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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第二章
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冬の訪れ その1

 いよいよ、本格的な冬がやって来た。

 朝の冷え込みは厳しく、朝には霜が降りるほどだ。


 森に虫の鳴き声は既になく、鳥の声すら遠い。

 森の生物は多くが身を潜め、あるいは冬眠に付き、その姿を隠していた。


 冬の森は、静謐と共にある。

 私はこの季節こそ嫌いだが、その静謐は愛している。


 冬を嫌う理由は寒いから、というのが第一の理由だが、同時にそれだけでもない。

 今日はその嫌いな冬が始まる、その最初の一日だ。


 いつもの様に朝目覚めて、食事を取る。

 そうしてお茶を飲んでくつろいだ後、リルを連れて母屋から程近い、とある一角にやって来た。


 普段からここに来るのは私ぐらいなものだが、一年に一度はリルをこの場に連れてくる。


 目の前にあるのは墓だ。

 獣人の葬儀形態に相応しく、石を組み合わせて作られた墓石が置かれている。


 誰の墓であるのか、リルにはまだ伝えていない。


 いつか伝えるべきと分かっているが、幼いリルに理解するのは難しいだろうと避けてきた。


 そして恐らく、そのいつかはそう遠くない日に、やって来るだろう。

 それが恐ろしくもある。


 冬だから、本来墓前に飾れる花はない。

 しかし、私……というか、この環境だからこそ、花を保存し置いておける。


 今日の為にとっておいた献花を、墓前にそっと添える。

 普段から手入れだけはしているから、墓は綺麗なものだ。


 でも、とりあえず軽く掃除してから、リルの好きなお菓子を供えた。


 毎月の様に増えるリルのお気に入りだが、その一つがこれなのだと、墓前に報告しながら手を合わせる。


「さぁ、リルも手を合わせて。一緒にお参りしなさい」


「お母さん、これ……なんなの?」


「前にも説明したろう? お墓だよ」


「……うん、でもだれの?」


「何と言ったらいいかな……。お母さんのだよ」


 リルは難しい顔をして首を傾げてしまう。

 死者には墓が必要だと、流石のリルも理解している。


 しかし、それが母の――私の墓と考えては、結び付かないのは当然だった。


「リルにはね、お母さんが二人いるんだ」


「そうなの? ……どうして?」


「もう一人のお母さんは、身体がとっても弱かったんだ。リルの事を本当に愛していてね、大きくなるのを見たいと言っていた」


「リル、まだまだ大きくなるよ! なれるよね?」


「勿論、なれるとも。それだけ元気なんだから、これからもぐんぐん、大きくなるだろう」


「んひひ……!」


 リルは嬉しそうに笑い、墓前で膝を付く私に抱き着いてくる。

 私はその手を取って、墓前で手を合わせるよう指導した。


「そう、……こうやって、ちゃんと手を合わせて。それでお母さんに報告するんだ。私じゃなくて、お墓のお母さんにね」


「……なんか、へんなかんじ」


「もっと大きくなったら、ちゃんと説明するよ。だから今は、リルは元気です、って報告してあげなさい」


「んぅ……、わかった」


 納得はしてなさそうだが、とりあえず頷いて、リルは墓前に顔を向ける。


「リルはげんきですっ!」


「あぁ、よく出来たね。最低でも一年に一度、こうして報告しないと」


「そうなの?」


「毎日でも良いくらいさ。でも、リルは面倒なんだろう? 去年も言ってたな」


「ほんとう? リル、そんなこと、いってた?」


「言ってたとも」


 そして、この遣り取りすら初めてではない。 

 子どもというのは、自分に興味のないことには、とことん興味がないものだ。


 墓の中に眠る母こそ、本当の母だと説明するのは容易いが、リルにとっての母が私であるのも事実だった。


 以前、自分の尻尾を見て私と同じがいい、と言っていたことからも、別の母こそ真の母と言っても反発される可能性の方が大きい。


 教えるにしろ、受け止められるまで成熟してからでないと、泣いて塞ぎ込んでしまうかもしれなかった。


 しかし、遅く教え過ぎても、やはり反発が生まれかねない。

 どのタイミングで、というのは目下、私を大いに悩ませる問題だった。


「……さて、今日の一つ目の目的は達成」


「ひとつめ……?」


 本日のイベントとしては、むしろ二つ目の方が問題となる。

 本当の母親問題は今だけ置いておいて、次なる目的を消化せねばならなかった。


 こちらもまた、先送りにすると非常に面倒な話へと発展する。

 今日の内に済ませねばと、リルの手を引いて食料庫前へと移動した。


 そうして、到着した後――。


 私は連れて来たリルを横に見て、それから食糧庫の隣――それより幾分小さな貯蔵庫へと顔を向けた。


「……さぁ、今日は妖精送りの日だ」


「なぁに、それ?」


 首を傾げながら言うリルは、いつもと様子が変わりない。

 私はと言うと、とうとう冬の寒さが骨身に沁みて、寒さで身体を震わせた。


 子供は風の子というが、リルの場合は単に獣人だから、余計に寒さにも強い。

 そうした部分でも、獣人とは人間よりも優れている点は多かった。


 私はというと……年々、寒さに弱くなっている気がする。

 ……歳のせいかな。


「精霊送りというのは、日々生活を助けてくれる超常の存在に、感謝を捧げて送り出す日のことだ」


「せーれー……?」


 腕を組んで、可愛らしく首を傾げる。

 それで傾いていた頭が、更に横へ傾いた。


「日々の生活を助けてくれている存在だよ。リルも物が空中を滑るところ、よく見るだろう?」


「みるけど……、あれってお母さんさんが、手でひょいってしたときのやつ?」


「そう、それもある」


「あれって、お母さんが、なんかスゴイことしてるんだとおもってた」


「実際に、私が自分でやってる事もあるよ」


 傍目に違いは分からないだろうが、何も全てを精霊に頼っている訳ではない。

 しかしそれを、今リルが知る必要はない事だ。


「後は畑の様子を見守ってくれて、成長を促進したり、あるいは止めてくれたりするな。長い期間、土の中にあっても無事なのは、そういう理由があるからだ」


「それが、せーれーのおかげ?」


 私は大いに頷いて、リルの頭を撫でる。


「薪がないのに火が熾ったり、お風呂に注いだ水が、いつの間にやら温まっていたり……。氷を出したり、物を冷やしたり……。とにかく、私達の生活の多くは、精霊の助けによって成り立っている」


「そうなんだぁ」


 実は去年も同じ説明をしているのだが、リルには覚えがないらしい。

 まだ幼いから良いものの、これからも同じ態度では困る。


「普段は目に見ないから、リルもいまいちピンと来てないだろう。でも、来年の春には、リルにも見えるようになるよ」


「ほんとっ!?」


 その一言で、リルの瞳が大きく輝く。

 見えないもの、触れられないものを身近に感じられないのは当然だ。


 しかし、姿を隠している事には理由がある。

 そして、その多くの部分は、リルが幼いから、という部分に起因していた。


「助けてくれているのは精霊ばかりじゃなく、妖精という場合もあるけどな。でもとにかく、近い内に姿を見られるようになるだろう」


「よーせー……。せーれーと、どうちがうの?」


「それをここで口にすると、ちょっと長くなる。どちらも自然界ではなく、精霊界に身を置く存在だが、一般的に精霊の方が強力な存在だ」


「……よくわかんない」


 悲しそうに耳をペタンと畳むリルに、私は尚も頭を撫でて続ける。


「今はそれで良い。でも、感謝の気持ちだけは忘れちゃいけない。いつもご飯を食べる時、感謝の言葉を口にしてから食べるだろう? あれもその一つだ」


「へぇ〜……。そういうイミ、あったんだぁ」


「精霊は怒らせると恐ろしい。自然界の力そのものだから、下手をすると災害にまで発展してしまう。妖精はそういう意味だと可愛いものだが、家の中が勝手に散らかったり、物が腐ったりするから、やっぱり厄介だ」


「あっ……! このまえ、リルがかたづけしてないって、おこられたのも……!」


 ハッとして顔を上げたリルだが、私はやんわりと首を振って、撫でる頭に力を込めた。


「あれはそういうんじゃない。家の中での悪さは、私が許さないからな。あれは単純に、リルが片付けていなかっただけだ」


「えぇ〜……、ダメかぁ……」


 私は苦笑しながら、リルの髪の毛を指に絡ませながら漉き、そうして感触を楽しんでから手を離した。


「そうやって悪い事や、自分に都合の良くない事も妖精のせいにされると、怒ってしまうから気を付けるように」


「わっ、たいへん……!」


 今更ながらに慌てるリルだが、私は笑みを深くしながら首を振った。


「大丈夫、妖精たちにとって、今日ほど機嫌の良い日もないから。それぐらいは笑って許してくれる」


「それが、よーせーおくり? だから、うれしいの?」


「そうだね、年に一度の事だし、妖精たちも一部を除いて冬は好まないから。だから、精霊界に帰るんだ」


「おうちに、かえるの?」


 辺りを見回し誰も、何の姿も見えない事を確認し、リルは私を見上げて来る。

 それに頷き返してから、目の前の貯蔵庫へ手を向けた。


「敢えて食料を別けて置いていあるのは、それが精霊たちの取り分だからだ。精霊たちは基本的に飲み食いしないし、飢えたり渇いたりもしない。だが、マナが豊富に含まれる物質は、また別になる」


「まな? それって、おいしい? あまい?」


 リルが期待の眼差しを向けて来る。


 もしかして、何か美味しいものを想像しているかもしれないが、残念ながらマナに味などない。


 それどころか、食べられるものでもなかった。

 そこに旨味を感じ取れるとしたら、それこそ精霊しかいないだろう。


「食べ物じゃないよ。それどころか、世界的に見ても希薄で、希少なものだ。あぁいや……話が脱線したが、とにかくそういうものじゃないんだ」


「なぁんだ……」


「妖精が花の蜜を好むとされるのは、そこに自然的エネルギーが含まれるからだな。つまりそれがマナで、精霊などもマナが豊富な土地に住むのは、それが理由だ」


「くいしんぼうなんだ」


 子供らしい容赦ない評価に、私は思わず笑ってしまった。

 実際は人間にとっての水より大事な、それこそ生命線と言えるものだ。


 それを好むと食いしん坊扱いは、さすがの精霊たちも可哀想に思える。


「だが幸い、ここでは……というより、これは私が原因だが……。とにかく、マナが豊富だ。取り込んだ食糧をマナに晒して、その分しっかり含ませておいた。収穫を手伝ってくれたお礼に、こうして彼らの好むものを用意しておくんだな」


「おうちにかえったら、おなかいっぱい、たべられるね!」


 そうだな、と笑って私は貯蔵庫の扉を開ける。

 そこには私たち家族用と比べたらささやかな量の、数々の保存食が(うずたか)く積まれていた。


「とりわけ今年は多く助けて貰った。今日までしっかり、毎日、私手ずからマナを放出して晒しておいた。しっかりと定着しているはずだ」


 誰にともなく、言い聞かせる様にして呟く。

 実際、保存食作りの際にしても、その時からマナを含む様に心がけてきた。


 それは保存性を高めるという実利的な意味もあるし、多くマナを蓄える意味もあった。


 どの妖精、どういった精霊であれ、これに文句を付ける者はいないだろう。

 自信を持って精霊を送ってやれる。


「さぁ、盛大に見送ってやろう」


 私は背後に手を振って、畑方面へと身体を向ける。

 それと同時に花が入り乱れ、花弁が舞った。


 一直線に続く道の先には、景色が歪み、撓んでいる。

 空間が波打つようでもあり、それが大人ひとりが通れるほどの穴となって現れていた。


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