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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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森の日常 その2

 朝、目を覚ますと隣でリルが、丸くなって眠っていた。

 秋に差し掛かった今の頃合い、夜もそうだが朝もまた冷える。


 だからなのか、頭まで布団を被り、私の腹に抱き着く様にして、可愛らしい寝息を立てていた。


 今は日が顔を出してから、まだ少ししか経っていないが、既に家畜小屋から鶏の鳴き声が聞こえている。


「う、うぅん……っ」


 私が起きたことで、リルも夢現(ゆめうつつ)に腕を回してきた。

 それをやんわりとどけて、ベッドから降りては布団を掛け直してやる。


「まだもう少し、ゆっくり寝ていなさい」


 布団の上をぽんぽんと叩いて、リルが寝ていたベッド左側の床へと目を移す。

 そこにはアロガが、伏せた姿勢で眠っていた。


 私が上から覗き込むと、片目だけ向けて、すぐにまた目を閉じる。

 昔は同じベッドで寝ていたが、今は流石に大きくなってしまって、そこが定位置になっていた。


 私が退いた事でスペースが出来たから、しばらくすればベッドに移るだろう。

 最後にリルを一瞥してから階段へ向かい、一階に降りると、そのまま外へ出る。


 家畜小屋で飼っているのは現在、鶏だけで十羽ほど。

 だから、鶏舎と呼ぶ方が正確なのかもしれない。


 その十羽は二人で暮らすには最低限の数字なので、もう少し増やすべきかどうか検討中だ。


 肉の確保を考えると、数は多いに越した事はないのだが、多過ぎると騒音になるし管理も大変になる。


 中々、悩ましい所だった。


「とりあえず、糞の掃除からだな……」



 コケコケと喧しい小屋の床は、ここ三日ほど放置したせいで汚れている。


 なので、まず一度全て外に出してから、止まり木を移動させて、鶏舎の敷床を掻き出す必要があった。


「さて……」


 手を肩の高さで右に振ると風が渦巻き、左に振ると水が湧き出す。

 二つが合わさり、簡易型の竜巻となって、糞を上手く拾い上げていった。


 鶏糞は良い堆肥になるので、また一度腕を振って上手く外へ出すと、堆積場へと移す。


 発酵を保つ為には適度な水分が必要で、だから床を掃除しつつ堆肥場まで運ぶのは、中々理に適ったやり方だった。


 運ぶついでに、小型竜巻で攪拌させて、空気と触れ合わせる。


 そうすることで発酵が進み、だんだんと臭いのしない黒っぽい土のように変化していく。


 ただし、今はまだ発酵途中でもあるので、匂いはやはり()()()()だ。


 しかしそれも、錬金術を駆使して建てた堆肥場が解決していた。


 匂いの分散を妨げ、外へ逃さない様にしているから、近寄らない限り匂いに煩わされる事もない。


 後は腐葉土も混ぜてやれば、とりあえずそれで掃除兼、堆肥作りは終了だ。


 本来、毎日しなければならない仕事だが、やはりここ三日、堆肥を掻き混ぜた痕跡がない。


 私は周囲に目を配り、それから両手を腰に当てて息を吐いた。


「またサボりか……。私がいないと、どうしようもないな……」


 そういうものだと理解しているから、怒りも沸かない。


 とりあえず、鶏舎に戻って卵を収穫すると、水飲み場にマナから作り出した水を注いだ。


 その後、餌箱にも餌を補充していく。

 餌にするのは、昨日の食事作りで出た生ゴミが主流だ。


 野菜くずであったり、くるみの殻を細かく砕いた物も加える。

 基本的に何でも食べるので、畑の方で抜いて一纏めにしておいた雑草なども与えた。


 雑草束はしばらく放置しておくと虫なども湧くので、これが鶏にも良い食事になる。


 後は腐葉土と、砂利も加えれば完成だ。

 鶏には歯がないので、食べた物を磨り潰すのに砂利もまた必要だった。


「そら、入っていいぞ。お前達も朝飯だ」


 声を掛けてやれば、コッコと鳴きながら鶏舎へと入って行く。

 一羽一羽が大きく、通常の鶏の倍はある。


 マナを存分に浴びた事による弊害で、時には魔力を操る魔鶏が生まれる事もあった。


 そうなると他の鶏が怯えるので、若鶏の内に〆て食べてしまう。


 野生の中で生きているならそれでも良いが、管理する家畜としては色々問題なのだ。


「さて、そろそろリルが起きてくる頃かな……」


 何だかんだと良い時間になり、家へ戻る前に畑へ寄る。

 朝食用にプチなるトマトを幾つか収穫し、ついでにキャベツも一つ収穫しておいた。


 これらの苗や種は、かつて世界を放浪していた時に入手したもので、そうした物は野菜以外にも沢山あった。


 リンゴやブドウなどもそうだし、レモンやシトラス、少し変わり種ではシナモンの木などもある。


 気候や土壌の問題で、一つの場所では育たないそれらだが、その全てを解決する為に、強力な味方が私にはいた。


 畑の中で腕を振り、マナを撒き散らしてみせれば、そこかしこから笑い声が上がる。


 子供の様な声だが、どこにもそれらしき姿は見えなかった。

 ――今はそれで、……その方が良い。


 協力者のお陰で、収穫期を考えずに畑を維持していられる。


 本来は夏に収穫するものでも、畑に置いたままでも最も良い状態を維持してくれるのだ。

 しかし、冬だけはどうしようもなく、その時期だけは協力者も去ってしまう。


 だからその前に収穫しなければならないのだが、余り後半に溜め込み過ぎると、収穫する時に泣きを見る。


 今は秋の口――。

 そろそろ、秋の収穫に合わせて、その他諸々も取り入れなければならない頃だ。


「まぁ、それはそれとして、だな……」


 裏口から台所に入れば、既に朝食の準備は始められていた。

 フライパンや鍋には火が入り、腸詰めを焼いたりスープを作ったりしている。


 そこに今日の卵を差し出してやれば、勝手に取って目玉焼きが作られる。


 キャベツも勝手に回収されて、あっという間に千切りされて、皿の一部に盛り付けられた。


「おはよぉ……、ございましゅ……」


 その時、瞼を擦りながら、リルが起きてきた。

 覚束ない足取りは見てて危ういが、それ以上に心配して付きまとうアロガがいる。


 もしも足を滑らせても、その身を挺して守るだろう。

 そして、リルを助けようとするのはアロガばかりではない。


「おはよう、リル。まず顔洗って、それから座って待ってなさい」


 言いつけ通り、リルは素直にテーブルに着いて、ふわわ……と大きな欠伸をした。

 それを横目で見ながら、既に焼けていたパンを手に取る。


 予熱が十分か確かめてから、パンを適度な大きさにスライスした。


 うちのパンは、リンゴで酵母を作って焼き上げているので、ふっくらとした仕上がりだ。


 普通なら製粉した時に出る混ざり物で、食感も悪くなるものなのだが、その辺もしっかりと取り除いているので雑味もない。


 商売として成り立つレベルだが、これを外に持ち込む予定など全くなかった。


 パンの良い香りで鼻腔を擽られながら、戸棚の一つから瓶を取り出し、中身を確認する。


「おや、もう残り少ない……。また作り直さないといけないな……」


 リルは基本的に好き嫌いなどないが、朝はブルーベリーのジャムを好む。

 無いと機嫌を悪くする程ではないものの、不満を結構引き摺るのだ。


 だが、あと数日分は保ちそうなので、今日にでも作れば問題ないだろう。

 いつもより若干薄めに塗って、皿に移して準備する。


「そろそろ料理も出来そうだ……。その間に飲み物を用意しておこう」


 子供の成長を考えるなら、牛乳を用意できたら良いのだろう。

 しかし、残念ながらそれは無理だ。


 牛などこの森では飼えないし、毎朝買いに行くとなれば、外貨を得る為に色々と商売をしなくてはならない。


 あまり保存の利かない物を買う訳にもいかず、だからうちでは牛乳は飲めなかった。


 その代わり、庭にも生えている多年草のハーブをお茶にする。


 レモンバームと呼ばれるハーブで、蜂が好んで集まり、果樹の傍に植えておくと、受粉の手助けをしてくれる。


 蜂の巣箱も用意してあるので、蜂蜜を得る手段にもなっているので、色々と無駄のないハーブだった。


 そのレモンバームを、生のままポットのお湯に入れて、暫し待つだけでお茶になる。


 名前の通りレモンの香りがするお茶で、朝は大体これを飲んでいた。

 そのタイミングで他の料理も出来上がり、宙を滑ってテーブルの上に置かれる。


 目玉焼きは少し豪華に、ハムとトマトのスライスが挟み込まれ、スープは腸詰めと野菜がふんだんに入っている。


 キャベツと人参の千切りサラダと、先程ジャムを塗ったパンが揃えば完成だ。


「さぁ、お上がりなさい」


「いただきまぁす!」


 元気よく返事して、リルは私と台所に向けて朝食の挨拶を口にした。

 それからパンに齧り付き、口の端をジャム塗れにしながら、ふと思い付いた顔で首を傾げた。


「ねぇ、お母さん」


「どうした?」


 私も髪を耳に掛けながら、スープを一口スプーンで運ぶ。


「どうしていつも、台所にも挨拶するの?」


「それが礼儀というものだからだよ」


「そうなの?」


「そうとも」


 台所には誰の姿も見えないが、既に使った調理器具を洗ったりと、後始末が始まっていた。


 サラサラという音だけが聞こえ、一人でに動いて勝手に料理や掃除などする様は、本来ひどく奇異に映るだろう。


 しかし、物心付いてからずっと同じ光景なので、リルはそれを当然として受け入れている。


 ただし、時々不思議には思うようだ。

 リルがそれを知る日は恐らく訪れるだろうし、それは遠くない事かもしれない。


 その日の為に少しずつ、外の常識を学ばせるべきなのかも……。

 そんな事を考えつつ、腸詰めを食べるリルの満足気な顔を眺めた。


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