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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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狩りとおでかけ その8

「あぁ、ベントリー……。相変わらず、軽薄に口が良く回る男だ」


「いやはや、いつもに増して手厳しい……!」


 ベントリーは弱り切った笑顔で、頭の後ろを掻いた。


 薄くなり始めた頭を櫛で梳かし、何とか形を保っている男で、不思議と弱り顔が似合う。


 しかし不思議と、侮りといった感情は芽生えない。

 それこそ、彼が商人として成功した秘訣なのかもしれなかった。


 ベントリーは挨拶もそこそこに、暖炉を一瞥するなり、興味深そうに見つめているリルを見てぎょっとする。


「もしや、あのお子様は……」


「ああ、うちの子だ。――リル、挨拶なさい」


 呼ばれたリルはすぐに振り返り、私の傍に近寄ると、ベントリーから隠れる。

 手首の辺りをギュッと握るリルの顔は、いかにも不安そうだ。


 ベントリーは恰幅が良く、身長も高い。

 五十代を過ぎて、リルにとって見慣れない男性でもある。


 彼からは見下ろす格好になって、威圧感を感じずにはいられないのだろう。

 こうした事に免疫がなく、恐ろしげに思うのは責められない。


 だから、私が頭を撫でて緊張を解してやりながら、大丈夫と安心させて促せば、リルは遠慮がちに顔を出して挨拶した。


「……リル、です。えっと……、あの……」


「こういう時、はじめまして、と言うんだ」


「はじめ、まして……!」


「よく出来ました」


 改めて頭を撫でると、リルは嬉しそうにはにかむ。


 一連の流れを黙って見ていたベントリーは、弾かれた様に身体を揺さぶり、それから深くお辞儀をして返礼した。


「ご丁寧にありがとうございます、リルさま。(わたくし)はベントリー。ケチな商売人でございます」


「このひと、ケチなの……?」


 リルが不思議そうに私を見返してくる。


 純真な疑問に思わず小さく笑ってしまうと、むしろベントリーの方が腹を揺らして笑った。


「いやはや、仰るとおり……。私なんて、ケチな小心者と評判でございますよ。そうした事で、今回の商いも、少々ケチになっても宜しいですかな?」


「宜しい訳があるか。さっさと始めよう」


 私が袖なく返しても、ベントリーの笑みは変わらず気楽なままだ。

 互いに長い付き合いなので、このぐらいの遣り取りは挨拶の範疇だ。


 私がリルに座るよう指示すると、素直に応じて椅子の上に登る。


 子供にとっては背の高い椅子だが、普段から外を駆け回っているリルにとって、その程度は楽なものだ。


 ぴょん、と跳ねてしめやかに座った。

 その様子を見守ってから、ベントリーも席に座る。


 お行儀よく座るリルを、暫くまじまじと見つめていたが、私からの視線を受けて頭を下げた。


「いや、失礼いたしました。まだ小さなお子がいらっしゃる、と話には聞いていましたが……全く、実に愛らしい」


「そうだろう?」


 一つの謙遜もなく頷くと、ベントリーは相好を崩して笑った。


「ハッハッハ、溺愛ぶりが分かろうというものですな。何度かお顔が見たい、と申した事はありましたが、如何なる心境の変化で?」


「この子も五歳だ。……そして、そろそろ六歳になる。街を見たいとせがむので、勉強のつもりで連れてきた」


「なるほど、五歳。好奇心も旺盛で、可愛い盛りですな。うちの子などは、手が掛かって仕方ありませんでしたが、リル様は親の言うことを良く聞く、良い子そうです」


「え……んぅ、良い子に……してる」


 リルは恥ずかしそうに顔を俯け、服の端をもじもじと握りながら口にした。


 普段の活発な様子からは想像できない姿を、もう少し楽しんでいたい気もするが、こういう場は好みではないだろう。


 まだこの後も用事もある事だし、さっさとベントリーとの話も済ませてしまうに限った。


「さて、ベントリー。手早く商談を終わらせてしまおう。この後も、色々回らないと行けないし、リルに美味い物の一つでも食わせてやりたいしな」


「そういう事でしたら、今こちらで軽食でも持ってこさせましょうか?」


「いや、結構だ。屋台の食べ物を楽しみにしているんだ。リルの自由に選ばせたい」


「然様でございましたか。では、長くお引き止めも出来ませんな。――でしたらば、早速商品をお見せいただきましょう」


 その言葉を皮切りに、私は鞄の中から次々と商品を取り出す。


 見た目には只の手提げ鞄でしかないが、実際その通り、これは単なる手提げ鞄でしかなかった。


 それでも内容量と釣り合いの取れない品を次々と取り出せるのは、私自身にそうして収納できる空間を持っているからだ。


 しかし、そうした特殊性を知らせない為に、『収納袋』の効果を持つ術具を所持している、と見せかけているだけだった。


「まずは、これだ」


「あ、リルもすきなやつ!」


 最初に出したのは、リルと一緒に作った果実のジャムだ。

 それぞれ瓶詰めされたものが、色合いとしても美しい。


 ベントリーの顔付きが明らかに良くなり、実に嬉しげだ。

 次に取り出したのは、水薬。


 傷を癒やす定番の物から、魔力を回復する物、スタミナ回復に筋力上昇と、その種類は幅広い。


「これはポーションだな」


「リルのちかよると、おこるやつ……」


 ベントリーは今にも揉み手をしそうな勢いで、商品を熱心に見つめる。


 これらは主に冒険者ギルドへ販売される事になるだろうが、どれも効果は一級品。

 錬金術士もろくにいないこの街では、特に有り難く思われる代物だ。


 水薬に効果で劣るが、安価に購入できる軟膏なども取り出し、それで今回の全てとなった。


「さ、これで全部だ。……幾らで買う?」


「然様でございますな……」


 ベントリーは最初にジャムの瓶を手に取り、()めつ(すが)めつして、次の瓶へと移る。


 そうして一通り見終わった後は、水薬の瓶へと手を伸ばした。

 これも一通り見つめて、最後に軟膏の蓋を開けて匂いを確かめる。


 最後に満足そうな顔をして、手元に置いてあった紙に、サラサラと書き付けていく。

 そうして書き終わるまで約三分――。


 最後に自分で確認した後、無言でこちらにその紙を差し出してきた。

 書かれていたのは、卸したそれぞれの内約だ。


 一つ一つ丁寧に書かれた最後に、合計の金額が書かれている。

 しめて合計、金貨三百枚。


 一般的な家庭なら、半年ほど生活できる程の金額だった。

 特別値切られてもいないし、適正価格だと分かる。


 何より長い付き合いで、互いに(うま)い思いが出来る金額だ。

 不満などないのだが……、ベントリーは違ったようだ。


「いやぁ……、今回は些か少量だったようで……」


「まぁ、そうだな……。今年は少し、遊び過ぎた」


 ベントリーの不満とはそれだ。

 前回より数を減らし、そして種類も少ない。


 良い商売の種なのに、その種が少ないのでは不満も出て当然、と言えた。


「もう少し多い量を期待していたのですが……、特に冬場は何かと事故も多発しがちでしょう? 質の良い水薬は、どこも有り難がられますし……」


「まぁ、そうなんだが……」


「特にジャム! お貴族様には、特に喜ばれるもので……。こちらでは砂糖が希少ですしね。どこぞのサロンで提供されたらしく、次の入荷はまだかと催促される始末なのですよ」


「そう言われても……」


 ベントリーは商品を一度脇へ退け、それからズイ、と顔を前に出す。


「うちの信用問題にもなって来るんです。……どうです? そろそろ入荷先、私に教えてくれはしませんか。無論、相応の代金はお支払いしますよ」


「私の飯の為だぞ。高い金を積まれようと、教える訳にはいかないな」


 私は顔を窓辺へと向けながら、惚けた振りしてそう言った。

 実は全て自作だ、などと公表するつもりはない。


 ベントリーには遠くから買い付けた物を、ここで卸して利益を得ている、と思わせている。


 雑味がないだけでなく、味も質も良いジャム。


 更に最上質の水薬は、どこかの高名な錬金術士が作ったものだ、とベントリーは推測していた。


 そして私は、それを否定した事がない。


 だから、どこぞの街か森に住む人物と繋がりがあり、そこから個人的に仕入れているのだ、と疑っていなかった。


「うぅむ……、やっぱりそういう返答になりますか……」


 私もそう思われている方が有り難いので、そう思わせる素振りをしている。

 ただし、何処でもそうだが、良品というのは誰もが欲しがる。


 先程の水薬の話もそうだし、ジャムを貴族が欲している、というのもそうだろう。


 商人として商いの幅を持たせたいのと同時に、上客の期待に応えて、更なる利益をもぎ取りたいのだ。


 それは商人として当然の欲求で、だから私はそれを悪いとは思っていない。

 しかし、その欲求に従って、求められるだけ応じるつもりなど、毛頭なかった。


 私はリルと生活するに当たって、不自由しない金銭があるだけで満足なのだ。


 何かの時の為に、それなりの貯蓄は必要だとして、より多くを求める気など更々なかった。


「でも一体、どこで仕入れて来るんです? 馬車も持たない貴女が行けそうな範囲は、もう調べ尽くしたつもりなんですがねぇ……」


「抜け目ないお前の事だ。相当、金も使って調べたんだろうが……、まぁ分からんよ」


「海を越えて……? しかし、日焼けもなく……」


 ベントリーは不躾な視線を向けているなど構いもせず、私とリルを交互に見つめた。


 リルが怖がり、私の袖で顔を隠す様にくっつく。

 私はその肩を撫でてベントリーを睨むと、机の上を指先でトンと叩いた。


「少ないのは悪かった。だが今は他に用意がない。だから精算してくれ。この後も用事があるんだ」


「おや、相すみません。すぐにご用意いたします」


 愛想の良い商人くさい笑いを浮かべ、部屋を出て行く。

 そうした幾ばくか待った後、ベントリーはトレイに金貨を乗せてやって来た、


 そこで改めて契約書にサインして売買を成立させると、金貨を鞄に入れて店から出て行った。


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