母の副業 その6
「だって……! だってお前が、自分のことを報告するなって言ったんじゃないか!」
ラーシュは今更ながらに、釈明めいたものを話し始めた。
そして、今ラーシュが言った言葉は事実だ。
報告書に私の名前を乗せない事。
それを条件に、これまで依頼を引き受けて来た。
「でも、誰かがやんなきゃ解決するわけねぇだろ? うちのギルド員がやったことにしても、無理があるし……!」
「まぁ、ギルド長は曲りなりにも、現役時代Aランクだった訳で……。他の誰かがやったと言われるより、説得力あるのは確かです」
オンブレッタからのフォローも入り、ラーシュは何度も深く頷く。
そして、二人からそう言われたら、私が強く言うのも憚れた。
「うん、まぁ……そうか。じゃあ、それ自体は良いとして……」
「大体な……」
ラーシュの側にも、しっかりと弁明できる理があると知って、話を逸らそうとしたが無理だった。
ここぞとばかりに前々からの鬱憤を晴らそうと、顔を上げて言ってくる。
「大体、お前がギルドに所属してくれたら、もっと話は早かったんだぜ? 大体はそれで解決するんだから。それにほら、ギルドの徽章は便利だぜ? 他国でも身分の証明で役立つし……!」
「その信用度については知ってるさ。でも、それで脅迫紛いの強制招集権を発動されては堪らない……。名前やら特技やら、技能やら……色々と詳らかにしないといけないし。ハッキリ言って迷惑だ」
登録するとなれば、当然偽称は許されない。
魔術を使った偽称破りを用いられるし、所持している魔術を始め、大抵の手口は申請しないといけなくなる。
それもこれも、今回の様に事件があった場合、迅速な対応が出来る為であったりする。
他にも個人の能力を把握していると、討伐依頼などで適切な人材を派遣できる、というメリットもあった。
そして、ギルドに招集されたら、基本的に断れない。
もしそんな事をすれば、ギルド徽章の剥奪や、借金の即時返金などで、首が回らなくなる冒険者は多い。
この徽章一つで武具店はツケを許してくれるし、その保障をギルドがしてくれるから、借金をして一つ上のランクの装備を手にする冒険者は非常に多かった。
そして、ギルドはツケでの購入を推奨している側でもあった。
だから希望者を募るという名目であろうとも、殆ど強制みたいなものだ。
基本的に個人事業主という扱いだが、ギルドの利益を優先される立場でもある。
冒険者の立ち場は、そういう意味でも決して高くはない。
「……この返答、もう何度もしてると思うけどな」
「そうだけど……」
ラーシュはそう言いつつ、悔しげに顔を顰めた。
「それだけの実力があって、やってる事が何だって……? どっかの農村で畑を耕して、野菜とか作ってるんだっけか? ……無駄遣いにも程があんだろ」
「それは私の勝手だ。剣技が得意だからって、必ず兵士や剣士にならなきゃいけない訳じゃない」
「それは勿論、そうなんですけど……。これはまたそれと、話は別と申しますか……」
オンブレッタが困ったように笑うと、頬に手を当て小首を傾げる。
「ちょっと頼り甲斐あり過ぎて、一線を画す……というか、画し過ぎですよ。それに聞きましたよ。商会に殴り込み掛けて、最後には総出でお見送りされたんですって?」
「もう耳に入ってるのか……」
「いや、当然ですよ。扉を蹴破って乱入した所、一体何人が見たと思ってるんですか」
後ろ暗い商売をしているとは言っても、対外的には只の『商会』だ。
実際の店舗も表通りに面しているから、自然、他人の目に映りやすい。
目撃者が出るのは当然でしかないが、しかしギルドにまで話が伝わっているのは計算外だった。
……と、思っていたのに、目の前のラーシュは呆然として、私を見ている。
完全にドン引きした表情で、震える指先をこちらに向けていた。
「……え、何? お前、あの商会に殴り込み掛けたの? あのエルトークスに? この街最古の武闘派連中だろ?」
「仕方ない事情があった……」
「何でも、そこの若い衆がちょっかい掛けたのが原因、と聞きますけど……」
「え、お前……そんな理由で、あの商会に喧嘩売ったの? そして最後には? 円満にお見送り? 何やったら、そうなんだよ……」
ラーシュの目は引いているどころではない。
完全に異質な異物を見るそれだ。
私はその視線を煩そうに手で払い、嘆息混じりに言葉を落とした。
「……話が横に逸れてるぞ。そんな話、どうでも良いだろうが」
「いや、そういう訳にも……。あぁ、くそっ……! お前がうちに所属してくれてたら……!」
「一目も二目も置かれますね。ギルドを下に見る商会ってのも、結構ありますから。独自の武力を持ってる所は特に……」
「それにギルドの規律も、勝手に引き締まるんじゃねぇかな……」
「皮算用で、勝手な期待を私にするな」
こういう扱いをされると分かるから、どこの組織にも所属しない、という切実な思いがあった。
たとえそれが村落であったとしても――むしろだからこそ、頼り甲斐があると分かれば、頼るざるを得ないようになる。
頼る事になれた人間は弱い。
いつも誰かに助けて貰おう、という性根が育つからだ。
そしてそれは、今のギルドの体制にも表れ始めていた。
私という強力な駒に伝手があるから、これを使用しない手はない、という考えになっている。
本来、冒険者の犯罪など、外へ明るみに出さないものだ。
たとえ目撃者がいようとも、敢えてそれを知らせる真似はしない。
外部の協力者という位置付けなのに、身内同然の扱いで、いつしかなし崩しに引き込もうという魂胆が見えるかのようだ。
そこはしっかりと、釘を刺しておかねばならないだろう。
「言っておくが、そう何度も協力してやると思うなよ? これまで幾つ貸しが積み上がっているか、知らない訳じゃないだろう?」
「いや、でもさっき、果物の代金払ったし……」
「その程度の貸ししか作ってない、って自覚なら、少し危機感覚えた方が良いな……」
私があからさまな不機嫌顔を見せれば、慌てて首と両手を左右に振った。
「いや勿論、勿論冗談さ! あれは普段から世話になってる礼さ。あれで一つ貸しが潰れるなんて考えちゃいない!」
「そうだろうな」
「っていうか、ギルド長……。そんな馬鹿な発言、しないで下さいよ。紫銀の方の言う通りです。少しは危機感、持って下さい。借りられて当然の手、なんて思ってると、二度と協力して貰えませんよ」
ラーシュはどうやら本気そうに見えたが、反対にオンブレッタはしっかり弁えているようだ。
そういう意味では、彼女の方が責任感も強く、互いに良い距離感を築けそうだ。
事務能力も高く、情報収集能力も高い。
彼女の方がギルド長に向いていると感じるのだが、何故ラーシュが今の立場なのか実に不思議だった。
ともかく、と一度念押ししようとした時、傍らのリルが一際強く体重を押し付けてきた。
随分と大人しかったな、と今更ながらに顔を向けると、そこでは静かに寝息を立てる姿があった。
「あぁ、ほら……。馬鹿話してるから、リルが眠ってしまった……」
昼食を食べ、甘い物まで食べて、満腹になったら眠くなったのだろう。
新鮮さと驚きに満ちた半日だったわけで、怖い大人から逃げた場面もあった。
疲れて寝るのは、むしろ当然と言える。
普段なら寝かし付けるのが大変なくらいだが、それさえせず眠った事実が、その疲れ具合を表していた。
「リルの事もあるし、一度帰ろうかな……」
「いや、ちょっと待ってくれよ。急がないと、奴らに国境越えられるかもしれないんだよ……!」
「声を落とせ。リルが起きてしまう」
ポンチョのフードを頭に掛け、耳も穴から出してやると、リルの胸元をぽんぽんと優しく叩く。
「起こすのは忍びない。このまま起きるのを待ってようか」
「いや……、お前ならひょいと行って、パッと終わるだろ? どうにかお願い出来ねぇかな……!?」
「お前が私をどれだけ便利扱いしてるか、よく分かる台詞だな。何がひょいでパッ、だ」
「いや、それは……うん。申し訳なかったが……、でも頼むよ。ギルドのメンツの問題なんだって……!」
そのメンツこそ、私にとっては何の関係もない。
どれだけ汚れようと、潰れようと、何ら痛手ではないのだ。
勝手にどうとでもしろ、と思う反面、長い付き合いで愛着があるのも事実だ。
貸しは溜まる一方で、精算する気配もないが……。
しかし、今後の面倒事を回避する為にも、ここで一つ大きく恩を着せるのは有りかもしれない。
そう考え、私は一つの提案を口にした。




