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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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街での騒動と母の怒り その8

 エルトークス商会を後にする時には、入口に残りの商会員が詰めていた。


 戦闘になるか、と腕を上げた瞬間、それらが左右に分かれて一本の道が出来上がる。


「お帰りですか!」


「お気を付けて!」


 全員が頭を下げて見送って来る。

 私は顔を顰めながら、その間を通って外へ出た。


 出た後も足音立てて外へ出て、道を塞ぎなら頭を下げてくる。

 どうやら、この短い間の遣り取りで、私に対してどう接するのが正解か理解したようだ。


 しかし、通行人の邪魔になるし、そこまでされると迷惑でしかなかった。


「おい、()めろよ、そういうの……」


「いえ、そういう訳には! ご一緒にお嬢さんをお探しします。お名前や髪の色、特徴など教えて下されば……」


「あぁ、教える。教えるが……、まず確認してからだ。そのとき改めて遣いを出す」


「承知しました!」


 若い衆が一斉に頭を下げて、了承を示す。

 私は逃げる様にして――実際、逃げる心境で――、その場を小走りに立ち去った。



  ※※※



 バルミーロの工房前に辿り着くと、そこから子供の泣き声が聞こえていた。

 それをあやす男の声も聞こえるが、すっかり参っている様子だ。


 私は急いで駆け付け、部屋の中へと滑り込む。

 そして、泣き声の主がリルであるのを確認するなり、椅子の上に座るリルに抱き着いた。


「あぁ、どうした、リル……! この偏屈ジジイに意地悪されたのか……!?」


「おかぁさぁぁん……!」


 私を見るなり、更に泣きじゃくるリルの背中を、優しく撫でる。

 胸の中に抱きかかえ、リルの頭に頬を乗せた。


 キメ細かい髪の毛と、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。

 その体温を全身で感じ取り、私自身安堵しながら、左右に小さく振ってあやした。


 しばらくそうしてやれば、リルは落ち着きを取り戻し始める。

 私はリルの頭に頬を乗せたまま、バルミーロとグルダーニを睨み付けた。


「小さい子を泣かせて、どういうつもりだ……?」


「いや、違う! 勝手に泣き出したんじゃ! 儂は何もしとらん!」


「そう、違うんですよ、誤解です! 貴女が傍に居なくて、心細くて泣いてしまったんだと……! 何とか、ご機嫌取ろうとしたんですよ、こっちも!」


「……そうなのか? リルは寂しくて泣いてたのか?」


 耳元で優しく問い掛けると、リルは泣いたままで、こくりと頷く。

 抱いてあやしている内に、リルも安心して来たのか、今では涙も治まって来たようだ。


「……だが、それはともかくだ。グルダーニ、リルを危険な目に遭わせたな……」


 低い声で問い掛けると、グルダーニは平身低頭、謝り倒す。

 その場に片膝を付き、祈る仕草で両手を組んだ。


 そうして真っ直ぐこちらを見つめながら、彼なりの言い訳を始めた。


「勿論、お嬢さんの安全第一にご案内しました! でも、突然、変な奴らが絡んで来て……! その時は抱き上げて、即座に逃げようとしたんですよ! でも……」


「お母さんがつくってくれたフードね、とられ……とられ、ちゃった……! ひっく……っ! びゃぁぁぁ!」


「あぁ、よしよし……」


 背中をとんとん、と優しく叩き、グルダーニを睨む。

 恐縮し続ける彼は、そうやって何度も頭を下げた。


 憤りはあるが、全てグルダーニが悪い、という話でもない。


 上手く逃げ切ってくれたら最善だったが、確執をあの男に根付けたのは私だとも言える。


 切っ掛けを辿ると、グルダーニに責任を押し付けられるものではなかった。


 そもそも悪いのは、あの男だ。

 そして、そちらの話はもう付いている。


 客観的に見て、グルダーニを責めるのは余りに酷だった。

 私はリルをあやしながら、グルダーニに声を掛ける。


「……いや、私の言い方も悪かった。……そうだな、リルを守ってくれようとしたんだ。その事には感謝すべきかもな」


「い、いえ!」


 グルダーニは弾かれた様に顔を上げた。


「信頼して預けていただいたのに……、慣れているからと、油断した自分が悪いのです!」


「リルに傷はなかったんだ。それで良しとするさ。それに……」


 私はあの男から取り戻した、リルのポンチョを取り出して見せた。


「こうして、無事に取り戻したしな」


「あっ、リルの……!」


 手に持ったポンチョをリルが見た途端、顔を輝かせて見つめた。

 私はリルを片腕で支えながら、器用にそれを被せてやる。


 無事に被り直したリルは、それと同時に涙も引っ込んだ。

 今も鼻をぐずらせて、垂れ流しているモノもあるが、鼻紙を使ってリルの小さな鼻を支える。


「ほら、チーン!」


 ぶびぃ、と盛大に鼻を噛んでスッキリさせると、リルは華やかな笑みを浮かべた。

 すっかり機嫌も治ったリルに頬ずりして、それからバルミーロに声を掛ける。


「それじゃあ、慌ただしくて済まないが、私達はそろそろ行く。リルの世話をありがとう」


「え、あ……? 何じゃ、もう行くんかい」


「昼はリルに街の食事をさせようと思ってたんだ。それに、買い足したい物を、まだ買ってもないし」


「そうか……、それじゃあ引き留めるのも悪いかの。今度はもっと、ゆっくりして行け。……いや、これいつも言っとるけど、おんしは全く気に掛けたりせんな」


 私はそういう性分なのだ。

 街よりも森の方が落ち着く。


 それに、街は際限なく厄介事が舞い込んで来そうな危うさがあった。

 帰れるものなら、いつでも早く帰りたいのだ。


「私の鞄は?」


「おぉ、こちらで預かっておる」


 そう言うと、部屋の奥から私の鞄を持って来てくれた。

 それを受け取ると、リルを腕に抱いたまま背を向ける。


「次に来るのは、春先になるかな」


「相変わらず、冬は家に籠もるんかい」


「……冬は嫌いだ」


 バルミーロの顔を見ぬまま歩き出す。

 肩口に手を乗せるリルが、後ろのドワーフ二人に手を振るのが見えた。


 私は鞄を持っているので手を触れないが、鞄を小さく掲げる事で、分かれの挨拶に変えた。



  ※※※



 軍資金も調達出来たし、ようやく本命の買い物が出来る。

 欲しい物で優先するのは、まず調味料。


 特に塩は森で手に入らない必需品だ。

 冬の間、途中で切らさない分量を、しっかり購入する。


 あとは糸や毛糸も購入しておく。

 子供の成長は早いものだ、去年のセーターは少し窮屈だろう。


 毛糸はバラせば再び使えるが、さりとて同じ柄では味気ない。

 可愛く着飾ってあげるためにも、そうした気配りは必要だった。


「さて、他に必要な物は……」


 市場の中をぐるりと回って、欲しい物は大体、揃えた。

 後は趣向品となるが、目に付く物は殆どない。


 結局、何か実用品を、と身体を反転させた時、リルから甲高い声が上がった。


「お母さん、あれ!」


 リルの指差す方を見ると、そこには人形が並んでいた。

 木彫り細工の人形で、服の切れ端で作ったと思しき服も着ている。


 素人目で見ても、出来が良いとは思えないのだが、どうやらリルの目には留まったらしい。


「あれが欲しいのか?」


「うん、ほしい!」


 ポンチョの上から出ている耳が、ぴこぴこと揺れている。

 怖い目にも遭った事だし、街での良い思い出も必要だろう。


 私は快く頷くと、それを素直に買い与えた。

 手渡してやると胸に抱いて、リルは満足そうな顔をする。


「ありがとう、お母さん!」


「どういたしまして」


 買う物はそれくらいか、と市場から出ようとした所で、チーズが売られているのを見つけた。


 保存食としても有用だし、食卓に並んで嬉しい食品だ。

 ワインのツマミにもなるし、言う事がない。


「じゃあ、チーズと……そうだ、バターも忘れてた」


 我が家で入手できないのは、主に乳製品だから、これを買わずにいたら後悔するところだった。


「そうとなれば、牛乳も欲しいな。あれがあると、料理の幅も広がるし……」


「……ぎゅーにゅー?」


「リルも飲んだ事あるだろう? 白いやつだ」


「……おぼえてない」


 リルはふるふる、と首を横に振った。

 覚えてない筈はないのだが、美味しいもの、という認識が薄いせいかもしれない。


 栄養に良い、と言って飲ませたものの、確かその時、リルは嫌な顔をして突き放したのを覚えている。


 確かに牛乳は、慣れないと難しい飲み物かもしれない。

 餌の内容次第で、乳にも臭みが出るし、当たり外れもある。


 しかし、リルの興味を引く言葉を、私は知っているのだ。


「これがあると、美味しいおやつが作れたりする」


「ほしい、ぎゅーにゅー!」


 途端、態度を豹変させて、凄い食いつきを見せた。

 私はそれに苦笑しながら、纏まった量を買い付ける。


 こうした場では、自分で容器を用意するもので、しかも重くなるから大量に買い付けられない。


 しかし、そこは『魔法の鞄』があるので、私にとっては関係なかった。

 未使用の木バケツに注いで貰い、次々と鞄に仕舞って見えるように、空間内へ移動させていく。


 牛乳は日持ちしないし、空間内でもしっかり腐敗は進むので、欲しい分だけ大量に、と行かないのが辛いところだ。


 そうして、冬ごもりに必要な全ての物を買い揃えると、今度こそ昼食にしようと食堂へと足を伸ばした。


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