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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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冬への備え その5

 秋が深まり、いよいよ保存食作りに、本腰を入れる時期がやってきた。

 だがとりあえずは、昨日狩りで手に入った肉を引き上げ、鹿肉の処理をする。


 川の中でしっかりと冷やされた肉は、僅かに残っていた血液を洗い流し、臭みを消してくれる。


 今日食べる分は取り分け、残りは干し肉にしたり、塩漬け肉にして保存する。


 それらが終われば、本格的な冬が来るより前に、収穫できる作物全てを取り込み、適切に加工して保存しなければならなかった。


「もっと前からやっておけば良かったな……」


 畑を前にして、溜め息をつく。

 一番広い面積なのは麦だが、それと同じ面積に多種多様の野菜を育てている。


 これらを僅か二月(ふたつき)未満で、全て収穫作業を完了させねばならない。

 育てる作物の種類は場合によって変わるとはいえ、やっている事は毎年の事だ。


 そして、こうして愚痴を吐くのも、毎年の事ではあった。


 だったら、もう少し効率的に事を運べば……。

 そうも思うのだが、生来の面倒臭がりな部分が出て、常に後回しにされている。


「毎年この時期になると、来年こそは、と思ってるのになぁ……」


 畑が便利過ぎるのも考えものだ。

 本来、麦の収穫適正時期は夏なのに、この時期まで刈り入れしないなど有り得ない。


 なまじっか、畑が保存場の機能を持っているから、こうしてサボる口実となってしまていた。


「けしからん……。実にけしからん……!」


「けしからんって、なに?」


 いつの間にか横に立っていたリルが、不思議そうに首を傾げた。


 今日は……というか今日も、手伝ってもらうには重労働なので、リルはアロガと共に近くで遊び回っている予定だった。


 しかし、一般的には十分広い庭の広さも、子供が遊ぶには狭い。

 というより、刺激そのものが少なく、そのうえ娯楽物は更に少なかった。


 庭の一角にはブランコや砂場など用意してあるが、リルにとっては遊び慣れたもので、真新しさもない。


 街の喧騒を知った後では、尚さら刺激が足りないと感じることだろう。


 適当に走り回るより、私の魔術的農作業を見ている方が楽しい、という考えになったに違いない。


 私はリルの頭を撫でて、畑を見ながら今しがた口にした、言葉の意味を説明した。


「……道理に外れているとか、良くないこと、みたいな意味だ」


「じゃあ、どーりって?」


「それを今のリルに理解するのは、ちょっと難しいかもな」


 私は一度言葉を切って、頭の中で整理してから、根気よく説明を続ける。

 しかし、道理の意味を説明するのは、如何にも難しい。


 言葉選びも自然、子ども向けというより、辞書的な説明になる。


「一般的には、社会的な規範や倫理……の事を指すのかな。あるいは、生活における行動の指針とか、判断の基準とか、そうした理由が含まれる」


「……よく、わかんない」


 悲しそうに目を伏せるリルの頭を、私は更に優しく撫でた。


「自分だけじゃなくて、他の人も正しいと思うことをしようって事だ。自分だけが良かったら、それはワガママになってしまう。ワガママも過ぎるといけない事だ。……そう、教えたろう?」


「じゃあ、おかしも? おかしたべたい、っていうの、ダメ? リル……きょうもおかし、たべたいな……」


「可愛いワガママを、子供は言う権利がある。特に、お母さん相手にはね」


 リルを抱き上げて頬ずりすると、リルは嬉しそうに笑う。

 されるばかりでなく、リルの方も顔を近付けて、ぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。


「お母さん、だいすき〜!」


「うん、お母さんも。愛しているよ、リル」


 頭の後ろを撫でながら囁くと、リルはきゃらきゃらと笑った。

 足元でもアロガが纏わり付いていて、まるで自分もとせがんでいるように見える。


 しかし、それは私にというより、リルに対するものの様だ。

 何かとリルに対して優先度の高いアロガだから、それはむしろ納得するしかない。


 彼のすぐ傍に降ろしてやると、リルは舐め回し攻撃の餌食になった。


 だが、そのあしらいにも慣れたもので、リルは首筋辺りをワシャワシャと撫でながら、互いの鼻を突き合わせる様にしている。


 本当なら私も、子供特有の温かな体温をいつまでも感じていた所だが、仕事はしないといけない。


 冬に対する備えは、冬が来てからするのでは遅いのだ。

 私はリルとアロガに、遠退くよう指示してからその手を挙げた。


 いつかやった様に、一つ手を動かしてはマナを放出し、また一つ横へ動かしてはマナを出す。


 それは端から見れば、指揮者がタクトを動かす仕草にも見えるだろう。

 私の手の動きに合わせて、作物は次々と刈り入れられ、一箇所に集められていく。


 野菜も根菜であれば土から抜けたりと、他の野菜も次々と収穫されては、用意されていた網籠の中へと投入されて行った。


 私自身は一歩も動かず、収穫は進行して行く。


 それぞれの畑、それぞれの野菜に対し手を向ければ、そこから野菜が列を成して宙を滑った。


「うわぁ〜っ!」


 その光景にリルは手を叩いて喜んだ。

 最終的に全ての収穫が終えたのはお昼ごろ。


 ここから一度倉庫へ仕舞い、そして各種保存に適した形に加工せねばならない。

 だが、その前に――。


「お母さん、おなかすいた」


 リルがスカートの裾を引っ張って来て、私は視線を下に向けた。

 長く集中したせいで、随分待たせてしまったようだ。


 切なそうな顔でお腹を擦っている。

 私は一度だけ収穫した野菜などに目を向けて、それからリルの頭を撫でた。


「ごめんごめん、すぐに準備しよう」


 出来上がるまで、軽く摘める何かを用意しようか……。

 こういう時に干し肉があれば、とりあえず齧って貰えば良いから便利なのだが。


 それに、干し肉の数もまだ十分ではない。

 二人で冬を越すには、全く足りていなかった。


 それに肉を食べるのは、何も私たち二人だけではない。

 当然、アロガの分も別途必要になるのだ。


 初狩を終えたとはいえ、だから一人で狩って来いというほど、私も薄情ではない。

 色々な部分で、時間に押されているのを感じる。


 冬の瀬が近付けば、必然慌ただしくなるものだが、今回は――あるいは今回も――身から出たサビなので、疲れた溜め息一つで呑み込んだ。


「あっ……! お母さん、ごはんある!」


 家の中に入ると、香ばしい匂いが鼻を擽った。

 リルが言う様に、既に食事が準備されていて、それらがテーブルに載っている。


 帰って来るのが遅くて、気を利かせてくれたらしい。

 台所では料理道具を仕舞う音に隠れて、サラサラと衣擦れの音が聞こえる。


 私はその音に向かって、微笑み掛けながら礼を言った。


「ほら、リルからもお礼を言って。こういう時は、ちゃんと礼を言うものだ」


「うんっ! ありがと〜!」


 言うなりテーブルに着こうとするので、身体ごと抱き締めて止め、手洗い場へと持っていく。


「食べる前に、きちんと手洗い。どれだけ急いでいても、こういうのはきちんとやらないとな」


「んぅ……、はぁ~い」


 汚れ、汚すのは、子供の仕事みたいなものだ。

 畑の傍に居たとなれば、爪の間にまで土が入り込んでいるのが普通だった。


 水球を出してその中に手を突っ込ませ、いつも通り丁寧に洗ってやると、手ぬぐいを渡す。


 しっかりと水を拭き取った所を見て、ようやく食べる準備が整った。

 私も手早く手洗いしてテーブルに着く。


「それでは、いただこう」


「いただきます!」


 嬉しそうに言って、目の前のパンサンドに齧り付く。

 その足元ではアロガにも用意されていた骨付き肉があり、やはり嬉しそうに噛み付いていた。



  ※※※



 昼食が済んでも、やる事は殆ど変わらない。

 まだ収穫が終わっていない畑に行って、同様の手順を繰り返す。


 体力疲れはしないが、何しろマナ疲れは相当なものだから、動いてもいないのに汗が滲む。


 リルはいつまでも傍におらず、今はアロガと一緒に木陰で休んで眠っていた。

 彼のお腹を枕にし、尻尾をお腹に当てて布団代わりだ。


 常にくっ付いていたいアロガとしては、全く文句もないらしく、時折頭や耳を舐めて毛繕いの様な事をしていた。


 私はそれを横目にしながら、作物の収穫を続ける。


 保存性の悪い物はなるべく早めに消費しなければならず、リルが食べて飽きないメニュー作りも必要だ。


 保存食作りも、それはそれで重労働だから、これから冬まで休む暇はない。

 だが、とりあえず――。


「今からでも準備しておこうか……」


 リルが起きたらお菓子が食べられるように。


 私は網籠へと吸い込まれていく作物を見ながら、子どもの小さなワガママを叶える為に、そんな事を考えていた。


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