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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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竜の依頼と空の旅 その1

 二日後――。


 下山したその日はゆっくりと骨を休め、十分に疲れを取ってから、次の作業に取り掛かった。


 リルはあの日何度も泣いて、その度に疲れを蓄積していた事もあり、精神的疲労も大きかった。


 だから、そのケアも含めて次の日は付きっ切りだったので、その翌日にせねばならなかった、という切実な理由もある。


 ともかく、竜はその貴意の高さから、背中に乗せるのを良しとしない。

 それは覆せないものとして、ならばどうすれば運んでくれるのか……。


 それを考えた時、閃いたのは一つだった。

 ――籠だ。


 背に乗る事は、絶対満たしたい条件ではない。


 目的地に到達する方が大事なので、それを飲み込めるギリギリの条件が籠だと考えた。


 それとて難色を示さなかった訳ではないが、手か足に引っ掛けて運ぶとなれば、心象もまた大きく異なる。


 実際、乗せるのと運ぶのとでは、その意味合いも異なるものだ。

 そこを最大限に突いて、何とか納得させたのが、この運搬作戦だった。


「本人……というか、本竜も余り乗り気ではなかったが……」


 しかし、どちらにとっても妥協点は必要だった。

 落とし所を見つけなければ、いつまでも話し合いは終わらない。


 そして、時間が掛かる程に、竜と人との火種は大きくなっていく。

 地上を行けない理由は、第一に時間が掛かり過ぎる点にあった。


 国境を越えて行かねばならない上に、今の季節は冬――。

 東へ向かう程に雪は険しくなり、道が埋まっている所とてあるだろう。


 また山越えを幾つも控えている部分も、考慮しなくてはならない。

 そちらもまた道がないだけではなく、気候次第で何日でも足止めを食らう。


 下手をすると五日以上、山越えの機会を窺って天候と睨み合いする必要もあるのだ。


 通常通りのルートで行けば、春先の雪解け時期に到達しても、全く不思議ではなかった。


 しかし、竜での移動ならば、それら一切を無視してその日の内に到着できる。

 フンダウグルが譲らなくとも、こちらも譲れない理由はそこにあった。


「だが、ともかく……何とかなったわけだ」


 不承不承ながら首を縦に振らせる事は出来たのだが、肝心の籠がなかった。

 当然だが、ひと一人を運べる籠など、我が家で必要としたことがない。


 だから、どういう形の物を作るべきか、まずそこからが問題だった。


 最初は作物などを入れるのに使っている籠を、そのまま巨大にしたものを想定していたのだが……、何しろ乗る時間はそれなりに長くなる。


 当日の天気であったり風模様次第では、相応に揺れたりもするだろう。


 作物よろしく籠の中で揺られていては、到着する頃には揉みくちゃにされてしまう。


 だから、考えたのは籠というより駕籠(かご)――、乗り物としての駕籠だった。


 片道だけでも、最低で三時間程度は掛かる旅なのだ。


 最初は運ぶだけならば、と竹製の簡易なものを想定していたが、行きも帰りも常に万全の調子とは限らない。


 高高度を移動するのだから、風通しが良すぎても問題だ。


 となれば、竹ではなく木材を利用すべきで、ならば座るだけでなく、寝っ転がれる広さがある方が望ましい。


「最初は簡単、軽量を念頭に置いていたが……。むしろ、それは考慮しない方が良いかもしれない」


 運ぶのはアロガでも馬でもなく、竜なのだ。

 多少の重さなど気になるまい。


 そうとなれば、寝台を用意して、そこで寝泊まり出来る位の出来を目指すべきだった。


「揺れを防止する機構なども作るべきか……」


 屋根の部分に取手を付けて、そこを持って運んで貰う。


 その際に風を受けたり旋回したりした時、揺れが激しくならないよう、しっかりと空気抵抗を意識した機構が必要になる。


「持ち手と屋根の一体化は必須か。しかし、木材だとその耐久力に問題があるな……。ならば金属だが、重くし過ぎると、そこは流石に煩くなるか……」


 何事にも限度がある。

 竜ほど強靭な生物ならこれ位いけるだろう、と勝手をするのは拙かった。


 軽ければ軽い程、飛ぶのが楽なのは間違いないのだから。

 では、そこにもまた、ひと工夫必要という事になる。


「錬金……、軽量素材は必須か。だったら、いっそ付呪もするか。完成品そのものに軽量化の魔術を刻む。手間だが……、それなら駕籠を大きく出来るし、持ち込む物も増やせる」


 一つ考える程に、別のアイディアが溢れるかの様だった。

 何しろ、私としても初めての駕籠作りだ。


 その上、空を飛ぶ為の物となれば、あれこれと制作アイディアが溢れてくる。


 何が可能で、何が不可能か。

 実現するには何を削り、何を残すか――。


 そして何より、無理を通すには、どういう工夫が必要か。

 それらを考えるのは、実に楽しい。


 時間的猶予などなければ、一年くらい使って、じっくりと取り組みたい問題だ。


 しかし、出発まで余り猶予はなく、待たせるとフンダウグルが確実に文句を垂れてくる。


 問題点、修正案は幾らでも噴出するだろうが、今は未完成品と割り切って完成させる方が先決だった。


「……では、始めるか」


 おおよそ、頭の中で形が出来上がった所で、それを図面に落としていく。

 外観は空気抵抗を考慮した流線型、卵に似た形と決めた。


 そして、空気の抵抗だけでなく、内外の気圧調整も必要だ。

 これも付呪によって成立させるのが良いだろう。


「山を登る時に使っていた空気の層、あれを盛り込むのが一番だろうな。外の冷気を遮断すると同時に、内側の気圧を整える。そうすれば……」


 図面には駕籠の外観だけでなく、そこへ盛り込むべき魔術的要因も書き込まれていく。


 必要な素材や鉱石、その他諸々も計算し――。

 そうして昼が過ぎた頃、飛行駕籠の設計が完了した。


 魔獣の骨を削って作った骨筆(ペン)を置き、興奮気味に一望する。


 細部を詰めればキリがない……とはいえ、とりあえず満足できるだけの物は作れた。


「……良いじゃないか」


 自分の作品を、自画自賛する。


 見た目は少々奇抜であるものの、機能美を追求した、他ではお目に掛かれない代物となった。


 私がうんうん、と頷いていると、足元から何かが覗き込もうと首を伸ばす影が見える。


 わざわざ確認するまでもなく、私が視線を向けると、そこには果たしてリルがいた。


 見ても分かるものではないだろうに、したり顔でほうほう、などと口にしていた。

 私はリルを抱き上げて、正面から目を見据えて尋ねる。


「……リル、本当に付いて来るのか?」


「うん、いく! ぜったい、いく!」


「遊びに行くんじゃないんだぞ?」


「でも、でも……!」


 リルがついて行きたい動機は、母と離れたくない、その一心からだ。

 行けば恐ろしい目に遭うし、また何度も泣くだろう。


 フンダウグルと遭遇した時の二の舞いが、また別の山でも行われる。

 それを思うと、一度連れて行くとは言ったものの、私とて今から覆したい気持ちになった。


「竜の(こわ)さは、その肌身でよく味わったろう? それと同じものが、また別の所でも起きるんだ。家の中で待っている方が、ずっと安全だ」


「でも、お母さん、とおくにいっちゃうんでしょ? ……ほんとに、ちゃんとかえってくる?」


「何だ、そんなこと心配してたのか」


 私はリルと額を合わせて、安心させる様に言葉を選ぶ。


「今までだって、その日の中にちゃんと帰って来ていたろう? 今度だって、ちゃんと帰って来るさ」


「……んぅ。でも、でも……」


「リルに怖い思いをさせたくないんだ」


 それが例えば、森の暗がりであったり、森に潜む魔獣へ相対する事であったりしたら、むしろ立ち向かうように教育する。


 しかし、これはそれとは全く別次元の問題だ。


 竜になど、遭おうとしなければ遭わないものだし、普通に生きて行くだけなら、まず遭遇するものでもなかった。


 知らずに生きていけるのなら、その方が良い。

 それに、今回遭うのは竜ばかりではないのだ。


 竜とは違う恐ろしさを知る事になるかもしれず、そしてそれは、知るのならばもっと遅い方が良いと思うくらいだ。


 しかし、幾ら説き伏せようとしても、リルは首を縦に振ろうとはしなかった。


「やっ! いく! リルもいく!」


「いつも聞き分けが良いのに、どうしてそう、今回は頑ななのかね……」


 街を知った事で、リルの好奇心と追求心が刺激されたのか。 

 それとも、それとは全く違う理由か……。


「いちどはいいって、いったもん! だから、いく!」


 それを言われると、頭が痛い。

 子供との約束は、子供相手だからと、安易に破って良いものではない。


 そして、一度破れば子供はいつまでも、その一度を覚えているものだ。

 私は仕方なく、突き合わせる額の圧力を増しながら言った。


「そうだな、お母さんも嘘つきになりたくない。だから、リルも約束しなさい。自分で決めたのだから、怖いと思っても逃げ出さないこと。……いいね?」


「うん、わかった!」


 リルは子供らしいニッカリとした笑顔――どこまで理解しているか分からない笑顔――で、自信満々に頷いたのだった。


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