表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
36/225

母の副業 その8

 転移の魔術には幾つか種類があり、その内もっともポピュラーなのが、マーキングした地点への移動だった。


 血液を解析し、そこから辿るのは非常に高度な技術で、専門設備を用いても、対象位置に大きなズレが出る事も多い。


 だから普通、凡その位置特定にしか使わず、実際に転移したりしないものだ。

 “黒鉄の戦鎚”が私の登場に驚いたのも、そうした部分が多分にあった。


 そして、それこそが不意打ちの成功に繫がり、それを為した私に対して畏怖を感じ、最初から抵抗らしい抵抗を見せない理由にもなっていた。


 彼らを引き連れ、ギルドの倉庫へ転移して戻る。


 膝程度の高さから床上へと落ち、“黒鉄の戦鎚”メンバーはバランスを崩して、尻もちをついた。


 リーダーは気絶しているので、受け身を取るも何もなく、そのまま肩から落ちて頭を打ったが、誰も気にしない。


 彼らは身体中が雪だらけにしていたので、その衝撃で床に落ち、縄を用意して待っていたラーシュは大いに顔を顰める。


「おいまさか……。山を移動中って、そっちの方だったのか? てっきり崖超えでもしてるかと……」


「いいや、尾根の方だった。……ギルドの設備も、案外大した事ないな」


「まぁ、お前の腕には、いつもお見逸れしてるけどよ……。でも言い訳させて貰うなら、うちの設備は王都にある物より、ずっと悪いからであって……」


 ラーシュが言ってるのは、弁明と言えるか甚だ疑問だったが、それに便乗してオンブレッタも言葉を添えた。


「組合全体から見て、ここは全然、重要拠点じゃないわけですから。場末には場末の、それに見合った設備がお似合い、と言ったところで……」


「実が結構、苦労してたりするのか?」


「それはもう」


 オンブレッタは壮絶な思いを笑みで隠しつつ、首を大きく上下させた。


「色々と、苦労させていただいております」


「……これ以上、藪をつつくのは止めておこう」


「実に賢明ですね」


 芝居掛かった仕草で一礼すると、オンブレッタは隣に立っていたラーシュの背中を叩いた。


「ほら、お仕事ですよ。ここまで紫銀の方にご助力いただいたんですから、後の楽な仕事はキリキリ働いてください」


「分かってるよ……」


 その言葉通り、ラーシュは彼らを一人ずつ、縄で後ろ手に拘束し始めた。

 抵抗する素振りもなく、今では大人しいものだ。


 それもこれも、私が睨みを利かせているからで、今も身体を震わせている。


 山の寒さが、今も身体の芯に残っているのも理由の一つだが、認識阻害の魔術で恐怖心を植え付けているのも、大きな理由だろう。


「ばかに大人しいな、お前ら。どんだけ怖い目に遭わされたんだ?」


 ラーシュの軽口にも、彼らは付き合おうとしない。

 ただ顔を俯けて、唇を強く引き絞っていた。


 彼らは恐怖で縛られている。

 魔物慣れした彼らでも、決して破れない強い恐怖だ。


 精神の奥底で彼らの恐怖を握っているから、本能的に私を恐れる。


 既にその顔さえ覚えておらず、思い出してくないとさえ思っていて、それが精神に蓋をする事にもなっていた。


 彼らが顔を俯けているのも、私という存在に少しでも気持ちを向けられたくない、と思っているが故だ。


 明日になれば、雪の尾根で誰と出会ったかも、綺麗に忘れている事だろう。

 S級パーティが逃げる様に去ったのも、これと同じ恐怖が植え付けられたからだ。


 彼らはあの森に誰と会ったか覚えておらず、怖い何かと出会ったとだけ心の奥底で理解していて、他の誰にも話そうとはしないだろう。


 それがまた、森の不可侵性と恐怖、不透明性と不気味さを演出してくれる。

 森の噂は広まりこそすれ、禁足地としての側面を強化して行く事になるのだ。


「しかし、惜しいな……」


 私は顔に出さないまま密かに満足していると、ラーシュが最後の一人に縄をしながら、ぼそりと呟いた。


「こんだけの実力ある奴が冒険者やってないとか、詐欺も良いトコだろ。お前は絶対、才能を無駄遣いしてるぞ」


「いったい何度、その話を蒸し返せば気が済むんだ? やる気なんてないし、何よりまだ小さなリルを残して、長く家から離れられる訳ないだろう」


「……それはつまり、手が掛からなくなったら、冒険者になる可能性が……?」


 ラーシュは実力ある冒険者を切望している。

 だから、こうして何度も勧誘めいた話をしてくるのだが、私の返事はいつでも変わらない。


「――有り得ない。そもそも、やる気があるなら、最初からやってる」


「そりゃそうだが……。じゃあ、せめてギルド員の非常勤として……」


「喧しい。縄を縛り終わったなら、さっさと連行して行け! 気紛れで協力して貰えるだけ、有り難いと思え」


 私の態度で、ラーシュは尻を叩かれた様な反応をして、“黒鉄”のメンバーを引き連れて行った。


 それを見送っていたオンブレッタは、後をついて行かずそのまま残る。

 ラーシュの姿が見えなくなった所で、私に向けて深く頭を下げた。


「ギルド長の勝手な言い分、さぞ気分を害したでしょう。代わってお詫びいたします」


「別に、お前に謝って貰う事はないけどな」


「でも、誠意はお見せしなくては。ギルド長も悪気があっての事ではないんです。ただ圧倒的に、思慮が足りないというだけで……」


 私は頷きながら苦笑する。

 ラーシュに悪気はなく、そして思慮が足りないなど、私自身よく分かっていた。


 そして、裏表のない一本気質の性格だから、多くの者が好ましく思うし、私も縁を切らないでいる。


 ギルド長などをやらされているのも、そうした理由が一番を占めているのだろう。


 そして、優秀な参謀がいるから、良いリーダーとなっているのだ。

 ただし、私の様な者を相手にしても、その思慮が足りないのは問題だ。


 気安い酒飲み友達感覚で良いのは、同じ冒険者までだ。

 そして、彼の世界では、それで万事回ると思っている。


 しかし、実際の事実は異なる。


 だからこそ、こうしてオンブレッタが頭を下げる羽目になっているし、裏でこうした遣り取りがあるなど、彼は想像もしていないに違いない。


「まぁ、困った奴ではあるな。……だが、不思議と憎めないのは、一種の才能だろうか」


「私としては、貴女のその度量の深さに感心するばかりですが……」


 私は小さく笑って頷く。


「それもまた、違いない。……後で改めて、もう誘うなと言っておけ。特に冬の間は、顔を出さないつもりだしな」


「はい、その様に……。でも、驚きです。金輪際、関わりにならない、と言い渡されても当然、と思っていましたのに……」


 それを考えないでもなかった。

 しかし、完全に孤立しようとも思っていないのだ。


 街との付き合い、街との距離を適切に離したいとは思っても、絶縁しようとは思わない。


 それは今後のリルを思っての事でもあるし、私の一存で機会を奪いたくない、という理由もあった。


「まぁ、色々さ……。母は子を思って、様々な道を用意しておきたいと考えるものさ」


「なるほど、お子の為でしたか……。でもそうすると、将来的に、リルちゃんは冒険者になるかも、と……?」


「それとこれとは違う。むしろ、出来る限り阻止したいくらいだ」


「え、でも……」


 不思議そうに首を傾げたオンブレッタへ、機先を制するように言葉を投げる。


「あくまで後ろ盾の一つとして、だ。実際、荒事の際は、ギルドと縁があれば心強い」


「今日はお一人で、商会に殴り込みを掛けた人の台詞とは思えませんけれど……」


 含み笑いにそう言ったものの、オンブレッタは素直に一礼した。


「縁を切りたくないのは、こちらも同じ……いえ、むしろこちらこそ切り離して欲しくないところです。リルちゃんについては、こちらも深く気に留めておく事にします」


「そうしてくれ」


 話し込んでいる間に、ラーシュはギルドのロビーに入ったらしい。


 ロビーに残っていた冒険者の数は少ない筈だが、それでも分かるぐらい、にわかな騒ぎとなっている。


「さて……、下の騒ぎでリルが起きてもいけない。私は部屋に戻る」


「ご協力、ありがとうございました。すぐにお茶をお持ちします」


 背中でオンブレッタの声を聞きながら、倉庫を出る。


 そうしてロビーに入ると、ラーシュが数人の冒険者から質問攻めにあっている所を見掛けた。


 彼は彼で、自慢気に鼻の下を擦っては、ある事ない事を吹聴している。


 自分で自分の首を締めるのは勝手なので、私は近付かない様にしながら回り込んで横切り、二階へと上がった。


 部屋に入ると、リルはまだ寝たままで、魔術でそっと小さな身体を浮かしながら、ソファーに座る。


 そうしてリルの頭を太腿の上に置いた時、耳がぴくりと動いて、身体をもぞもぞと動かした。


 眠そうに目を(しばたた)きながら、身体を横にして丸める。


「んぅ……、おかあさぁん……」


「眠いなら、まだ寝ていなさい」


 お腹の辺りをぽんぽんと軽く叩くと、再び寝息を立て始めた。

 窓の外を見つめながら、お茶が来るまで、一定のリズムで優しく叩いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ