表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
65/225

竜の依頼と空の旅 その4

「……こりゃあ、何だ? いったい何処から、卵なんぞ持って来た?」


 フンダウグルさえ騙せるなら、我ながら良い出来だと言えるだろう。


 しかし良く見るまでもなく、その卵上部に取っ手は良く目立ち、不思議がって見つめてもいた。


「何だこれ? まるで樹の実をもいで来たみたいだ。そういや、遠く西の大陸では、竜の卵は樹に実る、なんて考えてやがった国もあったが……」


 その希少性故に、だろう。


 卵生とは知っていても、その卵を温める場面などを見た事がない為、勝手な想像で生まれた産物だ。


 実際、卵を産むと、竜は巣穴から出る事はまずなくなる。


 奥底に潜み、人の目に触れなくなる事からそうした伝説が生まれたのだろうが、単に露出しないから見られないだけ、という話に過ぎなかった。


 フンダウグルは不思議に思うのもそこそこに、取っ手をアギトで挟んで千切り取ろうとした。


 私は慌てて声を掛けて止める。


「あぁ、こらこら。やめろ、それは乗り物だ。卵の形をした駕籠だよ」


「駕籠? ……これが? 何でこんな馬鹿みたいな見た目なんだ?」


「最初は馬車を想定してたんだが、空を飛ぶなら、空気抵抗がより少ない形の方が良いだろうと思って……。お前だって、そっちの方が飛び易いだろ?」


「いや、そんなの知らねぇし、考えた事もねぇよ。卵の形と馬車の形に、なんか違いとかあるのか?」


 フンダウグルの言葉は、ある意味、想定通りだ。


 彼らは質量を無視して飛ぶし、何よりマナを用いて飛行能力を駆使しているので、そこに流体力学など頭の端にもありはしない。


 人が歩行するのに一々理屈を考えないように、竜もまた、飛ぶ事に理屈など考えないのだ。


 象が如き巨大な獲物を、両の足で掴んで空を飛んだ事もあるだろうが、その際の空気抵抗も、そういうものだと感じただけに過ぎなかったろう。


 しかし――。


「長時間、一定の高さで一直線に飛ぶ事を考えたら、やはり違いは感じる筈だぞ。それに、乗っている方だって乗り心地を考えたいんだ。少しでも快適に過ごす為に、要らぬ工夫をさせられてるんだよ」


「よくもまぁ、竜を前にそこまで不満を口に出来るもんだな……。呆れるより前に、感心しちまうよ」


 口ではそう言いつつ、声音はハッキリと呆れるものになっていた。

 私はハエを払う様に手を振って、リルを伴い、卵駕籠の傍に立つ。


「それじゃあ、ヴェサール。これから東にある……何て言ったか、プレビダ山稜か。ペスセデン公国の。そこで事の事情を聞いてくれば良いんだな?」


「聞くだけでは困る。解決までして貰わねば……」


「それも事情次第だな。竜と人との諍いなど、そう起こり得るものじゃない。両成敗して終わり、って話なら悩む必要もないんだが……」


「それでもやはり困るな」


 ヴェサールは喉の奥でくぐもった笑いを漏らし、両腕の上に顎を乗せたまま、尻尾をピンと立てて前に折った。


「……ともあれ、よろしくやってくれ」


「そのつもりだ。出来るだけ、穏便にな」


 そう言って駕籠の一部分を押すと、扉が開いてタラップが降りてくる。

 フンダウグルが興味深そうな声を上げ、首をめぐらせ、しみじみと見つめた。


 リルはその視線から逃れるように、慌てて中へと駆け込み、それに続いて私も入る。


 タラップの最後の段に足を乗せてから、そうそう、と後ろを振り返った。


「上の取っ手は、そこを掴んで運んで貰う為の部分だ。両の足で掴めば、丁度良い塩梅の太さにしてある」


「……分かるのか、そんな事が?」


「この前、お前を握って吹き飛ばしたろう。あの時に大体の感覚は掴んでる。それでも持ち難かったら言ってくれ」


「あぁ、まぁ……分かった」


 どこか引いた表情でそれだけ言うと、フンダウグルは素直に頷く。

 その言葉を背後に聞きながら、私も駕籠の中へと入って入口を閉めた。



  ※※※



 僅かな間があって、卵駕籠全体が僅かに揺れた。


 掛け声の一つすらなく動き出し、また人が乗っている事など考慮しない運び方に、文句の一つも言いたくなる。


 だが、それよりまず気にする事は、その乱暴な動きで転びそうになっているリルを助ける事だった。


「わ、わっ……!」


「ほら、大丈夫だ。少し我慢していなさい」


 勢いよく転べば、怪我の一つや二つ、簡単に出来るものが駕籠内にはある。


 折り畳み式のシートもその一つで、安全面を考慮して丸みは作っているものの、頭をぶつければ痛いでは済まない。


 私はリルを抱き留め、揺れる駕籠内でバランスを取りながら、とりあえずシートに座らせた。


 そうして手近な所を掴ませ、上の方へと声を掛ける。


「おい、フンダウグル。もう少し丁寧にやれないのか」


「……ぉお? 何か拙かったか?」


「ひどく揺れる。リルが危うく転ぶところだ。地震が起きても、ここまで酷いのはそうないぞ」


「あぁ……、そいつは済まなかったな。人が乗った何かを運んだ事なんぞ、今まで一度足りともなかったからなぁ……」


 それについては、私ももう少し考えておくべきだった。

 上空へと飛び上がる時など、特に振動は激しくなる。


 安定した飛行する高度に達するまで、相応の揺れはあるべきだと想定して然るべきだった。


 特に竜はその羽ばたきで、身体が上下に浮き沈みする。

 これは竜の骨格上、どうしようもない部分だ。


 現在は標高の高い、プレシヨウン山から飛び立ったから既に安定しているが、これが地上からだとしたら、更に揺れは長く続くだろう。


「出発の際は、内部だけ魔術的に囲うとか……。空間的に隔離? そうすれば、揺れを気にせずにいられるかも……」


 問題は、空間そのものに関与する力は、膨大なマナを消費する事だろう。

 疲れている時には、さぞしんどい事になりそうだ。


 それならば、専用の魔道具を用意して、ショックアブソーバーの真似を方が、色々と簡単そうに思える。


「次回までの課題だな。……次回があるか、分からないが」


「……お母さん?」


 思考に没頭していて、リルを置き去りにしてしまった。

 揺れは既に大分収まり、僅かな横揺れを感じるのみになっている。


 不安そうな顔を向けてくるリルに、私は安心させるように微笑み、その頭を撫でた。


「もう大丈夫、楽にしてなさい」


「うんっ!」


 元気よく返事したが、中身は馬車とそう大きく違いはない。

 それどころか、窓さえないので、景色を楽しむ事すら出来なかった。


 好奇心が旺盛で、身体を動かすのが好きなリルには、ただ座っている事など、早々に飽きてしまうだろう。


 そして私は私で、初めての飛行に問題箇所はないかとチェックに忙しい。

 よくよく考えると、テスト飛行さえせず、ぶっつけ本番はよろしくなかった。


 馬車と違って車軸や車輪など、気にするべき構造がないから鷹揚に構えていたが、下手をすると空中分解だ。


 素材はミスリル銀を使っているから軽くて頑丈、溶接にも問題ないと自信を持って言えるとはいえ、簡単に考え過ぎだったかもしれない。


 探知魔術を使って構造に罅が入っていたり、何か問題箇所がないか、つぶさに観察は始めた。


 そうして上から下、右から下までじっくりと見聞して、現状は問題ないと分かって息を吐いた。


「まぁ、飛び立って一時間も保たないとあっては、魔女の名が廃るがな……」


「ねぇ、お母さん。おはなし、きかせてほしいな。……ひま」


 シートの上で座りつつ、足をぷらぷらと動かすリルに、私はとっておきの笑顔を見せた。


 そうやって言うのは想定済みで、だからちゃんと()()()を用意してある。


「まぁ、待ちなさい。ちゃんと良いものがあるからね。外を見てご覧」


 指で指し示しながら、飾りにも見えるボタンに魔力を通す。

 すると、座席の両側面が消えてしまった。


「わっ、わっ……! お母さんっ!」


 落ちると思ってか、リルは私に抱き着いてきた。

 安心させるように肩を撫で、それから含み笑いに壁に触れて見せる。


「大丈夫、壁を透過させているだけで、外の景色を見える様にしているんだ。壁は消えた訳じゃないから、そのままここにあるよ」


「……ほんと?」


「自分で触ってごらん」


 言われるままに、リルは恐る恐る壁に触れた。

 冷たい感触が指に伝わると、たちまちペタペタと遠慮なく触り始める。


「ほんとだ! ここにカベある!」


 安全と分かってからは、私から離れて、むしろ壁にべったりとなった。


 雲を眼下に見、広い世界を見るのは開放感に溢れていて、何より新鮮だからだろう。


 額を壁にくっつけて、飽きる事なく見つめている。


「すごいねぇ……! リル、ほんとうにおそら、とんでるんだ!」


 私はそれに微笑えましいものを感じながら、リルをもてなす、次の準備に取り掛かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ