冬の訪れ その4
冬の生活は、基本的に屋内での活動になる。
完全に籠もり切りではないものの、どうしても内側の生活になりがちだ。
獲物が減った森では狩りに入る機会も減るし、畑仕事もない。
竹炭を追加で用意する作業はあるものの、毎日必要な事でもないから、やる事となれば内職に精を出すことになる。
そして、今――。
私は暖炉の傍で揺り椅子に座りながら、毛糸の帽子を自作していた。
外が寒かろうとも、リルは構わず遊びに行く。
アロガも寒さに強く、冬眠などはしないので、リルに着いて元気に庭を遊び回る所を良く目にしていた。
アロガは自前の毛皮があるから良いとして、リルは外見上、人間と殆ど変わりない。
だから温かな服が必要なのだが、去年の物など小さくて使えなかった。
寒くなる前に用意しようと思っていたのだが、色々と忙しさで後回しにした結果、必要な時期に間に合わなかった。
「……でもまぁ、遅すぎたという事もないだろう」
今も外で走り回るリルを、窓の外に見つけて小さく微笑む。
「あぁして走り回っていれば、逆に暑くて脱いでしまうだろうか。……でもどうせ、寒さが厳しくなるのは、もう少し先だ」
その時までには、間違いなく用意しておかねばならない。
帽子はまず手始めの品で、これからセーターも待っている。
また、それだけではなく、更に言うなら冬の間に来年用の服も作っておかねばならなかった。
春や夏も忙しいが、冬も来年に向けての準備という意味では、色々と入り用な時期……。
昨日のように、時として読書をするなど自分の時間も持つが、全体から見ればごく僅かな時間だった。
窓の外で遊ぶリルから視線を切って、私は手元のかぎ針へと意識を戻す。
既に作り目自体は出来ており、この鎖編みの長さが編んでいく布幅の基準になる。
「去年は三十目で作ったからな……。リルの成長を踏まえて、もう少し大きめで作った方が良いかな」
……こうした地味な作業は嫌いではない。
リルと共にする時間も掛け替えのないものだが、一人で黙々とする作業もまた良いものだ。
それは例えば錬金術の作業中であったり、例えば服を作る機織りであったり、一人でする作業というのはままあって、それが良い息抜きにもなっている。
「集中できる時間が、長く取れないのも考えものだが……」
何しろ、リルは元気が有り余っていて、発散させるのも一苦労だ。
昼寝をしてくれない時も多くある。
寝かし付けるのは、いつだって大変な作業なのだ。
口元に笑みを浮かべながら、かぎ針を動かす。
鎖編みの鎖模様の裏を見ると1本の糸がポコポコと盛り上がっているので、そこを拾って中長編みをしていく。
中長編みを編んだ目にも鎖の模様があり、鎖二本のうち奥側の一本だけを拾って、更に中長編を重ねる。
こうすると、編み目が盛り上がるところと平らなところが交互にできて、仕上がりが見目美しくなるのだ。
「……とりあえず、基本はこんな感じか」
部屋の中では火の粉が弾ける音と、チャッチャという、かぎ針同士が打ち付け合う音ばかりが響く。
その僅かな音を楽しみながら、次の工程へと移った。
編み地が出来上がったので、両端を合わせて引き抜き編みをしていく。
両端の編み目にかぎ針を通し、糸を引っ掛けてそのまま引き抜くだけだ。
布と布の間にすき間ができないよう、ギュッと締めながら編む。
そうして編み終わったら、糸を適当な長さに切って、編み地に入れ込んだ。
片方の端にぐるっと糸を通して引き絞れば、編み地の端をつなげて円形になる。
あとは、毛糸用のとじ針を使って片側にぐるっと糸を通す。
なみ縫いの要領でジグザグと縫っていくだけなので、この辺りは簡単だ。
最後に糸端を、中心の穴を塞ぐように、対角線に通して引き絞る。
何度か繰り返して中心の穴が塞がったら、手を中に入れて広げ、帽子のバランスを調整していく。
出っ張っている部分を糸でグッと引き締めるようにすると、見た目にも違いが現れ、頭頂部分に丸みが出て来た。
全体のバランスが整ったら糸端を処理し……。
ひっくり返して、もう片方の端を折り返したら、ニット帽の完成だ。
大分ゆとりのあるデザインなのでで、髪に跡がつき難そうなのも良い点だ。
当然、この帽子にも耳出し穴を作っていて、リルにとっては嬉しい仕様となっている。
穴がない方がより温かいと思うし、太い毛糸で編んだので、編み地もふわふわしていて感触も気持ちが良い。
ただし、リルに限った話ではないが、獣人族は耳や尻尾など、本来外気に触れている部分が圧迫されるのを極端に嫌がる。
それが例えば、今だけ我慢しなければならない類の、切羽詰まった状況でもなければ、実用性よりも開放感を選ぶのだ。
だから完璧とは言い難いが、リルの要望に叶う、寒い冬にぴったりのニット帽が出来上がった。
「よしよし……」
しかし、完成品を改めて見ると……。
帽子の色は灰色染みた地味な色合いだから、活発なリルは気に入らないかもしれない。
「自分の趣味を優先し過ぎたかな……」
これもこれで似合うと思うし、着合わせ次第だとは思うが、それならばまた違う色味で用意するのも良いかもしれない。
「あぁ、それなら先に、マフラーを作ってしまうか」
温かな綿を内側に縫い込んだ冬服を着させているとはいえ、首元はどうしようもない。
首の回りが窮屈になるのもリルは嫌がるだろうが、可愛らしい絵柄などを盛り込めば、むしろ率先して身に着けるかもしれなかった。
「物は試しだな……」
あるいは私とお揃い、という事にすると、案外気に入ってくれるかもしれない。
我が子を案じる親としては、冬の間は是非温かな格好をしていて貰いたい――。
「とすれば、どういう図案にするかだが……」
私はマフラー用に使用糸を変更する。
並太の毛糸と八号の棒針を手に取り、頭の中で何を作るかイメージした。
流石の私でも、そう凝った物は作れない。
精々、どういう模様にするかを選ぶだけだし、そのレパートリーも豊富とは言えなかった。
しかし、どの時代でも普遍的な編み方と、そして編み方に意味を込めていたものだ。
「……まぁ、縄編みで良いだろう」
実際、スッキリとした図案は、私が個人的に好むところだ。
縄編みと名付けられている所から、これが命綱を意味する地方もある。
つまり、送る相手の安全を願い、その気持ちと共に編むマフラーなのだ。
窓の外へと目を向けると、見える範囲にリルはいなかった。
アロガがいるから森の中へは立ち入らせないと分かっているから、見えないだけでは心配もしない。
それよりも、帰って来るまでに完成させてしまいたかった。
「まずは作り目だな……」
最初に頭に浮かべたイメージ通り、指にかける作り目を六十八目つくる。
棒針を持ってチャッチャッ、と音を立てながら小気味よく縫い始め……。
表編みで形をなし、裏編みして厚みを作る。
棒針からねじり針へと持ち替え、そこから柄を作るねじり編み、そして縄編みをしてデザインを作った。
最終段まで編めたら、次に伏目だ。
長く編んだマフラーの、その終わりごろの事を伏目と言う。
それが終われば糸始末で、完成まではあと少しだ。
しかし、そのままで終わるのは見た目的にも寂しいので、フリンジを作る。
フリンジとは、糸を束ねて作る房飾りのことで、装飾としては非常にありがちなものだ。
だが、ありがちだからこそ、これがなければマフラーと呼びたくない。
これも両端に手早く完成させると、いよいよ縄編みマフラーの完成だった。
「ふむ……」
一度広げて、実際に自分の首に巻き、長さと使い勝手を確かめてから、一度外す。
そうして編み間違いがないか確認してから、改めて満足気な息を吐いた。
「完成だ……」
「いいなぁ、リルもほしい……」
気が付けば、椅子のすぐ傍でこちらの手元を覗き込むリルがいた。
「いつの間に……。お帰り、リル」
「ただいま、お母さん。けっこー、まえからいたよっ。お母さん、ぜんぜんきづかないんだもん……」
「声を掛ければ良かったのに……。見ているだけじゃつまらないだろう?」
「ううん、たのしいよっ! すごくはやくできてって……、まるでまほーみたい!」
いつもその魔法めいたものを見ている癖に何を言う、と思うが、素直に賛辞を受け取っておこう。
リルの頭を撫でて、それから魔術を用いて身体を浮かせ、膝の上に乗せる。
そうして遠慮なく背中を預けようとするリルに待ったを掛け、その首に今作ったマフラーをごく緩く巻いた。
「ほら、リル。プレゼントだ」
「ほんとっ!?」
リルは嬉しそうにマフラーを指で摘まみ持ち上げた。
「これ、リルの!?」
「……ちょっと長いかもな。また短いの作るから、リルはそっちにしなさい」
「やっ! これ、リルの!」
身を捩って逃げようとするが、膝から飛び降りようとはしない。
私は苦笑しながらリルのお腹に手を回し、その後頭部に頬を乗せた。
「それじゃあ、大事になさい。寒い時は、きちんと首に巻く様に」
「うん、大事にする!」
リルは目を輝かせながらそう言って、満足そうに笑った。
そして、それ以降――。
庭で遊ぶリルの背中から、翻すマフラーが後を追う姿が見られるようになる。
そして、そのマフラーを追うアロガの図が、これからの定番となるのだった。




