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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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竜の塒と追走劇 その1

「それじゃあ早速だが……、詳しい話を聞かせて貰おうか」


「星の裁定者が、この件を引き受けてくれるのならば、大変心強いこと……。是非、公平、公正な目で見て貰いたい」


 ウィンガートの口調は敬意を持ったものに聞こえるが、言葉通りの意味でない事は明白だった。


 口では殊勝な事を言いつつ、その実、竜側の味方を――庇護するのは当然、と思っている節がある。


 そして、それは古くから生きる竜には、珍しい事ではなかった。


「しかしまた、裁定者とは古い単語を持ち出したな……。そんな風に呼ぶ奴は、もう珍しい部類だろう」


「私にとっては、そっちの方がしっくり来る。わざわざ魔女と名乗るなんて、何を考えているのやら……」


「さて……?」


 それは人の側に立つか、竜の側に立つかで評価も意味も変わる。


 だが、どちらか一方に加担するのは、基本的に避ける方針だから、ウィンガートの言う事も間違いではなかった。


 ……過去、良くも悪くも世界に大きな影響を与えたのは間違いなく、人が竜に抗う(すべ)を手にしたのは、私にも原因がある。


 そして、抗うだけでなく、討伐する方向へバランスが傾き、竜狩りの風潮が蔓延ったところで、間を取り持ったのも私だった。


 かつての竜からすれば、諸悪の根源の様に見えて当然だろうが――。

 どうやら、そういう恨みばかりではないらしい。


 調子に乗った竜族を諌める超常の存在、という認識であり、十分な罰を以ってそれを許した、と見做す存在でもあるようだ。


 古くから生きるヴェサールが、私に対して恭しい態度なのも、そうした所から来ている。


「ともあれ、詳しい事情を知らずに判断は出来ない。だから、まず竜側の意見を聞きたくてやって来た。聞かせてくれるか?」


「無論のこと……」


 両目をゆっくり閉じる動きで首肯の代わりとし、ウィンガートは思案を巡らしながら話し始めた。


「あれは一月(ひとつき)二月(ふたつき)ほど前……、商人を名乗る一人の男が、やって来たのが発端だった。名前はボーリス・ヴァノワ。五名の護衛と馬車を引き連れ、山の谷間までやって来た。勝手な侵入は許さぬ故、追い払おうと出向いたのだが……」


「単なる侵入ではなく、入山の許可を求めての事だったんだな?」


「……そう。馬車の荷物も、その為の供物であった。酒であったり羊であったり、とにかくご機嫌取りの品を持ち込んで……。そこでボーリスは言う訳だ。通行の許可を頂けるなら、毎月これと同じ量の物を捧げる、とな」


「それで、許可を出した?」


 ウィンガートは瞼をゆっくりと閉じる。

 そうして次に、悩ましげな息を吐いた。


「特別、貢物を欲しての事ではなかったが……。しかし、これからの事を思うに、そうした物がしばらく続くのも良いか、と思ったのだ」


「これからの……?」


 訝しげに疑問を投げ掛けたが、ウィンガートはこれに応えてくれはしなかった。

 そのまま無視して、話を続ける。


「ボーリスが帰ってから、五日か七日か……。とにかくしばらくして、谷間を通る者が現れた。しかし、来たのはボーリスではなく、またその手の者でもなく、武装した兵隊どもだった」


「それで、約束が違う、と……」


「いち商人に許可をくれてやる事と、軍の通行に許可を与える事には、大きな隔たりがある。しかも、この谷間を抜けた先は隣国だ。軍事行動の行く末など解り切っている。そこに竜が加担した、と思われるのも面白くなかった」


「なるほど……」


 それ自体は頷ける話だ。

 竜が住まう場所は、ある種の緩衝地帯として作用する。


 そして、竜は人の争いに加担しないものだ。


 初めから興味がないからこそだが、軍隊を素通りさせるだけでも、竜を味方に取り付けた、と思われても仕方がない。


 そして、そうした時、隣国がどう思うかが問題だった。

 単に王国へ反撃するだけならば良い。


 しかし……。


「緩衝地帯を奪われたと判断し、竜の排除へと踏み切ったのならば、良い迷惑だろうな。通行を拒否したのも頷ける」


「然様……。竜は人の世に関わらぬ。それが我らの……いや、そなたから勧められた提案である故な。禁止とまでは言われておらぬが、関わる利がないのも事実。それよりも、巻き込まれた時の面倒を考えれば……」


「うん、追い返したのは納得だ。しかし、それで約定破りだと、今度は人間側からせっつかれる事になった訳だ?」


 そして、それが問題の焦点となっている。

 公国としては、事前に話を通して、貢物をしてまで得た許可だ。


 それを一方的に反故されてしまえば、文句の一つも言いたくなるだろう。


 そして、単に不満を口にするだけでなく、緊張感を持たせる事態にまで発展している。


 人間がそう簡単に、竜の巣まで攻め込む事を決定するとは思えないが……。

 いっそ、それを口実に隣国も動かし、竜の排除を考えているのかもしれない。


「人は基本的に、人の都合だけで世界を見る。竜を邪魔に思うのも、そういう都合からだろう。竜殺しを成し得る人間は多くないが、二国間から集めれば、討伐の目はある……と考えたかもしれない」


「では、初めから破らせる為の約定であったと?」


「それなんだが……」


 約定と口にした時、気になっていたことだ。


「そのボーリスとは、何か紙面でやりとりしたのか? ……つまり、互いの合意をどういう形で取ったのか、その証拠となるものは?」


「受け取っていない。竜との約定に、そうしたものは不要であろう」


「うぅん……」


 私は困って、眉間にシワを寄せた。

 竜は義理堅く、一度果たした約束は、決して破ったりしない。


 それこそ、己の命に関わる内容であっても、遵守するものだ。

 しかし、人間は必ずしもそうではないと、理解していると思っていたのだが……。


「約束となる証拠がないのなら、言い掛かりをつけられても仕方がないだろう」


「そんなモノが必要なのか? 竜と人との約束ぞ。そなたとて、変わらず今も律儀に守っているであろうが」


「私はな……。しかし、国家というのは、いち個人の義理より実利を取る。証拠がないなら、提示できない相手が悪い、という論法を持ち出すだろう」


「そんな事をして、何の得がある? 竜と争いたいのか?」


 これがウィンガートだけの横暴なら、竜は味方したりない。 

 好きに争え、と見放すのだろうが、理がウィンガートにあるのなら話は別だ。


 フンダウグルの様に、人間を面白く思わない竜は多い。


 ウィンガートだけなら勝利の目があるのは確かだろうが、竜の群体を相手に戦う決定を下せる国家など、早々あるとは思えなかった。


「余程の馬鹿でも、勝算がなければやらないと思うが……」


「では、勝算ありと見られた、と……?」


「しかし、証文もなしに、そんな愚行を犯すとは……」


「それならばあるぞ」


「は?」


 聞いている事と違う、と眉根を寄せると、ウィンガートは事もなく言ってきた。


「私にそんな物は不要だ。だから受け取らなかった。しかし、ボーリスは律儀に書いた物を掲げ、私に掲げて見せた。これが写しだ、貴女の物だ、とな」


「何だ、あるんじゃないか」


「だから、受け取らなかったと言ったであろう。竜と人の約定に、そうした物は不要。そう言って帰らせた」


 私は今度こそ困り果て、その場で頭を抱えて蹲る。

 どっと疲れた感じがして、大きく溜め息をついた。


 リルが横から抱き着き、心配そうな顔を寄せてくる。


「お母さん、だいじょぶ?」


「……ありがとう、リル。ちょっと疲れただけだよ」


 私がそう言って頭を撫でてやると、その身体が震えていることに気がついた。

 雪山では、たとえ五分であろうと身体を止めれば、あっという間に身体が冷える。


 私はウィンガートに許可を取って、その場に火の塊を作り出した。

 空中で燃える炎の原理は、マナをそのまま燃焼させる技術だ。


 攻撃様に転換される以前、この世で(まじな)い同然に使われていた、古代の魔術だった。


「あったか〜ぃ……」


「あまり近付き過ぎないように。見せ掛けじゃなくて、本当に燃えるから」


「うん」


「……さて、待たせて悪かった」


 途中で会話を中断せてしまったので、素直に謝罪すると、ウィンガートは実に興味深げな視線で、私達二人の遣り取りを見ていた。


「ふぅむ……」


 いや、興味深いというだけでなく、何かに感じ入っている様でもある。

 不思議に思って問うてみたが、これには別の答えが返って来た。


「いや、単に夢想してしまっただけのこと……。気にするでない。それより、先程の反応はどういう事か? 追い返す理が、私になかったと言う事か?」


 正にそこが問題だ。

 総じて頭の固い竜に、どこまで説明と説得が出来るものか……。


 事態の解決を考えると、頭痛までして来る。

 しかし、努めて平静を保って、私は根気よく言葉を紡いだ。


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