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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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山頂で待つものは その8

「いや、当たり前だろ! 何でオレが素直に頷いてくれると思ったんだ? 嫌なモンは嫌なんだよ!」


「あんまり我儘、言うなよ。だったら、実は人を乗せたくて堪らない、って性格に改ざんしてやろうか?」


「ふざけるなよ、馬鹿魔女! そんな事したら、絶対に目にもの見せてやるからな!」


「ふっふっふ……、安心しろ。そういう反抗的な態度すら、微塵も浮かばないようになる」


 私が不気味な笑みを浮かべ、脅しかけるように言うと、フンダウグルは目に見えて怯えて後ずさった。


「おい、止せ……! やめろ!」


「くっくっく……。お前は私の事が好きになぁ〜る、好きになぁ〜る……」


 人差し指を立てて、ぐるぐると回してやると、フンダウグルは怯えて顔を伏せ両手で覆った。


 飛んで逃げようとしないのは、先程岩壁に叩き付けられた事を、未だ鮮明に覚えているからだろう。


 飛んだ所で掴まれるし、また貼り付けにされる。


 だから身体を伏せてやり過ごそうとしたのだろうが、それとて効果があるとは思っていないだろう。


「やめろ! オレは屈せんぞ、絶対に呪ってやる! お前に後悔という後悔、全てを味あわせてやるからな!」


 大層勇ましいのはその台詞だけで、身体はどこまでも小さく縮こまっている。


 ただし、竜の体型では隠れるも何もなく、頭隠して尻隠さず、にすらなっていない。


 いっそ滑稽な程だが、ヴェサールの方から嗜める声が降ってきて、私も悪ふざけを止めた。


「余りそう虐めんでやってくれ。まだ若いフンダウグルだ、本気にするだろう」


「そうだな、悪かった」


 含み笑いにそう言うと、私も手をしまってリルを抱き直す。


 二者からそういう言葉があって、それで初めて、フンダウグルは私の悪ふざけだと悟った。


 がばり、と顔を上げると、口から火を吹く勢いでがなり立てる。


「ふざけんなよ! お前なら出来るかもって、本気で焦ったんだぞ!」


「いや、出来るのは本当だ。ただ、やらないだけで」


「出来るのかよ! ヴェサールもそれで(ほだ)されたんじゃないだろうな!」


「言ったろう、長時間作用させるのは無理なんだよ。今こうして仲が良いのは、長い時間の中で、互いに尊重するようになったからだ」


 私が弁明すると、ヴェサールは無言のままに首肯する。


 その表情は実に澄み渡ったもので、言葉よりも何よりも、私に同意していると語っていた。


「……まぁ、分かった。それは良いさ、仲が良いのは結構だ。だったら、ヴェサールこそ運んでやりゃいいだろ。いま見知ったばかりのオレより、ずっと抵抗ないだろ?」


「それは竜族として、他に示しがつかん。儂とお前では、翼に対する重みが違う。儂が乗せれば、人間に下ったと見る竜も出ることだろう。要らぬ諍いを招く」


 竜族の間に王はいない。

 取り纏めるリーダーの存在さえなく、互いが互いに好きなように暮らしている。


 唯一のルールは、互いの領域を勝手に荒らさないことだ。

 適切な距離を保ち、過度な干渉をしない。


 それが竜同士の付き合い方だった。


 たとえ冒険者に襲われても、これを助けたりもしないし、救援に駆け付けたりもしない。


 人間が竜殺しを達成出来る理由として最も大きな理由は、恐らくこの結託しないところにあるのだろう。


 ただし、竜も生物だから、番って卵を産み、子を成す。

 だから一時的に二体の竜が近しい距離にいることはある。


 しかし、動物の様に毎年卵を産む訳でもないし、子育て期間が終われば、またすぐ離れ離れになる。


 複数体でいる時間より、単体でいる時間の方が、余程長いのだ。

 そしてだからこそ、人間にも付け入る隙がある。


「だったらオレで良いって理屈も、よく分からねぇじゃねぇか! オレだって、人を乗せようものなら、舐められかねんぜ?」


「おぬしは良いだろう。何しろまだ若い。そういう事もあるか、という程度で抑えられる。しかし、儂はそうもいかん」


 竜にリーダーがいないのは確かだが、長く生きればその分、敬われるのは人と同じだ。


 特に生き字引と呼ばれるような知識人は、それだけで有り難がられるものだ。


 このヴェサールもまた古くから生きる長老なので、他竜から見られる目、というのを気にしたいのだろう。


 そして、そんな古竜だからこそ、殆どの竜とは違って、他所の動向に気を掛ける気構えを持っていた。


「だが、嫌なものは嫌だ! オレにも誇りってモンがあるし、他から見られたとき恥ずかしい思いをするのは嫌だ!」


「まだ五十年も生きてないんだから、若気の至りで済むだろうよ。別に良いではないか」


「へぇ、五十年……。本当に若輩だな」


 竜の成長は早い。

 野生の動物は三年程度で成獣となるが、竜もまた似たようなものだ。


 見上げる程の巨躯に成長するまでは早いが、その精神性の成長までは人間とあまり変わらない。


 ただし、他竜との交流もないので、その精神は若い時間が長いとされる。


 人間の五十歳ならもっと落ち着きがありそうなものだが、フンダウグルがそう見えないのは、竜の生き方が如実に表れていたからだった。


「人間なんざに、五十を若輩などと言われたくねぇな! オレより強いからって、素直に服従するとでも思ったかよ? やなこった!」


「仕方ないな……」


 私が嘆息混じりに言うと、フンダウグルは今にも後退りしそうな態度で窺ってくる。


「な、何だよ……。やめろよ、強制的にどうとか、言う事きくまで殴るとか、そういう事しようってか……?」


「私を何だと思ってるだ。どうしてそう、発想が暴力的なんだ?」


「人間ってのは、そういうもんだからだ」


 きっぱりと断言したフンダウグルに、返す言葉を失くす。


 実際のところ、そういう人間ばかりではないが、竜の前に表れる人間というのは、大抵が暴力を前提にした者たちだ。


 竜が悪さなどしなくとも、そこに竜がいれば勲を立てようと挑む。

 あるいは、その素材を求めて狩りに出る。


 竜にとって、人間とは野蛮な生き物であり、対話よりも暴力こそを前提とする、危険な相手だった。


 ヴェサールが今回懸念を言い表したのも、つまりそういう部分に原因がある。


 ひと思いに――あるいは短絡的に襲うのではなく、そこに搦手があるから、一層不気味に映り……そして私に相談するに至った。


「まぁ……、そこの所は置いておくとして……」


「おい、置くなよ。そういう大事なことを……」


 私はその言葉すら無視して続ける。


「いいや、大事なのは、事態を解明することだ。人は諍いを求め、難癖つけて蹴落とすのが大好きな奴らだ」


「まぁ、常に何かに飢えている、って感じはするか。欲しけりゃ奪えを人間単位じゃなくて、国単位でやるんだ。筋金入りだろ」


「今回の件も、冒険者が竜の巣に殴り込みを掛けただけなら、いつもの事か、で済んだ話だ。――しかし、そうじゃない」


 私は一度言葉を切り、念を押す様に続ける。


「それは例えば鉱山などの利を求めてであったり、侵略を恐れての防御行動だったりと、必ず理由があるものだ。たかが羊を欲して争うのも人間だが、相手が竜となれば、そこに衝動的な理由は普通ない」


 それを聞いたフンダウグルは、むっつりと押し黙ってしまった。

 機嫌悪そうに顔を背け、鼻から大いに息をはく。


 実際に機嫌が悪いのは本当らしく、その鼻穴からは炎が漏れ出ていた。


「竜は群れないし、干渉しないのが原則だ。しかし、例外もある。……私が言う必要はないだろう」


「竜を貶め、誇りを損なった時だ。人間程度がよ、竜を襲うってのは、そりゃあ気分の良いもんじゃないさ。それで討ち取られたとなれば、尚のこと気分が悪い。それでもよ、たかが四人や五人で討ち取った闘士にゃ、称賛する気持ちがないでもないんだ」


 それが仮に寝込みを襲った不意討ち、毒を使った攻撃であろうと、尚も称賛の方に重きが傾く。


 何故なら、そうまでしても勝てないのが、竜というものだからだ。


 十分な準備をしても、魔術士がいることが前提であろうとも、勝てない相手というのが竜だ。


 だからこそ、勲になる。

 だが、そこに国が動くと、大抵は碌な事にならない。


 より損害なく、より効率的に……。

 それを考えるのは共通だが、より高度な騙し討ちになりがちだ。


 相手が言葉を話し、知識を有すると分かるからこそ、外交を始めとした暗黙の了解や、勘違いした相手が悪い――そうした理屈の押し付けが始まるのだ。


 そして、竜はそうした論理を非常に嫌う。

 竜の誇りを傷付けた侮辱に関しては、竜族が一丸となって立ち向かう。


 そうして滅んだ国は幾つもあるし、それこそを竜災害と呼んだものだ。

 しかし、不思議な事に――。


 いつの世も、こうした馬鹿をする国が後を絶たない。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、とでも言うのだろうか。


 歴史から学ぶ強かさを持つのも、人間の強さだと思っていたのだが……。


「ならば、こうしよう。お前の背には乗らない。その代わり、お前に私達を運んで貰う」


「……あん?」


 自らの発案を否定するかのような提案に、フンダウグルは素っ頓狂な声を上げた。


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