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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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街での騒動と母の怒り その6

 男達の人数は、全部で五人。

 前回、行き合った時と同じ面子だ。


 数の上で有利だからか、女を下に見ているからか……。

 恐らく両方だろうが、明らかに舐めた態度で、私を見ていた。


 リーダー格の男は、指先に引っ掛けて回していたポンチョを摘まむと、挑発する様にそれを揺らした。


「何だ、取り返しに来たのかよ?」


「こんなモンの為に、ご苦労なこった!」


「――子供はどこだ?」


 私は男たちの挑発を横に流し、簡潔に問う。

 あるいは、木箱の中にでも閉じ込められているのか、と問いながらも気配を探る。


 しかし、そうした気配は感じられず、それどころか全て空箱だと分かっただけだ。


 リーダーは無視された事に苛立ちを隠さず、ポンチョを握り込みながら怒鳴った。


「無視してんじゃねぇよ! スカしてんじゃねぇ!」


 ……こいつは、自分が為す術なく気絶させられた事実を、もう忘れてしまったのだろうか。


 あるいは、余りにも綺麗に気絶させられた事で、その時の記憶が飛んでいるのかもしれない。


 いずれにしても、賢い人間……そして、彼我の実力差を見抜ける人間なら、やらない愚行ではあった。


「お前の事なんか、どうでも良い。それをどうやって奪った? 子供はどこにやった」


「ハッ、あんな獣人のガキが、こんな綺麗なおべべ着ててるのが、そもそも調子に乗ってるってんだ。呑気な顔をして歩くガキに、ちょいと街の流儀を教えてやったのさ」


「へへっ、ガキにも容赦ねぇな、アニキ……!」


「布の質も良いみたいだしよ、売ったら結構、良い値がするんじゃね?」


「今日の酒代にでもしましょうや!」


 男たちは圧倒的優位に酔っている。

 女一人など、いつでも、どうにでも出来る、と言わんばかりの態度だ。


 私の質問には答えず、子供から衣服を剥ぎ取る行為を愚かだとも思わず、男達の間で勝手に盛り上がっていた。


 下品な笑いが男達の間で上がる。


 ひとしきり笑った後、リーダーは再び指先にポンチョを引っ掻け、くるくると回し始めた。


「まぁ、頼み方が楽しければ、教えてやっても良いかもな。よく見りゃ綺麗な顔してるしよ、丁寧に頼めば教えてやるかもしれねぇよ?」


「そりゃいい。丁寧に……そう、丁寧な頼み方なら、気が変わるってもんだ」


 ハハハ、と裏路地の間に笑いが起こり、それと同時に私は片手を上げて左右に振った。


 それで両端に居た男二人が吹き飛び、両端の壁に当たって赤い染みを散らせた。

 その男二人は小さな痙攣を繰り返すだけで、起き上がる気配もない。


 男達は一瞬で騒然となった。

 突然起きた事態に、理解が追い付いていない。


 リーダーは指先を向けながら、何かを口にしようとしていたが、全く言葉にならず、ただ指先だけを突き付けていた。


「おっ、おっ、おま……っ! お……!」


「訊かれた事に、さっさと答えろ。――もっと丁寧にされたいのか?」


 返答を聞く前に、小さく挙げた手を再び左右に振る。

 それで更に男二人が吹き飛ばされ、やはり壁にぶつかって小さな染みを作った。


「おっ、おっ、おし……! 教える! 教えるから!」


「大体お前、どこの者だ? エルトークス商会の若いモンじゃないのか?」


「そ、そう! そう! 俺はそこのモンだ! この俺や! 舎弟に手を出し……っ、出しやがって! タダで済むと思ってんじゃ……!」


「あぁ、そう……。馬鹿な事したな。これでお前に容赦する、って選択肢は無くなった」


 世の中、知らなかったでは済まされない事もある。

 虎の尾を踏んだ後で、尾に気付きませんでした、という言い分は通用しないものだ。


 その事を、この(バカ)は知らない。

 誰を怒らせたのか、今後の為にも――誰にとっても、しっかり教えなくてはならなかった。


 私は一つ舌打ちすると、吹き飛ばした男達に手を向け、その傷を癒す。

 頭をぶつけて血は流したが、潰れてはいない。


 死んでいないなら、大抵の傷は治療できる。

 何より、こんなしょうもない事で、命を取るほど狭量でもなかった。


 全員の治療が済むと大股でリーダーまで近付き、次にその襟首を、力任せに掴み上げた。



  ※※※



 エルトークス商会は最初、街を守る自警団として発足した。


 昔――未だ規模の小さい、人口が五千人にも満たなかった頃、彼らは魔物の被害から、自分自身で守るしかなかった。


 冒険者ギルドは、地方の依頼を優先しない。

 より金回りの良い依頼を受けるものだし、当初は街にギルド支部も存在しなかった。


 その上、当時としてはドラゴンその他、人間よりも魔物の方が上位の存在だった事から、冒険者の数は圧倒的に少なかったのだ。


 農家の三男坊や四男坊、畑を継げない子供などは、自立を求めて冒険者になったりしたが、死亡率も非常に高かった。


 一攫千金を夢見るというより、学のない者が、他に生きていく手段を知らないから選ぶ職業だったに過ぎなかったのだ。


 まともに対峙できるのは、ほんの一握り……。

 だから、頼りになる冒険者ほど、より実りの多い依頼に拘束されがちだった。


 王都から離れた小さな町ともなれば、ギルドから武力を借りることも出来ず、自らの力で魔物に備えるしかない。


 そうして奮起したのが、当時の町長の息子、エルトークスだった。

 彼もまた三男坊で家を継ぐ資格がなく、家を出て王都に向かったのだが、そこからが違った。


 彼は王都で冒険者として生活しつつも、そこで魔物に対するノウハウを学び、そこで得た仲間と共に帰郷した。


 最初は衛兵の中に組み込もうと考えていたが、町を捨てたと思われていたエルトークスに風当たりは強く……。


 また、外から連れてきた仲間を、町の武力を任せるのは如何なものかと、むしろ遠ざけられる始末だった。


 しかし、エルトークスはそこで腐らず、独立した自衛団として活動していく。


 いつしか賛同者も現れ、魔物に対する深い知識と対応力が買われた事もあり、更に数を増やしていく事になる。


 そうして改めて義勇団として発足し、いつしか衛兵よりも頼りになると敬われ、遂には代わりとして町を守っていく事になった。


 ――この街……レミフリアの、古い古い物語だ。

 だが街の人口が増え、通商路なども出来上がり、どんどん発展して行くと、義勇団も形骸化した。


 その理由の一端として、衛兵の規模拡大、冒険者ギルドの支部設立などがあり、元より非公認の彼らは居場所を失くしたのだ。


 それに伴い暗がりへと追いやられ、いつしか義勇団から商会へ姿を変え、商売は後ろ暗いものに変わった。


 今ではすっかり、裏社会のまとめ役となっている。

 それでも一応、発足当時の理念は残っていて、弱者救済を謳っていた。


 街のチンピラを纏め上げているのもその一つだ。

 彼らの勝手を許さないから、ある程度治安が保たれている、という側面も実際にあった。


 ――だというのに。



  ※※※



 私はエルトークス商会の戸を乱暴に蹴破り、制止する声も聞かぬまま、奥へ奥へと進んで行った。


 掴み掛かって止めようとする者は容赦なく打ち据え、弾き飛ばす。


 石造りの屋敷は金が掛かっており、地面には絨毯が敷き詰められ、壁際には高価そうな壺など美術品も飾られている。


 尚も追い縋る者には、そうした美術品にぶつかり、破損させたりもした。


「――待て! 待ってくれ! 待ちやがれ!」


 止められないと分かっても制止の声は止まらず、しかし尚も無視して、私は足を進める。


 最奥の会長室の扉も同様に蹴破ると、その手に持っていた男を、正面の執務机へと投げ飛ばした。


 盛大な音を立て、机に座る男を巻き込んで倒れる。

 突然の乱入者と出来事に、机に座っていた男は何が起こったか分からず、目を白黒とさせていた。


 執務机に座っていた壮年の男性は、このエルトークス商会を預かる、ワイクという。


 額に傷を持つ強面で、もう良い年だというのに、その体付きもガッシリとしている。


 自分の身体に覆い被さる気絶した男を、憤怒の表情で投げ退かし、そうして立ち上がって私と視線が合うなり、勢いの良い動きを止めた。


「てめぇ、一体……! いや、アンタは……」


「お前、自分の若い奴らに、どういう教育してるんだ?」


「は……? あ、まさか……!?」


 ワイクは今し方、退かした男を見やり、そして私の怒りが何を意味するのか、即座に察した。


「こいつが、何か粗相を……!?」


「粗相を、じゃないだろ。してなければ、わざわざこんなシケた所に来たりしない」


「――会長ッ! このアマ、勝手に入り込んで来やがって!」


 背後から、制止を振り切った男が詰め寄ってくる。

 しかし、私が何かするより前に、ワイクの方が手を挙げて止めた。


「止めろ。これ以上、俺に恥をかかせるな」


「しかし――ッ!」


「くどいぞッ! これは先代の……盟約を破った、俺の責任だ!」


 ワイクが鋭く言い放てば、流石に無理を押して取り押さえようとはしない。


 部屋から出て行こうとはしないものの、隅の方へ寄って事態を見守る構えを見せる。


 私は深く溜め息をついてから、手首を小さく動かして、気絶したままの男も部屋の隅へと追いやった。


 椅子周辺に物は散らばっているが、とりあえず座れる様にはなっている。

 私はワイスを変わらぬ視線で睨み付けたまま、その椅子へと指を向けた。


「……ほら、とりあえず座れよ。話はそれからだ」


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