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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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森の日常 その3

「それでは、これから特別訓練を開始します!」


「……ます!」


 朝食を食べ終わり、お腹もこなれてから後のこと……。

 ブランコのある広場まで来て、私は開口一番、そう言った。


 リルも楽しそうに片手を上げて、何をするかも理解していないまま、尻尾をはち切れんばかりに振っている。


「森の中を歩くには……、一体なにを注意すべきか……。リル、分かるか?」


「わかんない!」


「素直でよろしい!」


 リルに抱き着くつなり、満足するまで頬ずりして、それから離した。

 きゃっきゃと喜んでいたリルは、まだ抱き着いていたかったのか、離れたのを不満そうにしている。


「森の中は険しい、リルにとって厳しい世界だ。ここみたいに地面は平らじゃないし、石や岩などもあって怪我をし易い。だから、十分に周囲を観察する目を養わないといけない。……分かるか?」


「……分かんない」


「そうだよな、分からないよな!」


 そもそも、口で言って養われるものではない。

 一度でも森に入らなければ、どういうものか実感できないものだ。


 しかし、今すぐ森の中へ入るのは危険すぎるので、ここで出来る範囲の事を、まず教えなければならなかった。


 アロガは早々に馬鹿らしい雰囲気を感じたのか、離れた所で横になり、太々しい態度でこちらに顔だけ向けていた。

 欠伸を見せ付けるような有り様で、こちらへの興味は完全に失せている。


 それは別に良い。

 ただ、そこはかとない小馬鹿にする雰囲気が、無性に腹が立った。


 努めてその感情を無視して、リルに向き直る。

 そうして、予め用意しておいた木剣を手渡した。


「わぁ~! これなに、お母さん!」


「リルに合わせて作った木の剣だ。剣の道はあらゆる道に通ずる。一つ極める道中で、様々な気付きと、力の使い方を覚えられるだろう」


「よくわかんない……」


「そうだな、分からないな。今すぐ分からなくてもいいし、すぐ分かるようにもならない。早くても十年とか、そのぐらい先の話だ」


「それって、どれくらいの、さきなの?」


「冬が来て、春が来て……そしてまた冬が来て、というのを十回繰り返したくらいだ」


 まだ算数も知らないリルには、そうした数を用いた理解もまだ難しい。

 そうして、またも課題が増えたと思い立つ。


 注意力を身に付けるのも良いが、計算を覚えるのも同じぐらい大事だ。

 当然、読み書きも覚えなければならず、身体を動かす方面だけ学べば良い、という話にはならない。


 今から様々な学習計画を練らなければならないだろう。

 脳裏で今後について考えていると、リルは木剣を適当に振り回し始めた。


「えい、やぁ……!」


 子供用に合わせた軽い造りで、頭にぶつけても怪我をしないよう、特別な魔術を付与している特別性だ。


 怪我の可能性は極力排除しているが、それも振り回し方次第で無駄になる。

 まず正しい持ち方、そして正しい振り方を覚えさせねばならなかった。


「いいかい、リル? 剣の持ち方は、まず両手で持って、こう……」


 立ち位置を隣に変え、握り方を見せつつ、リルの手を取って実際の場所に移す。

 木剣の重心は柄の中心になるよう調整してあるので、持ちやすく振り易い筈だ。


 そうして柄に沿わせて右手を握らせ、拳一つ分を開けて左手も握らせる。

 一応の握り方が出来たら、剣の構え方も見せた。


 自分用の木剣を何処からともなく取り出し、少しの距離を取ってリルに見させる。


「剣は自分の中心に。切っ先は自分の視線の先になるように……」


 口で言っても、そう簡単に言われた通りには出来ない。

 リルも見様見真似でやって見せたが、肘が張って外に向いていた。


 それを指摘すると、次は柄の位置が高すぎたりと、非常に見栄えが悪かった。

 しかし、初めて剣を握ったと思えば、こんなものだろう。


 都度、正しい位置へと導いてやり、それで正眼の構えが出来上がった。

 正面へと周り、右へ左へと動いて角度を見ては、うんうんと頷いた。


「……いいぞ、リル。カッコいいぞ」


「ホント!? カッコいい!?」


「ほら、もう体勢、崩れちゃってる」


 指摘すると元に戻ろうとしたものの、やはり正確には直らない。

 再び横に立ち、正しい位置まで誘導してやれば、それでようやく正しい型を取れた。


「まず、その腕の置き方、伸ばした位置を、しっかり覚える所からかな」


「えー……、これだけ?」


「たったそれだけの事が、リルは出来てなかったんだけどなぁー……?」


 頬をつんつく、と突っついて見れば、リルの頬がみるみる内に膨らむ。

 その頬を更に指で押し込むと、口の先から息が漏れた。


「でもこれじゃ、ゼンゼンつよくなれないよ!」


「そうだなぁ……、じゃあちょっと振ってみなさい。やり方は、――こう」


 私が試しに全く同じ型を取り、腕を振り上げ、それから降ろす。

 ピゥン、と風を切る音がして、最後まで振り切る前に止めた。


 傍から見ると、木剣の奇跡すら見えた事だろう。

 リルは瞳を輝かせて、鼻息を荒くさせながら、同じ様に木剣を振った。


 ……へにょり。

 そんな効果音が聞こえてくるかのような、真の入っていない振り方だった。


「もう一度」


 言われるままに、リルは剣を握り直して振り下ろす。


 ……へろり。

 切っ先がブレて、横に逃げてしまっている。

 ただ上下に真っ直ぐ振り下ろすことは、存外難しいものなのだ。


「どう、どうだった……!?」


 リルが目を更に輝かせて訊いて来る。

 私は満面の笑みで頷いた。


「うちの子、天才かもしれん……!」


「本当!?」


「凄いぞ、リル! 将来、天才剣士になれるぞ~!」


「お母さんより!?」


「そうだね。それにお母さんは、別に剣士じゃないから」


 リルを抱き上げて、肩より高く持ち上げて、その場でくるりと回った。

 木剣を振り回して喜んでいたリルだが、地面に降ろすと、ふと首を傾げる。


「お母さん、ケンシじゃないの? さっきのすごかったのに……」


「昔とった杵柄だ。使えるだけで、剣士と名乗ったことは一度もないんだ」


「じぶんで言わなかったら、ケンシじゃないの?」


「自分で言った所で、剣士だと認められない場合の方が多いかな、どちらかと言うと……」


「んぅ……?」


 世の処世は、まだリルには難しい。

 右斜めに視線を向けて、こてん、と首を傾げてしまった。


「大体は、人に認められて、初めて剣士を名乗れるものだ。……リルは剣士になりたい?」


「わかんない……」


「そうだな、何になりたいか決めるのは、もっと先でいい」


 私が微笑んでいると、リルは木剣を放り投げて、両手をぐるぐると回す。


「でもリル、お母さんみたくなりたい! ちょっと手をうごかして、いろいろとモノをうごかすの!」


「おや、それは欲張りさんだ。でも、そうだな……。リルならその内、そういう事も出来るかもしれないな」


「ほんと!? いつ!?」


 かもしれない、と言っただけで、もう出来る気になっている。

 リルの頭を優しく撫でてから、落ちた木剣を拾い上げた。


「さぁ、いつになるのか、それは誰にも分からない。色々と、勉強が必要だ」


「ベンキョー……」


「いっぱい頑張りが必要だって事さ」


「うん、ガンバる!」


 リルは未来に明るいものを見出して、尻尾をぶんぶんと振り回していた。

 子供の恐れ知らずで向こう見ずな勇気は、子供が口にするからこそ愛らしい。


 それがどれだけ難しい事か、分からないまま口にしている。

 しかしそれも、全ては私の教育次第だろう。


 リルがその夢を叶えられるかどうかは、今後の教育に掛かっている。


「でもその前に、まず剣の方を覚えておこう。身を守る術は、絶対にリルの邪魔にならないから」


「うん! けんもガンバる!」


「いい子だ」


 再び頭を撫でてやれば、嬉しそうに笑って顔を上げた。

 またも抱き締め、温かな体温を感じながら頬ずりする。


 この夢を壊してはならない。

 リルの夢を叶えてやりたい。


 この先、何を望み、何を欲するか分からないけれど――。

 それでも、そのとき望む道に進めるよう、その為の道を用意しようと決意した。


 リルは再び剣を握り直し、(つたな)いながらも上下に振り始める。

 時折、崩れる型を矯正しながら、リルが疲れて値を上げるまで指導は続いた。


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