冬への備え その4
リルが傍にやって来たのを確認すると、私は蒸し器の蓋を取って様子を確かめた。
蒸気に気を付けながら腕をよけに退ければ、ふわっと白い蒸気と共にカボチャの匂いが沸き上がる。
リルは台所の縁から顔だけを出し、鼻をぴくぴくさせて匂いに確かめた。
その興味津々の様子に私は笑いながら、カボチャに串を刺して固さを確かめる。
どれも問題ない事を確認したので、蒸し器の中から木製のボウルに移した。
「さ、この蒸かしたカボチャを、今度は潰さないといけない」
「おぉ~……」
子供の口では丁度良い、一口サイズのカボチャを見て、リルは感心めいた声を出す。
私はそれをリルの目の前に差し出して、次にテーブルの方へ顔を向けた。
「リルにお願いしていいかな?」
「うん、やる!」
リルは喜び勇んで頷き、ボウルを両手で持ってテーブルに向かった。
微笑んで見送り、それからすぐ思い立って、フォークを片手に後を追う。
「潰すには、コレを使いなさい。慌てなくて良いから、ゆっくりとね」
「お母さんが、いつもつかってるフォーク?」
「潰すなら、ある程度大きくないとやり辛いから。こうやって持って……」
普段の使い方とは違うので、その辺りも説明しながら実践してやる。
一つ潰して更に……、と手を動かした所で、リルから待ったが掛かった。
「あとはやる! リルがやるから!」
「はいはい」
笑ってフォークを譲ると、リルは真剣な顔をして潰し出す。
そもそもの力が違うので、私の様にスムーズに潰していけないものの、リルなりに一生懸命なのは見て分かる。
私はその間に、カタクリ粉を必要な分だけ計量しておく事にした。
そして、必要なのはバターだ。
団子を焼く時、香り付けの意味も兼ねて、油の代わりにバターを使う。
昨日買ったバターが早速必要になり、私は窓の外に向けて手を向けた。
手招きする様に動かすと、やや暫くしてから、バターが宙を滑ってやって来た。
それを受け取る代わりに、マナをふわりと浴びせれば、嬉しそうな気配を残して、その場から何かが去って行った。
それを目敏く感じたリルが顔を上げ、不思議そうな顔をする。
「いまの、なに?」
「何でもないよ。……そっちは、そろそろ出来た?」
「んぅ……、たぶん」
「どれどれ……」
近付いて覗き込むと、確かにそれなりに潰せてはいるようだ。
しかし、皮はまだ固く、リルでは完全に潰せていない。
どうやら後は、私の出番であるようだ。
リルからフォークを受け取り、皮の部分も全て潰す。
「さ、これで大丈夫。次の工程だ」
「なにするのっ?」
「カタクリの粉を混ぜるのさ」
ボウルを持ってテーブルから移動し、台所の前に立つ。
そうして瓶に入った粉を、今しがた潰したカボチャの中に入れた。
ダマにならないよう少量ずつ、滑らかになる度合いを確かめつつ投入する。
今度はヘラを使ってこねるのだが、それを見たリルが、手を挙げて自分がやると言い出した。
「それならリルもできる! リルがやる!」
「結構、力が要るんだぞ? リルに出来るか?」
「できるよ! こねこねのしょくにんに、おまかせあれ!」
「ほぅ、リルは職人だったのか。だったらここは、職人殿にお任せしよう」
どうやら、街の職人通りで見て来たものに、触発されたものがあるらしい。
子供が何かを真似て、遊び半分にやりたがるのは良くあることだ。
私は快くヘラを譲り、踏み台を持って来てはその上にリルを乗せた。
ヘラもリルが持つには少々大きいが、苦戦しつつも何とか上手くやろうと頑張っている。
「しょくにんだからねっ! しょくにんは、すごいんだから!」
子供の論理は時々、理解しにくい。
でもとにかく、リルも職人に成りきる事で、上手くやれるつもりでいるようだ。
まだまだカボチャの水分は多く、混ぜるのはそう難しくない。
更に少量、カタクリ粉を投入してやると、また少し粘度が上がった。
最初の拙い手付きが少しマシになって来たものの、今度は粘り気が増したせいで、上手く捏ねられなくなっている。
遂には疲れて手を離してしまい、代わりにヘラを取ろうとしたら、リルはボウルごと身体を横に向けた。
「いいのっ! リルがやるから!」
「分かった分かった、取らないから。だからちょっと、持ち方変えてみなさい」
実際にリルの手を取って、逆手から順手へと持ち方を変えてやる。
やり辛そうにしていたが、より全体に馴染ませるには、こちらの方が向いているのだ。
それを暫く続けていたのだが……。
「んぃぃ……っ! うで、いたいぃ……!」
「もうちょっとだから、頑張れ」
それまでの頑張り具合を思えば、もういいよ、と言ってやりたい気持ちがるのだが、まだもう少し粘度が足りない。
実際の具合を見つつ、カタクリ粉をごく少量追加する。
そうして腕を時々振って脱力させ、振って休憩して、を繰り返しながら、ようやく満足の行く粘り気を獲得した。
「うん、いい感じだ」
「ほんとっ?」
嬉しそうに腕を振るリルに、私は頷いてやる。
実際に自分でも一度ヘラを動かし、十分な滑らかさがあるのを確認した。
「さ、この後も職人の出番だぞ」
「こねこねしょくにん、ちょっと今は、おやすみちゅうかも……」
腕を庇う様にして顔を逸らすリルに、笑い掛けてヘラを翳す。
「大丈夫、さっきとは違う“こねこね”だから」
出来上がったタネに対して、これを八等分に切り分ける。
後はそれを円の形に成形するだけだ。
実演して見せると、リルの顔はすぐに目を輝かせる。
粘土遊びをする様なものだから、リルにとってはお手の物……むしろ得意分野だった。
「こねこねしょくにんのうでを、みせるとき……!」
「うぅん、職人の顔だ……」
切り分けたタネの一つを手に取ったリルは、これまでとは違う種類の真剣な表情を見せた。
どこか気取った風に見えるが、これも職人通りで見て来たものを真似たもの……なのかもしれない。
そうして、八つに切り分けたタネを全て成形し終えれば、後は焼くだけだ。
フライパンにバターを入れて溶かし、焦げない様に両面を色よく焼く。
香ばしい匂いが立ち込め、リルは嬉しそうに尻尾を振った。
そして、ここからもう一手間あるのだが、今のところはこれで調理終了だ。
「さ、後は夜ご飯の後にやろうな」
「えぇ~……! はやくたべようよ!」
「何の為に用意したのか忘れたのかな……。お月見するのに用意したんだよ」
言われて初めて気付いたらしく、リルは尻尾を立てて身体を硬直させた。
「そうだった……」
しゅん、と肩を落としたリルの頭を優しく撫でる。
「これからご飯の準備して、それからちょっと休めば、すぐだ。……ほら、手を洗ってしまいなさい」
※※※
果たして、夕ご飯の間も落ち着きのないリルは、チラチラと窓の外を窺っていた。
気もそぞろで、口から何度も食べ物を落とし、その度に注意を受ける破目になっている。
そしてご飯が終わったといっても、すぐにお月見とはならない。
月が昇ってからでなくてはならず、夕暮れが空に残っている間はやらないものだ。
それでも待ち切れず、アロガを横に置いて窓の外をジッと見つめていた。
「お母さん、そろそろだとおもう!」
「まだ早いよ」
「えぇ……っ!?」
茜色が空にすっかり見えなくなれば、即座に……と思っていたリルは、期待を裏切られた顔をしている。
だが、私はその間に、途中で終えていた調理を再開する。
フライパンに並べて蓋しておいたものに火をかけ、その中に少量の水を入れる。
その匂いを嗅いだリルがすぐに気付いて、台所へとやって来た。
下準備は終わっているので、フライパンが熱してから大体一分から二分程度、蒸してやれば良い。
「……さ、出来たよ」
後はリルが選んだ、例のお皿に盛り付けてやれば完成……なのだが。
リルが嬉しそうに受け取る前に、ひょいと取り上げた。
「んぅ……! なんで!」
「もうちょっと美味しくできる」
「ほんとっ!?」
砂糖と水でカラメルを作り、そこへ更にカタクリ粉を少量混ぜる。
そうして簡易的な餡をとろりと掛ければ、今度こそ完成だ。
「ほら、ベランダに出よう。椅子はもう、用意してあるから」
実際に出ると、サイドテーブルを挟んで二つの椅子があった。
お皿をテーブルに置いて座ると、空を見上げる。
雲もなく、透き通った空には、穴でも開けたかのような見事な月が、淡い光を放っていた。
「さぁ、食べていいぞ」
「まんまる……だけど、こっちの方が、ずっときいろい!」
リルはお皿に置かれた丸くも平べったいカボチャ団子を、上から下から舐める様に見つめながら言った。
「そこはどうしてもな」
空に浮かぶ月は白く発光して見えるのに対し、カボチャを混ぜたお月見団子はより、その黄色味がよく出ていた。
私は笑ってフォークを手渡すと、リルはさっそく突き刺して口に運ぶ。
「んん~っ!」
見るだけでなく、食べてみれば大層満足したらしく、リルは嬉しそうに咀嚼する。
そうして時間を掛けて飲み込むと、それから楽しそうに笑った。
「すごく……なんかヘン! もにゅもにゅ? むぐむぐ……してる?」
「これはもっちりしてる、って言うんだ。団子とは、そういうものだから」
「たのしいし、おいしい! おつきみっていいなぁ~……! よるにおかしべれるもん!」
子供にとっては、やはり月より団子の方が嬉しいらしい。
私も一つ口に運び、餡の甘さと団子の触感を楽しむ。煉り合せたカボチャの甘さもあって、中々良い出来だった。
口の中の月を楽しみながら、次に空の月を楽しむ。
「やぁ、良い月だ……。名月だねぇ……」
「まんまる!」
指差して笑うリルに、私も微笑んで頷く。
「こうしてゆっくり出来る時間は、もっと沢山持ちたいな」
実際は、何かと作業があるもので、夕食後もただのんびり出来る日は少ない。
特に季節柄、今の時期は冬籠りの準備が忙しいのだ。
「まいにちでいいよ! まいにち、おかしたべたい!」
「うぅん、それは難しいな……」
しかし、子供にとっては何より、お菓子の方だ大事だろう。
越冬するのは大変だが、その苦労より楽しい時間を過ごして欲しい、と思う。
また近々、今度なにか作ってやろう。
そう思いながら、秋の夜風を楽しみつつ、私は月を見上げて微笑んだ。




