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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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卵泥棒の真相 その3

 仲介が間に挟んだのは最初だけではなく、それから三度も行われた。


 幌馬車での移動も途中までで、何か別の乗り物に移し替えられ、その上から布を被せたまでは音から推測出来たし、またそうした事は一度ではなかった。


 ――随分、用心深いな。

 それだけ足跡を辿られたくない、という事だろう。


 石畳を叩いていた車輪は、時に土の上を踏み、しばらくそうして進んでいたかと思えば、また石畳に戻りもした。


 一度公都の外に出たのか、それとも敢えて悪路を進んだのかは分からない。


 それでも最終的に目的地へと到着し、そして、その時にはすっかり深夜になっていた。


「それじゃあ、確かにお荷物はお届けしました。私はこれにて失礼いたします」


「えぇ、ご苦労でした」


 御者も何度となく入れ替わっていて、今は年若い男の声のものだった。

 そして、労いの言葉を送った声は紳士的で、気品さすら感じさせる。


 豪商が雇う秘書でも、こうした男はいるのかもしれないが、個人的には執事の様だと思った。


 物腰は丁寧でありつつ、自分が一段上にいると自覚している――そういう小さな傲慢さがある。


「では、旦那様がいらっしゃるまで、しっかり見張っておくように。誰一人入れるな、近付けさせるな」


『ハッ!』


 ザッと、踵を打ち付ける音と、返事する声が二人ぶん聞こえた。

 傭兵を見張りにしているのかと考え、直後にいや、と思い直す。


 返事のタイミングと踵を打ち鳴らしていたのは、統率された訓練を受けた証だ。

 傭兵で同じことは出来ない。


 では、少なくとも私兵を雇えるだけの財力を持ち、そして権力を有する家な訳だ。

 これで相手が貴族という線が濃厚になった。


 それも男爵や子爵程度の、小さな家ではない。

 もっと規模の大きな……下手すると、公爵クラスの可能性がある。


 ではやはり、ボーリスが直接指示した事ではないのだ。

 彼はあくまで、仲介人に過ぎずなかった。


 商人が貴族に顎で使われるなど、実に有り触れたことで珍しくもない。


 あるいは、大口取引を持ち掛けた代わりに、竜と接触して来いなどと言われ、そして役目を全うしたと同時に、口封じされてしまったのだろうか……。


 実情はどうかともかく、ボーリスはただ使われただけの可能性が濃厚になった。

 そして、最も警戒すべきが、この貴族だというのも間違いないだろう。


 旦那様が来るまで見張れ、との声があったから、この場に本人が来るのも時間の問題だろう。


 そう思って、私も長らく待っていたのだが……。

 待てど暮らせど、黒幕はやってこない。


 時刻は深夜。

 どうやら眠っている所を起こしてまで、確認させるつもりはない、ということらしい。


 リルは当然、既に眠りこけており、静かに寝息を立てている。

 私はその頭を撫でて立ち上がると、二重に防護の魔術を掛けて立ち上がる。


 そうして自分自身に、隠密を助ける魔術を使用した。


「“羽歩の独往”、“顔のない王”……」


 立て続けに二つの魔術を行使し、足音と気配、そして透明化を施した。


 姿を隠すだけでは、優秀な戦士に見破られることもあるが、双方を隠した時、これを見つけられる者は非常に少ない。


 そうして準備万端整えてタラップを下げ、それから卵駕籠の扉を開く。


 これらは音を立てて開くものではないが、寝静まった深夜だと、流石に音が響いた。


「ン……?」


「なんだ、いま何か音が……」


 衛兵は真面目に見張りをしていたらしい。


 暇そうに欠伸を噛み締めることなく、すぐに背後を振り返ったのだが、既に遅かった。


 私は二人の額に手を伸ばし、ごく軽く触れる。

 それだけで昏倒し、二人の衛兵はその場に崩れ落ちた。


「朝まで寝てろ」


 やったことは、ごく簡単な催眠だ。

 しかし、意識外から受ける幻術は、対抗する意思がなければ滅法強い。


 彼らが為す術なく昏倒したのは当然だが、仮に幻術の備えがあっても、大した違いはなかっただろう。


 双方に隔絶した魔力の差がある時、そもそも対抗するのは難しい。

 私は二人を捨て置いて、その場から離れ周囲を見渡した。


 現在地は広い庭の、とある一角だった。


 近くには馬房があり、複数の馬がめいめいに横たわっているのが見える。


「どうやら、その倉庫の一つに押し込まれた、という事らしいな……」


 視線を上げれば、既に灯の落ちた屋敷が見える。

 巨大な屋敷は、ともすれば城にも見間違えるほどだ。


 貴族の屋敷に違いなく、そして公爵クラス、という予想が間違っていなかったと確信した。


 恐らくは、この公国の王、公主の屋敷に違いなかった。

 私は庭を横切り、屋敷へと向かう。


 庭の離部分から中央へと進めば、花壇や四阿などが見え、よく整えられた庭園が見えてくる。


 屋敷の正面入口には噴水まであり、水を贅沢に使っていた。

 その入口には五段ほどの小さな階段があり、その奥に両開きの扉がある。


 当然、その両脇には衛兵が警備しており、蟻の子一匹通さない構えだ。

 私はその間を悠々と通り、正面扉を薄っすらと開ける。


 僅かな隙間さえあれば、隠密魔術を駆使して、その間を通るのは容易い。

 本来は入り得ない隙間へ、するりと身体を射し入れ、屋敷の中へと侵入した。


 中にも警備兵はいるが、外の様に立哨まではしていない。


 詰め所に人がいる気配はあるから、一定時間毎に見回りをしているのかもしれなかった。


 ――主の部屋といえば、最上階が相場か。


 正面ロビーには、双方から抱きかかえる様な階段があって、二階の踊り場から三階へと続く階段もある。


 赤いビロードの絨毯が掛かっており、足音を消さずとも、音もなく登れそうではあった。


 そうして登った三階、左右を見渡し、勘で右を選ぶ。


 進んでいくと豪華な飾り文様がある扉を発見し、その両脇にも警備兵が立っていた。


 夫人の部屋の可能性もあるが、身分ある立場の部屋であるのは間違いない。


 屋敷へ侵入した時と同様、衛兵二人の間に立って、僅かに扉を開いて中へ滑り込んだ。


 部屋の中は扉から想像できる通り、豪奢な内装だった。

 この一部屋だけで、我が家の母屋がすっぽり入るほどの面積を持つ。


 ――しかし、警戒の薄い屋敷だな。

 不寝番は置いているのに、魔術の警戒は疎かだ。


 楽に侵入できて文句を言える立場でもないのだが、肩透かしは食らってしまった。


 室内には飾られている壺や絵画と一般的な物から、刀剣や槍、鉄板で作られた全身鎧など、武家らしき装飾品も目立つ。


 この部屋主個人の趣味なのか、それとも貴族としての見栄から来るものか、判断に迷う所ではあった。


 部屋の奥には天蓋付きのベッドがあり、中央にはひと一人分の膨らみが見える。

 規則正しい寝息も聞こえ、誰かが就寝中なのは確かだった。


 私はそこへ無遠慮に近付き、ベッドの端に足を乗せる。

 “羽歩の”効果により、柔らかい布団の上でも足跡を付けることすらなかった。


 主の足元付近からベッドに乗ったので、そのまま頭方面へと移動する。

 頭の方には飾り棚があり、そこに何か置物を置けるようになっていた。


 実際に小物が複数置かれていたが、場所を専有する程でない。

 人が座るのに丁度良い高さである事も手伝い、私はそこに腰を下ろすことにした。


 そうして座ると、丁度頭の両端に足を置く形になる。

 寝顔を上から見下ろすと、三十代と思しき男性であると分かった。


 当主としては若いから、部屋を間違えてしまったかもしれない。


 しかし、家の深い事情まで知り得る立場なのは間違いなく、この男から聞き出せる事があれば、何か有益な手掛かりが手に入るだろう。


 外に声が漏れないよう、天蓋を覆う範囲で結界を敷く。

 それから、この男自身の動きも束縛し、首から下を完全に固定した。


「……おい」


 準備が整い、隣人に挨拶するように声を掛ける。

 しかし、男はすっかり寝入っていて、こちらの声に全く反応しなかった。


 もう一度声を掛けても同様なので、こめかみ辺りを踵で蹴りつける。

 すると、流石に反応があった。


「イッテ……ェ。なん……、あ……?」


 薄っすらと目を開け、それから私が見下ろしているのに気付くと、身体がビクリと震える。


 そうしてすぐ、声を張り上げて叫んだ。


「だ、誰か! 侵入者だ! 怪しい奴が……!」


「誰もここには来ない。自分の身体も動かないだろう? そこまで準備しておいて、何の対策も取ってないと思うのか?」


「誰か! 助けて! 殺される!」


「――話を聞け」


 私はもう一度、側頭部を踵で蹴った。

 どうにか拘束から抜け出そうと、僅かな抵抗を続けていたが、その衝撃で止まる。


 痛みに喘いで首を傾け、そして誰も駆け付けて来ない事に気付いた男は、ゆっくりとこちらに目を向けてきた。


 その表情は恐怖で引き攣り、目尻からは涙が、口からは涎が垂れていた。


「ようやく、ゆっくりと話が出来るな。……死にたくなければ、正直に答える方が身の為だぞ」


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