街での騒動と母の怒り その2
「あー……、何だ? レクチャーだ? もしかして、俺等らのこと馬鹿にしてんのか? アッチのレクシャーなら、是非教えて欲しいもんだけどな?」
リーダー格の男は、柄から手を離したかと思うと剣を抜いた。
そうして、下衆な笑みを浮かべながら、刃の切っ先を私達に向ける。
「お母さん……?」
「大丈夫、あれは本気で人を斬ったことなんかない。見せ掛けの……ちょっと悪い子ぶりたい年頃なだけだ」
私は鞄を地面に置いて、リルの頭を撫でてやる。
そうすると、より一層リルは身体を寄せて来て、太腿にしっかと抱き着いて来た。
しかし、その様子が気に食わないのは男達の方だ。
完全に侮られていると分かって、リーダー格の男は額に青筋すら浮かべている。
「テメェ……! カネがあるからって、調子に乗ったか? テメェみたいな商人は、とっととカネ置いて逃げてりゃいいんだよ!」
「あまりデカい声を出すな、この娘が怖がる」
しかし、男がどれほど威圧しようと、私が動じることはない。
反応は淡白なもので、それがより一層、男を挑発する形になった。
いよいよ、黙っていられず、周囲の男達をけしかけようとする。
だが、その指示を出すより早く、私の方から威圧を込めて声を発した。
「――警告だ。武器を捨てろ」
チンピラがよくやる、単なる脅しではない。
力ある声は、それだけで弱者を尻込みさせるものだ。
しかし、これだけで解決するほど、事は単純でもなかった。
私は男から目を離し、リルへと顔を向けて諭すように言う。
「いいかい、リル? 最初に警告するのは大事なことだ。特に相手が弱い時、いきなり殴り付けるのは、とても野蛮な事だ。可哀想な事だからね」
「あのひと……、こわくない?」
「顔は怖い。でも、だからあぁして、怖がらせることしか出来ないんだ」
「テメェ……! ここまで虚仮にされて、俺が黙って――」
私は男を無視して、リルを見ながら一本指を立てる。
「でも、警告しても、大抵は武器を捨てない。経験上、凡そ八割り以上、武器を捨てない感じだ」
「……じゃあ、いみない?」
「ない事はない。……だって、弱い者イジメはいけない事だから」
「――テッメェェェ!!」
リーダー格はとうとう逆上して、剣を振り上げた。
仲間達も同じように怒り、こちらへ突撃しようとして来る。
リルがびくりと身体を震わせ、より一層強く抱き締めて来た。
私は男達に手を向け、雑な動きで左右に振る。
ハエを払うその動きだけで、全ての決着は付いていた。
顎を揺さぶられた男たちは、為す術なく昏倒し、二歩踏み出す所までが限界だった。
男達が崩れ落ちる音、そして金属が地面に打ち付けられる音を聞いて、リルは顔を上げる。
そうして、倒れて動かない男達を見て、リルは悲しそうな目で私を見てきた。
「……しんじゃった?」
深刻そうな声に、私は思わず吹き出す。
「死んでないよ、気絶しているだけ。小一時間で目が覚めるだろう」
リルの頭をぽんぽんと叩くと、あからさまにホッと息を吐いた。
しかし、強張ったリルの身体は、私から手を離そうとしない。
だから私はその場に屈むと、リルの身体を抱き上げた。
胸の中に収まるほど、リルはもう小さくないが、それでも精一杯、顔や身体を押し付けて恐怖から逃げようとしている。
私はリルの背中を宥めるように撫でながら、肩の上に顔を乗せるリルに呟く。
「……ほら、街は楽しい事ばかりじゃなかったろう?」
「うん、こわいひともいる……」
「勿論、深切な人だっている。でも、いつだって危険はすぐ傍にあるんだって事を、決して忘れてはいけないよ」
「うん……」
「森と同じだ。家の中は安全、そして畑までも安全。でも、少しでも離れると危険になる」
リルは肩に押し付けた格好のまま、こくりと頷く。
私は片手でリルを抱き直し、地面に置いた鞄を握り直すと、裏路地を歩き始めた。
男たちの間を縫って進み、倒れ伏した男たちを一瞥することなく、裏通りへと進み出る。
そうしてリルを宥めつつ、目的地へと歩いて行った。
※※※
それから幾らもせずに到着したのは、一軒の鍛冶屋だった。
ドワーフが店主の工房であり、ここもやはり、古くからの馴染みの店だ。
一見さんお断りでもあり、紹介制の店だから、扉は開きっ放しで誰が来ても良い、という形であるものの、客の姿は一つもなかった。
私がリルを抱き上げたまま入っても、誰かが出迎えてくる気配もない。
足で床板を踏み鳴らし、来客を促してみると、中から粟食った様子で一人の子供が飛び出して来た。
「こ、これはこれは……いらっしゃいませ! すみません、親方がヘソ曲げちゃってて……」
「相変わらず……苦労してるな、グルダーニ」
私は苦笑交じりに言って、再開の挨拶を交わした。
子供の様に見えるドワーフだから、多くはその外見から成人しているか分からない。
しかし、グルダーニは未だ未成年の鍛冶見習いだった。
年齢は確か十五歳で、親方バルミーロの元で修行を始めて、五年ほど経っている筈だ。
小さな手足を振り回して謝罪するグルダーニは、ヒゲがない事もあって子供そのものにしか見えない。
実際、リルとの身長差は殆どないように見えた。
「それで……、今日も素材をお持ちに……? そうであると、大変嬉しいんですが……」
「そう、そのつもりで来た。バルミーロを呼んでくれ」
「あぁ、良かった……! 親方、親方〜……!」
明らかにホッとした笑顔で胸を撫で下ろすと、グルダーニは店の奥へと駆け込んでいく。
その後ろ姿を見送って、手持ち無沙汰になった私は、店内の様子を見ながら待つ事にした。
そこには数多くの刀剣、鎧、盾が壁際に飾られている。
店の力量を示すと共に、どういった類いの品を提供できるか、それを誇示する為の物でもあった。
私はリルの背中を優しく叩くと、未だに肩へ顔を埋めているリルへ、回りを見るよう促してみた。
そうして、恐る恐る顔を上げたリルの顔が、驚きと発見で晴れやかになる。
「うわぁ……! すごいすごい……!」
「あぁ、見事なものだ。紹介制にしてもやって行ける力量、というのが分かる凄さだろう?」
リルにとって、紹介制だの、やって行ける力量だの言われても、理解出来ない所だろう。
しかし、飾られている数々の武具が、決して粗末な出来でない事だけは分かる。
大通り市場でも、こうした武具はおざなりに飾られていたが、やはりそういう所に置かれるだけあって、名品というのは目に出来なかった。
真の名品は、リルの様な真贋の分からぬ子供だろうと、目を惹き付けて止まないのだと証明している。
そうして、リルが見たいとせがむに任せて、そっちの方へと動いて回った。
五分が経ち、十分が経ち……リルが十分に満足した頃になって、足音を立てながら一人の子供体型の男がやって来た。
だが、明らかに先程までのグルダーニとは体格が違う。
子供の身長であろうとも、その腕や首や肩回りなど、肉付きが明らかに別物だ。
筋肉の塊と立派なヒゲを蓄えた、子供と変わらぬ身長の男が、私の前に不機嫌さを隠そうともせず近付いて来る。
「遅いぞ、紫銀の! 待ち草臥れたわ!」
「いきなりご挨拶だな。別にいつ来るなんて、約束してないだろ」
「かぁ〜ッ! もうお前んトコくらいしか、こっちはアテがないんじゃ! どこも品薄! 次の見込みはお約束できません、と来た! 後の頼みはお前だけだったというのに……!」
バルミーロは私の膝回りでウロチョロと捲し立てながら、私と関係ない文句を言い張る。
それに苛立ちを覚え、その小さな身体を容赦なく蹴飛ばした。
「な、何をするんじゃ!?」
「煩いんだよ。うちの子が怯えるだろうが」
「何て奴だ! 幾ら何でもいきなり――、うちの子……?」
バルミーロは今更ながら、私が何を抱いているか気付いた。
私がバルミーロから庇う様に抱いている子を見て、唖然とした表情をさせている。
私の腕の間から、リルの尻尾がはみ出ていて、それが微かに震えていた。
「何かにつけて、子供が待ってると言い訳して早々に立ち去っていたが……。それがその子か!」
「おい、お前は只でさえ声が大きいんだから、もう少し声を抑えろ。もっと蹴られたいのか?」
「なんという言い草か……! 神槌のバルミーロに対し、そんなこと言うのも……実際にやるのも、お主くらいのものじゃぞ!?」
「……蹴るぞ」
一向に声量を落とさないバルミーロに、足を振り被って見せると、両手で口を抑えて止めた。
私たリルの背中を撫でながら溜め息をつくと、手に持った鞄を小さく掲げる。
「そら、商談を始めるんだろう? お前が欲しているものがあるかどうか、実際に自分で確かめろ」




