竜の依頼と空の旅 その2
「ねっ、お母さん! これ、このおおきな……たまご? これ、なに……?」
「駕籠……と言っても分からないか。えぇとつまり、中に入れるタイプの乗り物だ。今回一度切りの使用が惜しいくらいだ」
突貫工事にも等しいやり方で作製したので、当然粗はある。
もっとこうしたい、あぁした方が良い、といった不満は使っていると、まだまだ出て来るだろう。
しかし、改良して使う機会など、これから早々あるものではない。
「……そうなの?」
「竜に運んで貰う前提の乗り物だからね。先日の様子を見るに、今回だって相当渋々、頷いた形だ。危急の際でもなければ、早々使えるものじゃない」
「ききゅー?」
オウム返しに言葉を話して、リルは首をこてん、と傾げる。
「とっても急ぎの用、って意味。私に頼む機会が他にあっても、もしこれが夏の出来事だったら、馬でも使えと言われたかもしれない」
「んまぁ? んまって、なに?」
「リルはそう言えば、まだ見たことなかったか……。でも、んま、じゃない。うー、まっ。う・ま」
唇の形を分かり易く誇張させ、正しい発音を教える。
するとリルは、面白そうにうま、うま、と繰り返した。
どうやら、音の響きと唇の動きがツボに入ったらしい。
「うーんまっ! んまっ!」
「ほら、またんま、になってる。うまだよ、う」
「ぅ〜うまっ!」
「何かちょっと、違うんだよなぁ……」
どう矯正してやるべきか悩んでいると、リルは卵駕籠に向かっていく。
「ねね、お母さんっ。これ、もうのれる?」
「乗れるけど……、内装についてはこれからだから……。入っても面白くないぞ?」
「いいよ、それでもっ!」
「そこまで言うなら……」
敢えて強く引き留める理由もなかった。
だから、どうぞと手を向けたのだが、リルは卵駕籠の周りをうろつくだけで、中に入りたくとも入ろうとしなかった。
それもそのはず――。
あれにはドアの取っ手など、流線型を阻害する部品は取り付けていない。
だから、どこから入るのか、非常に分かり難いかった。
私が卵駕籠の側面に立って、ある部分を押し込んでやると、それでカチリとロックの外れる音がする。
すると、そのすぐ傍が外開きに小さく開いた。
全て開き切ると、次に下部分も手前に開き、階段のタラップとして迎え入れる。
リルは嬉しそうに中へ足を踏み入れ、そして楽しげな声を上げた。
「なぁんにもない!」
「だから、そう言ったろう?」
中の収容範囲にしても、馬車より少し広いくらいだ。
今はまだ何も持ち込んでおらず、設置もしていないので、がらんどうの侘しさばかりが目に入った。
「でも、すごいっ。まるくない!」
外観の形から中も同じように丸く、卵の中に入ったものを想像していたのだろうが、しっかりと長方形型となっている。
球面に湾曲した床では落ち着いて座れないし、少しの振動で転がってしまう。
最初だけは、それも一つの娯楽として楽しめそうだが、疲れている時さえ転がされたら、最早楽しむどころではないだろう。
「長い空の旅を過ごそうとしたらね、結局普通の形が一番良いって事になるのさ」
「おぉ〜……」
リルは聞いているのかいないのか、判別付かない返事をしながら、卵駕籠の中を見回る。
そうは言っても狭い駕籠内、適当にぺたぺた触って一周すると、それで満足して降りて来た。
「ほら、別に楽しくもなかったろう?」
「ううん、おもしろかった!」
「そうか」
私は笑ってリルの頭を撫で、それから自らも一度中を確認する。
そして、薄ら寒さすら感じる駕籠内を見て何事もないのを確認し、タラップを上げて扉を閉めた。
「でも、これから内装を整えるから、そうしたら少しマシになる。すぐに完成させるから、楽しみに待ってなさい」
「うんっ!」
本当に楽しみにする笑顔で頷き、私はその笑みに応える意味でまた頭を撫でる。
そうして撫でるまま、上から見下ろしながら、リルに尋ねた。
「ところで、書き取りの方はちゃんとやった? ここの所、様子を見てやれなかったけど、もし……」
「これからっ、これからやるトコだったの!」
リルは慌てて駆け出し、アロガを伴い家の中へと入って行った。
最後まで言い終わる前に駆け出したのは、聞かずとも内容を察知出来たからだろう。
そして、こういう場合、何を言われるのかは余りにも明らかだ。
私は仕方ない子だ、と忍び笑いを漏らしながら、私で内装を完成させる為、急ピッチで作業を再開した。
※※※
そうして二日後、予想よりもずっと早い時間で内装は完成した。
それを夕食の席で伝えると、リルは今すぐ見たいと言い出した。
流石に食べ終わってからにしなさい、と諭せば素直に頷き……。
そうして今、リルを伴い、卵駕籠の中へと足を踏み入れた。
あの時と違って、卵駕籠の中は光に照らされている。
天井部分に埋め込まれた鉱石が、光を発して優しく駕籠内を覆っているのだ。
目を覆うほど眩しくもないので、これだけ近くにあろうと、直視しても問題ない。
窓を置けない構造だから、こうした配慮は必要だった。
とはいえ、窓がないからこそ、一つ隠し種があるのだが……。
それはまた、今度の紹介になりそうだ。
「わっ、すごい……!」
開口一番にそう言って、リルは座席に腰掛ける。
馬車と同様、対面する形で座席が用意されており、それぞれ三人が座れる横幅を持っていた。
柔らかな布地と綿をふんだんに利用しているので、長時間座っていても疲れ難い構造だ。
ただし、実際に数時間座りっ放しというのは、想像以上に腰へ負担が掛かるものだ。
私は座席の下に手を入れると、ぐいっと持ち上げ、そのまま壁の中へ収納した。
そうして、その収納した上の段を今度は降ろし、中からクッションや枕を取り出す。
「わっ、わっ、すごい!」
「リルの方の座席も出来るよ。やってみるか?」
「やる!」
リルは見様見真似で持ち上げようとしたが、うんともすんとも言わない。
私が苦笑しながら隣に立ち、リルの手を誘導しながら、スイッチを探させる。
「安全を考えてロックさせているからね。……ほら、ここ。ここを押しながら持ち上げるんだ。そうすると……」
それを聞きながら、スイッチを探り当てたリルは、小さな掛け声と共に持ち上げる。
素直に収納された座席と、綺麗に埋まった機能美に、リルは瞳を輝かせた。
「おぉ〜……!」
「こっちの……、リルの方の上部収納には、敷布団とか入っているよ。そう厚みを持たせた物は入れられてないけど、小休止するには十分だから」
そう言いながら、私はクッションに身体を預けて横になり、その隣に枕を置く。
私がポンポンと叩くと、リルは嬉しそうに真似をして、すぐ隣で横になった。
「すごいねぇ……! いつもとちがって、なんかたのしい!」
「あぁ、確かに……。この非日常は、ちょっとしたロマンだな」
駕籠の扉は開いたままで、そこからは灯りの付いた家が見える。
食事を終えてまだ間もない時間、ここからは僅かに食器を洗う音だけが聞こえていた。
「ねっ、お母さん。きょうはここでねよっ!」
「いやぁ、それは賛成できないな。冬に寝るには寒すぎる」
「えぇ……? いま、そんなにさむくない」
「それはね、空気の層を作っているからだよ。外からの寒い空気を遮断してるんだ。これは長時間、使えるものじゃないからね……」
そう言って指し示した天井の一角には、付呪した宝石が埋め込まれていた。
私自身が魔術を使わず、道具に代用させている形だが、これも無尽に使えるほど、便利なものではない。
使ったら使った分だけ、補充していたマナが消費される。
私自身が使うより効率は落ちるが、補充させ済ませておけば、最初の起動に少量のマナを消費するだけで済むので、こうした場合は役に立つ。
「えぇ……、きょうはここでねたいっ!」
「ワガママ言わないの。朝になったら凍えてしまうよ」
「ガウッ」
その時、アロガが小さく吼えて、狭い入口を無理やり通って中に入って来た。
大人が足を伸ばして寝られるほどの広さを持つとはいえ、アロガが入ってくると流石に狭い。
リルと私の間に寝そべると、それだけで壁に押し付けられる程だった。
「アロガ、狭い。早く退け」
「えぇ〜? でも、これならあったかいよ!」
「温かいかもしれないが、寝苦しくって堪らないだろう。二人と一匹で寝るには狭すぎるよ」
「じゃあリル、アロガの上でねる!」
「そういう事を、言っているんじゃありません」
リルを説き伏せるのに苦労しながら、アロガの圧迫から抜け出す。
そうして、寝る時間までここで過ごす、という形で落ち着かせ、その日は狭い室内で重なり合う様にして過ごした。
 




