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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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卵泥棒の真相 その1

 卵駕籠を竜の卵と誤解して盗んだ冒険者パーティは、“弓闘団”と言った。


 私の予想に反して、その名前からも分かる通り、弓士がリーダーで、名前をデニスと言った。


 そして実際、パーティ内で一番強い男でもあるようだ。


 自分が前に立って回りを引っ張るのではなく、後方にいて全体を指揮するタイプで、冒険者の中ではそうした者は非常に少ない。


 話を訊き終えた後、私は彼らを抱き込み、言う事を聞かせる事にした。

 彼らとしても拒否できる立場になく、命の引き換えともなれば尚更だった。


 今は彼らに駕籠を引かせ、リルと二人で中に座って寛いでいる。

 そのリルはというと、お腹が一杯になった事で、はしゃぎ疲れて眠ってしまった。


 駕籠内が十分に暖かい事も手伝い、私の膝の上で、すよすよと寝息を立てていた。


「しかし、大丈夫なんですかね……?」


 デニスが外で卵駕籠を押しながら、不安そうに声を掛けてきた。


 これだけ距離が近ければ流石に声は聞こえるもので、私はリルの頭を優しく撫でながら、駕籠の外へと声を放った。


「もう、その話は済んだだろう。今更、往生際が悪いぞ」


「いえ、勿論そうなんですが……」


 表面上だけ癒やしておいた傷は、改めて私の手で治療された。


 鎖骨に罅が入っていた戦士も同様に治癒してやったので、下山するのに戦力が不安、という事もないだろう。


「それより、今日中に下山できるか?」


「えぇ、それは間違いなく。登るより降りる方が、早いのは間違いないですから。日が暮れるまでには下山できるでしょう」


「じゃあ、目的地へは?」


「そこには少し時間を貰うことになるかと。麓に馬車を用意してあるので、そちらに積み替えて……。そこから更に移動ですし、我々にも休憩が必要です」


 ふぅん、と私は気のない返事を返した。

 竜が棲まう山など、辺境にあるのが基本だ。


 というより、人間の方こそが、そうした山々の近くに町を築きたがらない。

 古くから竜が棲まう国ほど、その中核となる町を、山の近くに作らないものだった。


 だから、国が栄え、王都にまで発展する主要都市となった時、自然とそうした山は辺境の地という括りになる。


「じゃあ、それなりの長旅になるな」


「どうでしょうかね……。卵はもっと重いものだと思ってたので、馬を頻繁に休ませながら、帰るんだと思ってたんです。でも、この軽さなら、その辺はもっと回数減らせると思うので……」


 なるほど、と声に出さずに頷く。


 私も竜卵の正確な重さなど知らないが、同じ分量の木材より、軽いという事はないだろう。


 その辺を考慮すると、一時間毎の休憩くらいは想定していそうなものだ。


 しかし、この卵駕籠には軽量化の付呪がされているので、それに乗った私たちの体重まで、まとめて軽くされる。


 彼らが四人で苦も無く運べているのは、そこにも理由があった。


「いずれにしても、数日間は一緒な訳だ。それまでよろしくな」


「いや、えぇ……。まぁ、はい……」


 デニスは歯切れ悪く返事する。

 苦り切った表情をしているのは、見るまでもなく容易に想像できた。


「こっちだって最大限、譲歩してやったろう? お前達にとっても悪い話じゃないはずだ」


「そうは思いますけど、果たして知らなかった、という理屈が通じるかどうか……」


「そこは気にするな。文句を言える元気など、ソイツに与える気はないからな」


 “弓闘団”が受けた依頼は、透明性の低い内容だった。

 依頼主の名前はあるが、本名であるかも疑問で、しかも相手の職も不明だという。


 しかし、それ自体は高位貴族の依頼では珍しいものではなく、代理人を立てる場合も多い。


 中間に入る者が複数いるので、根気よく洗わなければ、その尻尾を掴む事すら出来ない、という仕組みだ。


 明らかな詐欺の片棒を担ぐとか、自分達の道理に反する暴力沙汰とか、そうした依頼でない限り、こうした依頼を受ける者のは多いものだった。


 危険が伴おうとも、それに見合う報酬があるなら受諾する。

 そうした冒険者こそ、また多いものだ。


 そして、“弓闘団”は今回、さる御方の相談相手をする、という(てい)で話を聞きに行き……。


 怪しい風体の男から、竜の卵を持って来い、という依頼を受けたのだった。


「しかしまぁ、よくそんな依頼を受けたもんだ……」


「話を聞きに行くだけなら、大した問題にならないと思って……。それに、背後に貴族がいると分かる依頼は、払いも信用できるって事もあるんで……」


「それで聞いてみたら、龍の卵を取って来い、と?」


「向こうも半信半疑、みたいな所があったみたいでしたけどね。大体、どうやれば竜が産卵したかどうか分かるんです? 決まった産卵時期がある訳でもないのに……」


 それは確かに、その通りだった。

 他の魔獣や魔物などと、竜の産卵は比較できる対象がない。


 特に竜などは一年中、山から動かないものだ。

 その竜が産卵したかどうかなど、余人に知れるはずがなかった。


 しかし――。

 今から考えると、ウィンガートの素振りは非常に怪しいものがあった。


 気付かせまいと努力していたが、何かを隠そうしていたのは私にも分かったぐらいだ。


 それが何かまでは分からなかったものの、背後に隠し、悟られないよう気を遣っていたのは、ありありと伝わっていた。


 しかし、それは身近に近付いたからこそ、気付けた事実だ。

 山から遠く離れた王都から、知られる事実ではない。


「いや、一つだけある……」


 ボーリスだ。

 彼は山に踏み入り、ウィンガートと対面している。


 商人として相手の機微を読み解く能力を持つのなら、人間と高いレベルで意思疎通できる竜の機微も、同様に読み解けたかもしれない。


 そこで、もしかして、と予想したのではないか。


 そうして、秘密裏に手に入れたくて、依頼主がそれと分からぬよう、貴族がよく使う手口を真似た――。


「辻褄は合う。合うように、見える……」


「……え? なんです?」


「いや、何でもない」


 結局、予想は予想でしかなかった。

 結論を急ぐ必要はない。


 それが真実がどうなのか確認する為、彼らに協力させたのだから。


「でも、やっぱり不安だな……。貴族を騙したと知れたら、これから依頼を受けられるかどうか……。いや、それより報復も……」


「そこはもう決まったんだから、今更グチグチ言うんじゃない」


「そりゃあ、あそこで死ぬくらいなら、協力すると言うしかないですよ……!」


「お前達も騙されたんだ。そいつだって騙されるだろうさ」


「いや、俺達の場合、ちょっと事情が違いますし……。目の前にある卵ばっかりに気を取られて、上に変なの付いてるなんて、気にならなかったもんなぁ……」


 彼らからすれば、半信半疑で探していた竜卵が、目の前にデカデカと鎮座していた場面に遭遇したのだ。


 何より取って逃げるのが優先で、竜が追って来る事も加味すれば、卵上部の止まり木に気付けるものではなかったろう。


 山を登って来た都合上、下から見上げる格好になっていただろうし、そうした角度が付いていたのも、また良くなかった。


「引き渡した直後にバレる、って事はないだろうさ。隠して運び込むんだろう?」


「ですね。幌馬車の荷台に入れて、運ぶ手筈です。その上で布を掛けて、後ろからも見えないようにする予定ですし……」


「だったら、金を受け取った時点でバレるはずがない。お前達は報酬を受け取れて幸せ、私は労せずして黒幕に辿り着けて幸せ。不幸になるのは、その黒幕だけって寸法だ。文句ないだろう?」


「その貴族が俺達に文句を付けてきたら問題だ、って話をしてるんですけどね……」


「そうはならない、安心しろ」


 私が断言すると、唸る様な声を上げたものの、結局声に出さず飲み込まれた。


 どちらにせよ、ここで言う事を聞いておかないと、私の方が怖い。

 彼我の実力差は、それなりの腕が立つ彼らだからこそ、如実に分かったはずだ。


 そして実際、一度はその命欲しさに屈している。

 彼らに選択権など、最初からなかった。


「お前達はこの卵を、無事引き渡し場所まで持って行けば良いんだ。そして後腐れなく別れる。それで終わりだ」


「俺達は、もう公都で仕事出来ないだろうけどな……」


 デニスの心情としては、それが後悔とだろうし、忸怩たる思いだろう。

 しかし、危うきものには近寄らず、ともいう……。


 疚しい気持ちがあるなら尚更だ。

 だが、私の物に手を出したのも、また事実だった。


 命があるだけ儲けもの、ぐらいに思って貰わねばならない。


 時より横滑りしたり、不安定な動きを見せつつ、卵駕籠は山を降る。

 駕籠の外は極寒で、彼らが吐き出す息遣いも荒い。


 それら一切を無視して、私は寝息を立てて眠りこけるリルを、静かに撫でた。


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