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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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卵泥棒の真相 その5

 エンデリクの脳裏に、しっかりと竜卵に対する恐怖を植え付けた後、私はベッドから降りた。


 音漏れ防止の結界は天蓋を境に張っていたので、それを部屋の規模にまで広げる。

 そうして大きく息を吐くと、背後のエンデリクへと声を掛けた。


「さて、世界に覇を唱えようとか、大それた野望もこれで潰えただろうが……」


「ぅ……ぁ、ぅ……」


 強制的に思考を捻じ曲げたせいで、エンデリクの視線は虚ろだった。

 顔も青白く、血の気が引いてしまっている。


 受け答えなど出来る状態ではない様だし、このまま去っても問題ないように思われた。


「竜が駄目なら他の手を、と考えるにしろ……。そんな事まで面倒見ていられないしな。竜と人の戦争が起きないなら、今はそれで十分と考えよう」


 この男にしても、竜と争うつもりは、最初からなかった。

 というより、思慮が足りないせいで、そうなる未来を想像出来なかっただけだろう。


 卵を奪われた竜が、そのまま諦めるとでも思ったのだろうか。

 獣とて、赤子を奪われたら血眼になって探す。


 竜にしても同じ事……いや、更に悪い。

 かつての竜災を、人為的に起こすようなものだ。


 他国の庭にでも卵を投げ込めば、間接的に滅ぼす事も可能だったかもしれない。


「……そうした考えから奪ったのなら、まだしも頷ける所だったが……」


 実際は、見事な毛並みの馬を手に入れるかの如く、所有欲から来たものだった。

 赤子から育てれば人に懐くか……それは私にも分からないが、可能性はあった。


 そうして人に従順な竜が誕生したら、もしかすると本当に竜騎士なんてものが誕生したかもしれない。


「フンダウグルの懸念が、もしかしたら本当に実現してたかもな……」


 人が竜に従わされる――。


 それが心からの信頼から結ばれた情ならばともかく、洗脳めいたやり方ならば、他の竜は決して黙ったりしない。


 赤子の竜が懐かずとも、拷問めいた調教で服従、という方法もあった。

 あるいは、魔術によってその意志を塗り替える、というやり方もある。


 成竜に通じる様な洗脳術などないが、自我の芽生えていない赤子なら、その可能性はあった。


「このチンケな男が、そこまで考えていたとは思えないが……」


 エンデリクは無能だが、野心だけは人一倍だ。


 親から受け継いだ公国を、更なる強国へと発展させたい、という気持ちは分からないでもない……。


 それも民の事を思ってやったのなら、尚更のことだ。


 外敵から父祖から受け継いだ国を守るため……そして、常に外敵に怯える状況を改善したい、という気概からなら、応援すらしたいと思う。


「まぁ、ないな……」


 私は今も虚ろな目を、天井に向けているエンデリクを窺った。


 ベスセデン公国は土地が豊かで、ミスリル鉱山までも有し、だから他国からは魅力的な土地に見える。


 そして、これまで幾度も攻め込まれては、その数だけ退けて来た過去もある。

 豊富な武具と精強な兵、それがベスセデンの誇りでもあったはずだった。


「周辺が全て仮想敵の公国だ。どうにかしたい気持ちは理解出来るが……」


 東の獣人国以外から、常に狙われていたベスセデン公国。


 いっそ病的なほど、祖国防衛の念に駆られているのは仕方ないのだが、農奴を得るため獣人国から奴隷狩りなどしている国でもある。


 単なる被害者でもないので、どうにも同情しづらい国だった。


「……さて、それじゃあそろそろ、お暇……」


 しようか、と声を出す寸前で、ふと思い立つ。

 今回の一件が、エンデリクの暴走とも取れる行動から、起きたのだとは分かった。


 しかし、一つ気になる点が残っている。


 私はベッドに近付き、エンデリクの頭に手を翳すと、未だに朦朧としている意識を無理やり起こしてやった。


「おい、ボーリス・ヴァノワを知っているか?」


「え……?」


「一度でしっかり聞き取れよ。今度はどこを砕かれたいんだ? 肩か? 足か?」


「や、やめてくれ……! 頭が働かないんだ……! 何だ……、私が何をしたって言うんだ……!」


 ここに来て、被害者ぶるとは恐れ入る。

 全ての事の発端が、自分であるとは認めたくないらしい。


 というより、現在のこの状況自体、認めたくない事なのかもしれない。

 非現実な出来事を、どこかに転嫁せずにはいられないのだ。


 しかし、そんな現実逃避に付き合うほど、こちらも暇していなかった。


「もう一度言うから、しっかり聞き取れ。ボーリスだ、ボーリス・ヴァノワ。この国で商人やってたろう?」


「あ、あぁ……あいつか。それが?」


()()()? それだけ? お前がボーリスを謀殺しておいて?」


「し、しらない……!」


 エンデリクは顔を真っ青にさせて、首を横に振った。


「そいつは……ボーリスは、うちのお抱え商人だ」


「うん」


「それだけだ。そいつから……、そいつから……」


「言っておくが、嘘は言わない方が身の為だぞ。チラっとでも怪しい動きを見せれば、無理やり記憶を覗き込む。そんなの、されたくないだろう?」


 そう言って脅すと、エンデリクは目に見えて動揺した。

 身体は震えを増し、青白い顔に病的な程、脂汗が滲み出る。


 呼吸も見るに耐えないほど乱れていた。


「謀殺したんだろう? 邪魔になったから殺したんだよな? だが、何故だ? 協力関係は、そこまで脆いものだったのか?」


「私は……欲しかった。奴が自慢気に話した、竜の許可証が、どうしても……!」


「うん……? まさか……そもそも、協力関係ですらなかったのか?」


「隣国に、軍を通すには渓谷を通るのが一番の近道……! 他は要塞化していて近寄れない。だから……、だから……!」


 常に狙われるベスセデン公国だが、同時に防戦一方だった訳ではない。

 常に閉じこもっているだけならば、一方的に奪えるカモと見做されるだけだ。


 だから公国が、常に戦を控える国家なのだと、私は知っていた。

 エンデリクは怯えた表情を、隠そうともせず続ける。


「……裏を掻いて攻撃できる機会だと思った。竜の谷を抜ける認可を受け取った、その事実があれば……」


「あぁ、それで軍が通ろうとして……。しかし、止められ……いや、私はそれが一種の目眩ましか何かだと思ってたぞ。本命の卵狩りを隠すための撹乱だと」


「それは……違う。まったく別の……、別件だ。本当にあるかどうか分からなかったし……それに、あったとして盗んで来られるかも……」


「そうだな、それはそうだ。あると分かったとしても、卵を盗んで来られるなど、本気で思ってはいなかったろうな」


 私は腕を組んで、大いに頷く。

 このエンデリクにも一般的な考えが出来るのだと、変な感銘を受けた。


「竜と交えた認可状がある、とボーリスは言った。一家の自慢だ、家宝だと……嬉しそうに……。しかし、寄越せと言っても、首を縦に振らなかった」


「当たり前だろ……」


「わ、私は……どうしても、それが欲しかった。それがあれば、隣国の後背を突く事ができる。こちらは竜を素通り出来るが、しかしあちらは無理だ。だから……」


 一方通行、片開きの扉……その様に思ったのだろうか。


 実際、攻めるだけ攻め、奪うだけ奪い、それから谷へ逃げても、竜が追い返してくれるとなれば、実に心強いだろう。


 その公算が高いと踏んだから、殺してでも奪い取ろうとしたわけか。


 一人の商人の命と天秤に掛けて……。

 権力者の傲慢を発揮して……。


「だが実際は、そうはならなかった。竜は誰であろうと通過して良い、とは考えておらず、特に軍の通行など絶対に許可しなかった」


「追い散らされたと知って、その時に知った……。知っていれば、あんな事……」


「何があんな事、だ。馬鹿め……」

 

 エンデリクは、涙を流して嗚咽を漏らした。

 次は自分の番だ、報いを受けるのだ、と悟ったからだろうか。


「実に支配者として相応しい、手本の様なやり方だな」


 大いに皮肉交じりに(なじ)って、これ見よがしに溜め息をつく。


「……どこだ?」


「え……?」


「認可状はどこだ、って訊いてるんだ。奪ったんなら、今ここにあるんだろう? 屋敷の金庫室とか、どこかそういう所に」


「ぅ……、ぁ……」


 今も尚、抵抗する素振りを見せたので、指先を向けて睨みつける。

 肩口にほんの少しだけ指をめり込ませると、悲鳴を上げて首を振った。


「あ、あそこだ! 絵画の後ろ! そこに隠し金庫が……!」


「最初からそう言え。……本当に大事な書面とかは、本当にありきたりな所に隠すんだな」


 部屋に入って目についた一枚の絵画。

 その額縁に手を触れ持ち上げると、その後ろには金属製の箱が埋め込まれていた。


 鍵穴があるだけのシンプルな物で、魔術的防護もされていない。

 代わりに鍵穴が三つもあったが、防護がないなら、私にとってはないも同じだ。


 掌を鍵穴に向け、ドアノブを捻るように回転させると、立て続けにカチリカチリと音がする。


 三つの音が聞こえた後、指先で弾く仕草をすると、金庫は自ら手を広げるように開いた。


「どれ……」


 中には書類以外にも貴金属類、宝石が嵌め込まれた指輪など、価値あるものが複数あった。


 それら一切目にくれず、目的の認可状を探す。


 手に入れた時期はごく最近だから、書類郡のすぐ手前に見つけて、それだけ取り出し扉を締めた。


「ボーリスは善人を象徴するような商人だったようだ。悔やむ人間が、大勢押しかけたのだと聞いたよ。……ボーリスは信用できる相手かもしれないが、結果として竜の好意は無下にされた。……こういう事がるから、人と竜は距離を適切に保つべきなんだ」


 ウィンガートの感銘も、本人とは関係ない裏切りによって打ち壊された。


 奪われたのだから仕方ない、ではなく、ボーリスは奪われない様にしなければならなかったのだ。


「その点において、ボーリスにしても、これを受け取るにはまだ早かったんだろう。奪われない力を得る前に、これを得たのは間違いだった。……認可はなかった事にして貰う」


 そう言って、私は認可状を懐に仕舞った。


「お前も努々(ゆめゆめ)忘れぬことだ。下手な欲は身を滅ぼす。特に、人間以外に向ける欲にはな」


「お、お前は……一体、何故こんな……」


 エンデリクの口から、当然の疑問が零れ落ちた。

 他国の暗部でもなく、そのうえ竜と寄り添う姿勢を見せる何者か――。


 疑問に感じて当然だろう。

 だが……。


「お前が知る必要はない。人の領域は、思ったよりも狭いのだと自覚しろ。その限りに於いて平和を追求するのが、お前の……お前みたいな者達の役目だ」


「……まさか、魔女? ()()? おとぎ話だとばかり……」


 私は手を振って、全てを言い終える前にエンデリクを昏倒させた。

 ――もう、この場に用はない。


 金庫を閉め、額縁を元に戻すと、来た時と同様の手順と方法で、私は屋敷から出て行った。


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