狩りとおでかけ その7
街の中は、常と変わらぬ活気に満ちていた。
正門から伸びる道の両端には多くの店が建ち並び、食料品や生活雑貨など、多種多様の品揃えを見せる。
当然、そこを行き交う多くの人が道の端を往来しており、その中央では馬車や乗騎した人が走っていた。
リルはあちこちに顔を向けては嬉しそうに笑い、一々指を差しては嬉しそうに報告する。
「みてみて、お母さん! あれ、まえにみたやつ!」
リルの指す方向には、街の様子を教える為に投影した店があった。
画角的にも丁度同じで、だから本物が見られて感動している。
「あぁ、布を取り扱う店だね。ここから見る分にも、鮮やかで綺麗だ」
軒先だけでも、ロール状に巻いた布が多く陳列されていた。
店には余り人が寄り付かないらしく、店主が暇そうにしている所まで映像と同じだった。
「お母さん、あれ! おっきいトリさん親子がいる!」
「あぁ……、飛翼族だな」
背中から白い翼を生やした女性は、ともすれば殆ど人間と変わらない。
そして、その女性と手を繋ぐ子供にも、同様の翼が生えていた。
二人は仲良く買い物中らしく、リルの声など全く聞こえておらず、軒先に視線を集中させている。
彼らは獣人に違いないが、この獣人というのは多種に溢れる。
二足歩行の獣にしか見えないタイプもいれば、リルを始めとした人に近いタイプもいた。
大抵の場合、人間に近くなるのは混血の結果だ。
そして大抵の場合、混血というのは疎まれる傾向にある。
だから、人にとっても獣にとっても、人に近い混血は差別対象とされて来た。
今の時代、その意識も大分、薄れては来た、
しかしそれは、あくまで昔に比べたらの話でしかなく、リルが鳥と呼んで指差したのも、非常に不躾なものだ。
私はやんわりと窘めながら、そうした事を今度詳しく説明しよう、と心の奥底に刻んだ。
「それより、ほら……。あそこに見えるのが、この街で一番大きい建物だ」
私が指差した方向には、小高い丘の上に作られた屋敷があった。
ただし、屋敷というには大き過ぎ、城と呼ぶには小さすぎる。
この街の領主が住まう家で、かつては戦時に備えて建てられた事から、あぁして防衛面を考慮した丘の上に作られていた。
「すごいねぇ……! すごい、おっきい……!」
その大きいは屋敷だけを指している訳でなく、他の汎ゆる事に掛かる言葉に聞こえた。
行き交う馬車一つ、大店の外観一つ取っても、リルにとっては未知との遭遇だ。
幾ら静止画を見せていたといっても、そこから理解し、想像できるものには限界がある。
そして、人々が行き交い生まれる喧騒すら、リルにとっては楽しい事だった。
森の中は静謐で満ちている。
時折、魔獣の遠吠えが聞こえたり、森の中に住まう鳥の鳴き声などは聞こえるが、それ以上の大きな音というは、あまり聞けないものだ。
それがリルにとっては、新鮮で面白い。
今にも手を離して走り出しそうなほど興奮していて、だからその小さな手を改めて握り直した。
暫く歩くと、立ち並ぶ店の様子も様変わりしてくる。
道に出店が並ぶようになり、食材などではなく、料理を提供する店が増えてきた。
多種多様な料理の香りが溢れ、中には甘い匂いも漂ってくる。
「ねぇ、お母さん、あれ……!」
リルが指差したのは出店の一つで、串焼きを売っている様だ。
タレで焼いたもの、塩で焼いたものと、幾つか種類がある。
その甘辛い匂いに惹かれたのだと、その顔を見れば一発で分かった。
「朝ごはん、食べたばかりだろう?」
「んぅ……、でも良い匂い……」
「そうだな。でも、奥に行けば、もっと良いモノが見つかるかもしれないぞ? 一通り見てから、決めても良いじゃないか」
「すきなの、えらんでいいの?」
「リルが良い子にしていたらね」
私が握った手で、親指の腹で撫でると、途端に目を輝かす。
そうして、今度は真剣な目をさせて、屋台や店を探し始めた。
真剣と言っても子供ながらの微笑ましいもので、私の眉尻も思わず垂れ下がる。
とはいえ、真剣に選んでいるリルには申し訳ないが、先に今日の予定を消化しておきたい。
通りの奥までゆったりと歩くと、次第に人の流れも疎らになった。
商店通りを過ぎれば、屋敷の丘を正面に丁字路へと道が別れる。
右方は職人通りや下流市民の住居へと続き、もう左方が貴族街や上流階級御用達の店舗が連なる。
ここで左の貴族街への道を選べば、いよいよ道を歩く人は見かけなくなった。
上流階級は当然として、そこと付き合いのある商家などになれば、わざわざ歩いたりしないものだ。
御者を雇用した専属の馬車を持っているものであり、またそうでないと舐められる。
品位が足りないと見做されるので、ステータスとしてだけでなく、そうした社会で生き抜く必要経費として利用するのだ。
見栄と言い換えても良い。
しかし、そうした見栄が、上流との付き合いでは重要なのだった。
「ねぇ、お母さん。こっち、お店ないよ?」
「あぁ、先に用事だけ済ませるつもりだ。帰りに何か買って行こう」
「うん」
先程までの闊達とした雰囲気がないのは、周囲の空気に当てられたからだろうか。
道を行き交う馬車の装飾、着ている者の身なり、そうしたものが明らかに違う。
着ている服だけで見れば、こちらも決して負けていない。
それどころか、むしろ華やかなくらいだ。
しかし、不躾に向けられる視線は友好的でなく、むしろ変人を見るかのようだ。
それもその筈、上流階級とは主に、人間が支配し人間の為に用意されたような地位だ。
そこに獣人が紛れ込むのだから、決して良い顔は出来ぬだろう。
それを理解しつつ、私はリルを連れてきた。
不安そうに見つめてくるリルに、元気づけるよう笑みを向けた辺りで、目的の商店へと辿り着いた。
支柱となるの石材で白壁に黒の木材を貼り付けた、モダンな印象を受ける店だ。
ドアも同じ材質で、両開きとなる取っ手に手をかけると、その前に向こう側から内側へと開かれる。
店の中は採光も良く、明るい雰囲気だ。
そして、目の前には一人の女性が、愛想よく笑顔を向けていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。店主は首を長くしてお待ちです。奥の方へどうぞ」
この店とは旧知の仲だ。
だから、この店員の顔も良く知っている。
そして、これもいつもの遣り取りだから、言われた通りに奥へ進んだ。
店の中には雑多に物が取り揃えられており、一見すると何屋なのか見当もつかない。
しかし、それも当然、ここでは何か一つを取り扱う専門店ではない。
物珍しい商品、あるいは単なる良品を仕入れ、それを貴族に売る事を生業としている。
だから、戦の前兆を感じ取れば、糧食や武器防具を扱うし、どこぞの貴族が装飾品を欲していると聞けば、それを仕入れたりと商品に拘らない。
ただし、専門の物を持たないというのは、単に便利使いされるだけで終わり、御用達として扱われたりしないものだ。
欲した時に、欲する物が手に入らないという事でもあるので、信用という意味で阻害にされがちになる。
しかしそれも、売り込みが上手となれば、それが武器として強みになる。
トードリリー良品店とはそういう店であり、そして店主のベントリーは大層、弁の立つ男だった。
店員の女性に案内されるまま、応接室に入る。
するとそこは、暖炉の火で程良く温められた、感じの良い部屋だった。
用意されているテーブルや椅子も一級品で、商談用として利用されるからこそ、隅々まで掃除が行き届いている。
私は椅子を一つに座り、帽子を脱いだ。
髪の後ろに手を入れて、解す様にして外へ流す。
そうして、視線の流れで見た壁には、農業風景を描いた絵が飾られていた。
インテリアの一つとして、また待ち時間に退屈させない為だろう。
他にも花瓶を用意するなど、他の彩りも飾られていた。
リルは物珍しそうに絵を見て、そして次に暖炉を見つめる。
暖炉の中を不思議そうに見つめては、首をこてん、と横に倒した。
「お母さん、ここに何かおいてる。へんなのもえてるよ」
「あぁ、それは薪だ。普通は、そうやって木を細かく切ったものを、暖炉に焚べて燃やすんだ」
我が家に薪は存在せず、だからリルには理解し難いのかもしれない。
冬になれば暖炉にも火を入れるが、その時に用いるのは竹炭だ。
どちらがよりポピュラーかと言えば、当然薪で、そうした常識もリルにはない。
我が家は色々と常識から掛け離れているからこそ、それを常識と認識する前に正してやる必要があるだろう。
今までは『便利だから』を理由に、それらを蔑ろにしてきた。
だが、リルの反応を見る限り、少しずつ不便を取り入れる必要がありそうだ。
「……あるいは、もっと別の……。最初は風呂焚きとかを導入するとか……」
それはそれで、面倒かつ重労働だ。
今なら五分と関わらず湯に変わっていたものを、一時間も待たねば使えない事になる。
「中々、悩ましい問題だな……」
そもそも、森には薪に適した木材がないのだ。
やろうと思えば、転移陣でどこぞの森と繋げて、そこから切った木材を持ってくる、という手間が必要になる。
いよいよ考えるのが面倒に思えて来た時、大股に歩み寄る音が聞こえて、扉の方へ顔を向けた。
「やぁやぁ、お待たせして申し訳ない! 首を長くして、貴女が来るのを待っとりましたぞ!」




