気分が鬱屈として来た時、背後からか細い声が聞こえる。


「……おかぁさん……? どこぉ……?」


 リルが目を覚ました。

 いつもより早い時間帯だが、揺れる車体が眠気を覚ましてしまったのかもしれない。


 私は背後を振り返り、腕を伸ばして卵駕籠の一部を叩く。


「ここにいるよ。おはよう、リル」


「なんで、かってにどっかいっちゃうの!」


 リルの上げる声には、不満と共に震えていた。

 心細い思いはさせまい、と普段は心掛けているが、この場合はどうしようもなかった。


「もう少ししたら、馬車を切り離すから。その時まで、もう少し待っていなさい」


 リルがグズる声まで聞こえて来て、いよいよ急がないといけない、と心に決める。


 既に街からは十分に離れていたが、この先帰還するに際し、目撃されると騒ぎになってしまう。


 私は馬車を急がせ、ひと目の付かない場所を探して見回した。


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