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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
45/229

幕間

 カレドシーリア新皇国――。

 それは創造神たる女神カレドを信奉し、エルフによって興された国の名前である。


 女神カレドは海を作り、大地を作り、木々や草花を生やした後、生命を作った。


 その最初の生命がエルフであり、女神の似姿として作られたから、美しい容姿をしているのだと、新皇国のエルフは信じている。


 そして、だからこそ世界の覇者足らんと、多くの種族を傘下に収め、獣人を奴隷にしていた、という歴史があった。


 しかし、それも最早、遠い昔の話だ。

 栄華を誇った華々しい時代は、ある時たった一人の魔女の手によって引き裂かれた。


 人間は魔術を手にし、戦う力を手に入れ、反旗を持って立ち塞がり、戦争の終決と共に独立を手にする。


 一つが独立を成すと、次々とそれに追従する種族が現れた。


 一国が支配し続けるには独立の機運が高まり過ぎていたし、当時のカレドシーリアは続く戦争に疲弊していた。


 そうして今では、支配ではなく相互の協調を以って、手を携え生きている――ということになっている。


 しかし、エルフは支配の野望を未だ諦めてはいない。

 かつての栄華、全ての生命たるの頂点に座し、遥かな高みから全てを睥睨する――。


 女神に愛される種族として、それがあるべき姿だと疑っていなかった。


 聖書に曰く、女神が初めて降臨したという地に塔を築き、そこを聖地とした。 


 より天に近しい場所を求めた故に気付いたのが、『聖鷹(しょうおう)の塔』の成り立ちとされている。


 今は国の中枢として、塔を中心に街が広がり、大いに繁栄を果たした。


 魔術の最高学府があるとしても有名で、遠くからも見えるその塔は、いかんなく威容を表している。


 そして今――。

 その最も天に近しい最上階にて、本日は緊急会議が開かれていた。


 女神像の置かれた静謐な部屋で、像自体も非常に大きい。


 五メートルはある天井近くまで頭部が至り、その表面は玉虫色に輝き、見る角度、光りの当たり方によって色を変える。


 女神が天より降りた際に所持していたとされる神天鉄を、薄く貼ったもので出来ていた。


 ミスリル銀を元にして作られた幻の物質で、その技法も伝承されていない今、現存するのはこの像だけとなっている。


 室内に入った者は新皇、臣下に関わらず、丁寧に女神像を拭き清め、礼拝するのが決まりとなっていた。


 全員が事を済ませると、円卓へと座る。


 上座も下座もないとされるが、神官長でもあり新皇でもある、女神像の真正面の席が、最も位の高い者が座ると決まっている。


 席に座る神官の数は全部で六人。

 そうして、神官長に最も近しい席順が、それぞれ高い席次となっていた。


 平等であるかのような円卓だが、やはりそれは見せ掛けのお為ごかしに過ぎないのだった。


 全員が着席したのを見届けると、神官長であり新皇でもあるアーダルブレヒト・ハルストレームは、傍らの席次リーンベル・デュノシエへ顔を向けた。


 年齢は三十代に見えるのに総白髪で、長いストレートの髪を背中の辺りで結び、気難しい表情は学者を思わせる。


 そして事実、リーンベルは学者でもあり、魔術の研鑽と研究を続ける、学府『聖鷹の塔』の学長でもあった。


「……それで、緊急の報というのは、何なのだね?」


「未だ可能性の段階でしかありませんが、遂に見つけたかもしれません」


「なんだと……!」


 議場が俄に慌ただしくなり始める。

 普段は誰かの発言の際、不躾に声を上げたりしないものだが、今だけは例外だ。


 それほど、リーンベルが口にした言葉は重い。


 しかし、それだけに、簡単に信じることはできない、というのがアーダルブレヒトの本音だった。


「間違っていた、早とちりでした、では済まされんぞ?」


「ですから、まだ可能性の段階、と……。しかし、今回『五鷹』が、無惨な返り討ちに遭いましてね」


「なに……!?」


 神官の一人が、驚きの声を上げた。


 世界でも類を見ない、魔術の最高学府としての側面を持つ『聖鷹の塔』だから、その生徒は当然、高い魔術技能を有している。


 あくまで表面上は多くの国と友好的で、国交も開かれているから、他国からは魔術を学びにやってくる。


 エルフは魔法について一日の長こそあるが、これを秘匿しようとしなかった。


 人間が魔女から手に入れた魔術、それを盗み取るため苦渋の決断として差し出し、代わりに魔女の術を貪欲に学び取った。


 これにより、エルフは魔法と魔術、双方を高いレベルで融合させ、魔を有する一族として尊崇を得るに至った。


 しかし、手に入ったら後は用済み、関係を断絶しようとはしなかった。


 魔女を名乗るのに資格はいらないが、真なる魔女として認められる実力者はそうはいない。


 そして、真なる魔女の一人――『混沌の魔女』は、エルフが支配に乗り出せば、必ずや前回同様、反旗の代表として立ち上がると信じていた。


 その魔女を封殺できなければ、かつての栄華に返り咲くことは出来ない。


 そこで考え付いたのが、各国々から優秀な者を留学の名の下に集め、尖兵とすることだった。


 そうしてよく学び、よく鍛え、よく育て――。


 卒業する頃に高い技能を持った時、彼らは大いなる自尊心と共に、それを活用する場を求める。


 そこで常日頃から奮起させ、射幸心を煽り、冒険者などの英雄願望を育ててやるのだ。


 彼らは勇往邁進して世界に旅立つ。

 学府はそれを応援し、むしろ推薦してやれば良い。


 より広い世界を見て、自分がいかに狭いに世界に生きていたのか、それを知るための旅だと言い聞かせる。


 そうして見聞を広め、研鑽を重ね、再び帰って来る事を願うのだ。

 何を見、何を聞き、何を為したか……。それを是非、後輩にも教えてやってくれ、と。


 しかし、そうした生徒には、生徒自身も知らぬ密命を帯びている。

 それが、彼らの『目』として活動して貰う役目だ。


 とはいえ、彼らに何か洗脳を課しているとか、そういう物騒な話ではない。


 この世界を縮め、人間やエルフの活動範囲を広げたのは、間違いなく魔術のお陰だ。


 強力な魔獣や魔物、天災そのものと言われたドラゴン……。

 それらも既に、魔術の活躍で追われる立場になって久しい。


 それだけ魔術士という存在は規格外で、強力な戦力なのだ。

 神官達の代わりとなる目を期待する彼らは、だから『鷹』と呼ばれる。


 各地での活躍や功績はその耳に入るし、どういう偉業を達成したかで『聖鷹の塔』の名は更に上がる。


 入学を希望する者は増え、更なる才能ある者を呼び寄せるだろう。

 しかし、それが本当の目的ではなかった。


 ――むしろ、逆だ。

 彼らが……彼ら程の者が、敗退する情報こそを、上層部は欲していた。


「今年の『五鷹』は、非常に優秀だったと記憶している。直近の五十年に限っても、彼らに並ぶ者は何人もいないのではなかったか」


「はい、卒業生の中で、最も優秀な五人に与えられる称号『五鷹』……。ですが、彼らは向かった先で何者かと遭遇し……そして、何一つする事を許されなかったそうです。ただ、一方的に蹂躙された、と……」


「……確かに、その報が正確であれば、一考に値する情報ではある」


 神官長アーダルブレヒトが頷くと、他の神官もまた、歓喜に満ちた声を上げた。

 ただ喜ぶだけでなく、その声には多大な期待も満ちている。


 神官の一人が疑わしい視線をさせつつ、しかし声音には期待を乗せて、リーンベルへと質問を投げた。


「しかし、一人だけならそうした無様も、あり得るのではないか? 『五鷹』は大抵、群れはせぬ。自己顕示欲の塊……そうなるように、お前らが育てた。惰弱な冒険者と組んだのであれば、敗退も有り得るのでは?」


「そうなのですが……、今期は少し毛色が違いまして……」


 リーンベルは、困ったように笑って返答する。


「競い合うよう煽った結果……というのですかね。切磋琢磨したことで、非常に馬が合うように……。卒業後も全員、別れる事なく旅立ちました。そして、旅立ったその地で、返り討ちに合ったのだそうで……」


「それは……、軍を相手にした、とかではなくか?」


「ただの一人にです」


 またも議場が騒がしくなる。

 五鷹が全員揃っていたらなら、それこそ軍にすら対抗できる戦力だ。


 それがただの一人に負けたなど、全く想像できない話だった。

 ――たった一つの可能性を除いて。


 隣り合った神官同士で、興奮気味に何かを発し……そして、神官長が手を叩く事で留まった。


「……なるほど、可能性の段階、という話であろうと、この場に持って来た理由は納得した。無秩序の魔導書(グリモア)……、それを所持する魔女の可能性は高かろう」


「長く隠伏していましたが、遂に服の裾を掴んだやもしれません」


「ようやく……、ようやくか……」


 エルフが使う魔法と、魔女が扱う術は大きく違う。

 それ故に、千年前は辛酸を嘗めた。


 しかし、混沌の魔女が扱う魔術の全てが記されているという、無秩序の魔導書さえあれば、アドバンテージはひっくり返る。


 タネの割れた魔術は恐るるに足らず、むしろエルフ優位に傾くだろう。

 再び世界の覇者と返り咲くには、その魔導書が必要だと、強く認識していた。


「それで、遭遇した魔女はどういう外見だ?」


「それが分かりませんもので……」


「分からないとは? どういう意味か」


「言葉の通りです。聞き取りと魔術による記憶の開示、どちらからも情報は得られませんでした」


「その外見や人種、やられた方法も全く分からないと?」


「はい。ただし、たった一人にやられた……それだけは、事実として強く認識しておりました」


 ふぅむ、アーダルブレヒトは難しい顔で腕を組み、重々しい溜め息をついた。

 その様子を横目で見ながら、リーンベルは話を続けた。


「記憶がないのは、戦闘での衝撃からではありません。そこには魔術的作為があったからです」


「魔術に対抗出来なんだか……。しかし、五鷹と言っても得意不得意はあるだろう?」


「えぇ、ですから対抗できなかった者がいるのは仕方ありません。……しかし全員となると、これは私であっても、不可能と断言しておきます」


「お前を越える術者が……」


「学長の席は飾りの様なものですが、一人の魔導師としてそれなりの自負もあります。術に特化した『鷹』に、完璧な隠蔽となると……」


「だからこそ、此度の懸念は相当なもの、と確信した訳か……」


 かつての失策が大いに悔やまれる。

 魔女が人々に教え、与えた魔術は、ほんの一端に過ぎなかった。


 強大な魔女が有する魔術が、余すことなく記された魔導書……。

 それを手に入れるまで、床を舐めてでもへりくだるべきだった。


 そうすれば、今もこうして魔女の影に怯える必要はなかっただろう。


「……ともかく、存念は理解した。確かに、捨て置けぬ話だ。……そして、これまで鷹を放ち続けていた甲斐が、遂に巡って来たかもしれん、という訳だな」


「まさしく……」


 リーンベルの瞳にも、つい力が籠もる。

 世界を征するに相応しいのは、長命種以外にあり得ない。


 短命な人間、亜人、その他諸々……。

 僅か数十年で政権が交代する。


 現王の病や寿命、戦争がなくともそれで国が左右に揺れるのだ。 

 短命な人間は、そもそも支配層に向いていない。


 常に揺れる土台を元にしているから、国が乱れ簡単に揺らぐのだ。

 それを正し、正当に支配し、安寧をもたらせるのは一体、どの種族か。


 そんなものは自明、というのがエルフの主張だ。


「それで、五鷹は何処で敗れた?」


「クレイスラン大陸、ヒカナン・ズキア連合王国にて……」


 それを聞いて、神官長は一瞬、眉をひそめた。


「海を越えた先か……。随分、手近だな。そこならば既に、大陸全土全て調べ上げたのではなかったか?」


「百年前にも一度、調査には行っております。そして、何事もなく帰って来た報告も受けておりますよ」


「では、どういう事か?」


「かの者も、移動をしているのではないかと。そして、この百年の間に、そこへ住み着いたなり……あるいは一時、身を寄せている、のかもしれません」


 神官長は難しそうな顔を、更に難しくさせて頷いた。


「……うむ、懸念の中にもあった事だな。ではやはり、移動を続けていると見て良いものか」


「しかし、強者はそこにいるだけで話題になります。そうした情報を『鷹』が持って来ないからこそ、発見には至らなかったわけですが……」


「ともかく、再び派遣しなければ話になるまい。例の『五鷹』は、まだ使えるか?」


「……難しいでしょう。軽い錯乱状態に陥っています。場所の名前を出すだけで、酷く嫌がる素振りを見せるのです。精神に酷い枷を付けられたようですな」


「その場所の名は?」


「……ボーダナン大森林、と申します」


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