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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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森の日常 その4

 剣の稽古に励んだリルだが、翌日しっかりと筋肉痛になった。


 朝起きて、リビングまで降りてくるなり、リオは既に泣く一歩手前で、両手をだらんと下ろしている。


 まだ幼い未発達の身体に、筋肉痛は相当堪えてしまったらしく、階段を下りきった時には、べそべそと泣く始末だった。


「うぅぅ……っ、いたぃぃ……」


「ほらほら、大丈夫だから。夜にはすっかり治る。子どもの頃の筋肉痛は、一日中ずっと続かない」


「いますぐっ! いまイタイの!」


 いつもなら腕を振り回して抗議する状況だろうに、今はそれすら出来ない。

 丸いお目々に涙をたっぷり乗せて、プルプルと震えていた。


「でも、その痛いのは成長の証だから」


「こんなにイタイのに?」


「そう、それが治る時、リルはほんの少しだけ強くなる。その痛みは、そういう証拠でもあるんだよ」


 そう説明すれば、口をムニムニとさせて黙ってしまった。


 痛いのは嫌だが、強くなれるという言葉に惹かれていて、そこでせめぎ合いが起きている。


 実際、その痛みは治癒の魔術や水薬で癒やしてやれるのだ。


 しかし、筋肉の損傷を癒やすのは間違いなくとも、もとの正常な状態に戻すだけでしかないので、成長の機会を奪う事も意味する。


 だから、痛み止めのごく軽い治癒術を掛けるだけで、精一杯だった。

 そして、その程度の軽いものでは、リルの痛みを完全に取り除くことは出来ない。


「痛みに慣れる必要もあるからね。そうして一歩一歩、着実に進んで行きなさい。……あぁ、そうだ。治癒力促進してやれば、夜まで掛かることはない」


「すぐ、なおる? すぐ?」


「痛いのが治るのは早くなるけど、本当に今すぐじゃないな。でも……、早ければ昼過ぎには、治る……かもしれない」


「やって! すぐやって!」


 いつもなら、両手を広げて抱き着いて来るパターンだ。

 しかしそれも、痛みで全く動かさないものだから、今はない。


 何よりそれが寂しい私は、すぐさま治癒術を施す事にした。


 魔力を制御すると、それが手の平の中に、淡い白色の光となって表れる。

 それをリルの両腕に翳して光に当てる事しばし――。


 時間にして、五秒に満たない施術が終了した。

 掛けられた本人も、きょとんとした顔を上げて見つめるばかりだ。


「……これでおわり? なおった?」


「あぁ、終わりだ」


「でも、いた……っ、いたた……っ! ぜんぜんイタイ!」


 腕を上げようとしたリルが、泣きそうな顔をして睨み付けてくる。

 泣き顔で睨まれても可愛だけで、私はそんなリルを背中に手を回して抱き締めた。


「だから、直ぐじゃなくて、お昼すぎ。どんなに早くても」


「んぅ……、うぅ……っ! ウソついたぁぁぁ……」


「嘘なんて言ってないだろ。ちゃんと言ったじゃないか」


 頭を撫でてあやし、それでもグズるので抱きかかえて上下に揺すった。


 それでも機嫌は直らないので、どうしたものかと思っていると、リルのお腹がキュルルルと可愛く鳴った。


「お母さん、おなかすいた……」


「そういえば、朝ごはん、まだだったな」


 只でさえ、治癒力促進された身体は、多くの栄養を強く求める。

 朝食はいつものメニューだが、それではきっと足りないだろう。


「キバイノシシの燻製があったろう? それもメニューに加えてくれ」


 台所で勝手に動く調理器具に向けて、言葉を投げる。


 すると、唐突に器具の動きが止まり、しばらくして裏口からバラ肉の塩漬けがやって来た。


「あっ、それは私がツマミにしようとして、取っておいたやつで……」


 口を挟もうとしたが、台所からじっとりとした、咎める視線を感じる。


 聞き分けのない子供を叱るかの様な圧力に負け、已む無く小さく手を振った。


「分かった、分かったよ。リルに食わせてやってくれ。少しでも力を付けさせてやりたいからな……」


「んへへ、いいニオイ……」


 早速フライパンで焼かれて、すぐさま漂いだした香ばしい匂いに、リルは相好を崩してテーブルに顎を乗せた。


 頭の耳をピンと立てつつ、尻尾はリズミカルに左右へ揺れている。


「でもよけい、オナカすいてきちゃった……」


 上機嫌だったのも一瞬で、すぐに耳と尻尾がペタンと落ちる。


 食事は今まさに作り始めたばかりで、しかも急遽メニューの変更もあった。


 だから、完成までは今しばらく、時間が必要そうだ。


 私が他人事の様に考えていると、リルのお腹が、また可愛らしくきゅるる、と鳴く。


「そうだな……。ちょっと待つ間に、簡単なもので、少しお腹に入れておくか」


 筋肉的疲労を回復させるのに必要なものは、やはりタンパク質と糖質だ。

 そして手軽でサッと作るとなれば……。


「ちょっと待ってなさい」


 私は席を立ち、冷暗室へと向かう。


 地下の氷室から冷気が流れ込むので、ここに置いた物は一階部分でも十分に保存期間を伸ばせる。


 そして、元より長期保存可能なものを、この一階部分に置いていた。


 目的の物はオーツ麦。


 小麦畑の隅で少量ながら生産していて、粉引せずに良く乾燥させた後、実のまま保存しているので、保存期間が長い。


 栄養価も高く、それなりに優秀な食材なのだが……。


 独特の臭みがあるから、リルにはまだ早いかと食べさせていなかった。


「けど、本格的に体作りを始めるなら、食にも拘っていかないと……」


 そのままでも食べられるが、ボソボソとした食感は、お世辞にも美味しいとは言えない。

 だから、ちょっとした一手間が必要だった。


 キッチンは既に埋まっているので、そこへ割り込む訳にもいかない。

 だから、料理は石のお椀で行う。


 耐熱性の高い石なので、直火で炙っても割れたりしない。


 そこにオーツ麦を器の十分の一ほど入れ、その三倍強の水を注いだ。


 少ない様に見えるが、水を吸収して膨らむので、完成するとそれなりに嵩が増える。


 何より朝食が完成する前に、ちょっと小腹を満たす目的なので、少ないぐらいが丁度よかった。


 水を適量いれ終わると、次に卵を割り入れ、塩を一摘み投入する。


 後はゆっくりと掻き混ぜながら、しっかりと火を通し、お粥状になるまで煮る。


 そこに刻んだほうれん草を、ちょっと乗せれば……。

 時間にして五分ほどの、お手軽オーツ粥の完成だ。


 鍋敷きをテーブルの上に置いて、まだ厚いままの石椀をリルの前に置き、一緒に木の匙も手渡す。


「熱いから気を付けて。お椀には触らない様に」


「はぁい、いただきまぁすっ」


 元気よく返事したものは良いものの、リルは腕を上げようとして悲鳴を上げた。


 それでも食欲には勝てないようで、必死に腕を上げて匙を手に取るが……。


 リルに出来たのは、そこまでだった。

 涙目のまま顔を向けて、匙を手放し腕を落とす。


「おかあさぁん……っ」


「はいはい、仕方ないな……。食べさせてあげよう」


 鍋敷きを掴んで御椀を引き寄せ、匙を手に取り一口分掬った。

 ふぅー、と息を吹きかけて、粥を冷ましてリルの口元に運ぶ。


「ほふ、ほふっ」


 口の中で粥を冷ましながら何度か噛み、すぐに飲み込むとまた口を開ける。


「あぁん……」


 催促されるまま、冷ました粥を口の中に入れてやると、次々と平らげていく。


「美味しいか?」


「ん〜……、なんか、うすい……?」


「そうだな、薄味にしてるから。それにメインに来る肉は塩味が濃い筈だから、こっちはそれぐらいで良いんだ」


 納得しているような、そうでない顔をして、それでも口を開けるのは止めない。


 雛鳥に餌をやっている気分になっていると、あっという間に食べ尽くしてしまった。


 あくまで、少しだけお腹を満たす量しか作っていなかったので、それで良い。


 リルが食べたりない、不満そうな顔をしていたが、お茶を注いで我慢させる。


 台所を見れば、今にも完成しそうな塩梅だ。

 あと幾らもせずに、料理が運ばれてくるだろう。


 そうして実際、お茶を飲み終わる頃には、テーブルに料理が運ばれて来た。


 バラ肉の塩漬けを細くスライスし、チーズと一緒にパンで挟んだサンドイッチ。


 そして、茹でた卵を潰して野菜と混ぜた、エッグサラダ。

 更に各種野菜がゴロリと入った、腸詰め肉のポトフ。


 野菜の種類にしても、体作りに適したニンジンやブロッコリーなどが多めだ。


 リルは好き嫌いしないタイプなものの、野菜が好きという訳でもない。


 普段より多めの野菜を見て、不満そうな声を上げた。


「きょう……あさから、こんなに……やさい、食べるの?」


「身体が元気になる為だよ。それに、食べさせてあげるんだから、我慢しなさい」


 大体、うちの野菜は外に比べて雑味も少なく、苦みも格段に少ない。


 ニンジンなど甘いくらいだ。


 マナの恵みをたっぷり吸っているので、大きく育っているだけでなく、その身に旨味がしっかりと凝縮している。


 リルが一般的な子供に比べて、野菜嫌いでないのもそのせいだ。


 私はサンドを小器用に、ナイフとフォークで切り分けてから、リルの口に運ぶ。


 お腹が空いているリルは、差し出されたものを拒める状態にない。


 サンドイッチは好きなものしか入ってないのでご満悦だが、次はゴロゴロ野菜のポトフを差し出す。


 これを食べなければ、次の好物が食べられない。

 それが分かっているから、渋い顔をしつつも口を開けた。


 それからしっかり咀嚼するのを見届けてから、にっこり笑ってサンドイッチを口の中へ運んであげた。


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