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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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山頂で待つものは その2

「それで……、世間話がしたくて喚んだんじゃないんだろう? 今回の用件は何なんだ?」


「確かに喚んだのは世間話が目的ではない、それは確かだ。……しかして、世間話くらいしても良かろうよ。儂とお前の仲ではないか」


「嬉しい言葉だが、リルが怯えてしまっている。精神的な負担は勿論、疲労も溜まるばかりだ。ゆっくりしていては可哀想だろう」


「随分、過保護なのだな……」


 ヴェサールは興味深そうに目を細め、それから改めてリルに視線を向けた。

 その視線の圧を、獣の本能が感じ取ったのだろう――。


 リルは目に見えて震えが増し、その(まなじり)には涙が浮かんだ。

 私はリルを持ち上げ、その視線から守るように胸へと抱く。


 そうして、ヴェサールに嗜める視線を送った。


「こら、だから止めろって。この子にお前の視線は強すぎる」


「それは済まなんだな。……しかし、お前の子という割に、少し惰弱なのではないか?」


「繊細と言って欲しいな。それに、大抵の獣は竜を恐れるものだ。存在の大きさだけではなく、災害と等しい力と分かるから、それに伏して過ぎ去るのを待とうとするのさ」


「竜が災害であったのは、既に昔の話となりつつある……。そうではないか?」


「本能に忠実な、獣であればこそだろう。そこに鈍感なのは、まさしく人間だけだが……。だからこそ、竜を相手に戦おうなどと思えるんだろうしな」


 人が魔術に触れ、その力を解き明かし、その深奥を目指した事で、ある種の法則は乱れた。


 弱肉強食という、最もシンプルで、最も古い法則は、魔術の獲得により打ち砕かれたのだ。


 自然界にある法則を全く無視し、マナによって新たな法則で書き換える方法を見出した事で、最も強力な武器を手にしたと言って良い。


 その武器たる魔術は人の生活に根ざし、マナを活用する(すべ)は、人にとって身体や指先を動かすのと同然なほど一体と化した。


 学がなくとも、身体強化程度は親から教わり、誰もがそれを利用するのが当然とまでなっている。


 自然界の力を利用しながら、そこに感謝はなく、最初から自分たちのモノであったと錯覚している人間たち――。


 傲慢不遜と言ってよい事実だが、それを言っても信じられないほど、今の世ではそれが自然だと信じられていた。


 そこに忠実なのは、今も生活に魔術を取り入れない獣人くらいなものだ。

 ヴェサールは首を曲げて遠くを見、しばらく沈黙したあと、達観した声を上げる。


「時代というのは移ろうものだが、何万年と続いた興世が崩れるとは思わぬ事だった……。魔術が生まれるのは、あるいは必然であったかもしれぬが、それを戦いの道具にするとはな……」


「それまでの圧政があったから、かもしれない。押し退けられると分かれば、押し退けようとするのが、人間というものなのかも」


「圧政……! 圧政と来たか。強い者は強い。ただそれだけの事が、強いられていると感じたとはな……!」


「単に欲深なんだろう。手に出来ると思えたものは、手に入れないと気が済まない。ただ、それだけの話なんだと思う」


 ヴェサールは首を元に戻し、ひどく皮肉げな視線を向ける。


「それがつまり、世の頂きに立つ事か? 魔物を蹴落とし、魔獣をひれ伏させ、万物の頂点たる竜を従えようと?」


「しかし、従わないから、討とうとするんだろうさ。魔術をもってすれば、災害すらも退けられると、そう証明したかったんだろう。人間は時として、同族を守る為なら信じられない発想と、力を発揮するものだ」


「……そして、力を得て当座の危険が退けられた現在、今度は同族同士で頂点を争い出すのか?」


「それこそ人間、というものだろう」


 皮肉げなヴェサールに、同じく皮肉げに返してやると、その返答には大いに満足したようだ。


 耳まで割けている大きなアギトを開き、機嫌よく呵々大笑(かかたいしょう)する。


「グァハハハ……! 確かにその通り……! お主の視線の高さは、人間のそれではないな。空に住まんというのに、よく見えておる」


「お褒めにあずかり光栄だが……」


 私は意志の力を強めて、と非難がましい視線を向ける。


 少しでも身体を小さくしようと、肩を縮こませるリルを優しく撫でて、ヴェサールに声をぶつけた。


「リルが怖がると言ったろう。もっと気を落ち着かせてくれ」


「……あぁ、重ねて済まなんだ」


 またも笑って一度大きく息を吸うと、ゆっくりと吐いて気を落ち着かせた。

 笑いと共に溢れ出た強者の気配も、萎むようにして消えて行く。


「それで……世を儚む愚痴を吐き出したくて、私を喚んだのか?」


「そういう事にしても良いが、実はそうではない。……人間が、竜を狩ろうとしているのが問題なのよ」


「……お前を?」


 俄には信じられないことだ。


 ヴェサールは竜の中でも強大で、それこそ災害と同一視される代名詞とも言える竜だった。


 竜にもそれぞれ特色があって、そして得意な事が異なる。

 だから対策を講じれば、人間にも勝ち目があると言えるのだが……。


 そうは言っても、それは前提条件が全て揃って始めて成し得ることだ。

 そして、その前提条件の第一に、ボーダナン大森林の踏破がある。


 ヴェサールにとって有り難い事に、私がそこに布陣しているからこそ、外敵の侵入は防がれていた。


 一種の安全措置として働いているのだが、それを無視できるとなれば、森とは正反対から侵入しようとしている事になる。


 だが、それも果たして可能なのだろうか。

 何しろ、そこには道すら存在しない。


 地上から数千キロにも及ぶ、断崖絶壁が立ち塞がるのだ。

 そして、西から吹く風が、空を飛んで接近する事すら許可しない。


 どうやって襲うつもりなのか、それ自体が疑問だった。


「何とも剛毅なことを考えつく者がいたものだ。しかし、どうやって?」


「何か勘違いしておるようだが、儂に対してではない。……別の竜についてだ」


「何だ、別か……。しかし、何だってお前が、他所の竜の世話を焼きたがる?」


 実に簡単な返答が返って来て、私はすっかり興味が失せた。


 竜という存在は、人里から離れるだけでなく、隠れて暮らすようになって久しい。

 かつては誰憚ることなく空を謳歌していたのも、遥か過去の話だ。


 このヴェサールの様に、人が滅多に立ちは入れない秘境で、巣を作って生活するのが基本だった。


 そして、そういう土地だから、人と竜の衝突は滅多に起こらない。


 攻撃する以前の問題で、人間は挑むことすら出来ないので、竜の命が危ぶまれることも、やはり滅多に起こらないのだ。


 しかし、場合によっては話が変わる。


 街を一つ焼き払ったとか、国を傾ける被害を出したとか、そうした事態になると、人間は威信をかけて、これを討伐しようと躍起になる。


「……竜が先に手を出したのか?」


「そういう訳でもない。まぁ、あちらは低山なれど、冬になれば雪も厳しい極寒の山。毎年、山から吹き下ろす風と雪に、大いに悩まされていると聞くが……。それと直接、関係はないであろうしな」


「本当にそうか? そこに竜が棲めば、自然災害全てを竜のせいにするのが人間だぞ」


「……そうかも知れぬが、どうやらそれとも少し違う」


 曖昧な表現ながら、それでも断言したヴェサールに、私は首を傾げて尋ねた。


「どういう事だ?」


「最初は丁寧な物腰で、人間が接触して来たらしいのだ。山の麓を通過させて欲しい、とな。この山はあなたのものだから、と……」


「なるほど、よく(わきま)えた態度だ」


 竜を制する事が出来るといっても、討伐に際し、莫大な被害が出るのは確実だ。

 腕の立つ冒険者を雇っても、確実とは言えない。


 そして、その際には必ず周囲に莫大な被害が出るのだ。

 地形の変化すら起きるし、討伐できたから万事めでたし、とはいかないものだ。


 山の通行の許可を願った、というくらいだから、その道を通れば時間的短縮が多く見込めるのだろう。


 しかし、戦いを制したとしても、その余波で道が崩れ、塞がっては意味もない。


 この場合、供物程度で済むのなら、差し出して安全を買う方が安上がり、という判断なのだろう。


 それは非常に正しい。

 ヴェサールは人間にも分かる重い溜息をついて、話の続きを語る。


「一度は許可したのだが、話が違うと竜は怒った。供物を捧げた人間のみが、通ると思ったからだ」


「実は一人どころか、自由通路として活用されたと?」


「まぁ、そういう事よな。人間が自分一人だけと言ったのか、それとも敢えて伝えず許可だけもぎ取ったのか、それは儂には分からぬことよ。しかし……」


「話が拗れに拗れ、今となって竜を討伐すべし、という方向に話が動いていると……」


 ヴェサールは重々しく頷いた。


「今更、双方納得いく形で収まったりはすまい。そして実際、人間にはそうした狡猾さがある。竜を怒らせる前提で、起こした行動と思ったりもする」


「人間が襲われたら、大義名分が揃うからな。国中の腕利きを動かす理由付けにもなる。竜は依然として不可侵の存在、王の一声で即討伐という流れにはならない。……実際は、どういう事か調べてみないと分からないが」


「そこで、お前なのだ」


 どうやら話が読めてきた。

 そして、嫌な予感がしていた通りだと実感する。


 ここまで聞いたからには、この面倒事を解決せねばならないだろうと、今更ながら悟って息を吐いた。


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