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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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狩りとおでかけ その2

「お母さん、まちにはいついくの? あした?」


「流石に、明日は無理だな」


 その日の夜、ベッドの中に入っても、リルは中々眠ろうとしなかった。

 今から行くのが楽しみで、居ても立ってもいられない様子だ。


「そもそも、遊びに行く訳じゃなくて、ジャムや水薬を売って、代わりに必要な物を買いに行くんだから……」


 そう聞かされても、リルの興奮は止まらない。

 それもその筈、リルは今まで街に入った事が、一度もなかった。


 これまで連れて行かなかった理由は、街もまた、森とは違う意味で危険だから、というのが大きい。


 だが、五歳ともなればもう少し知見を広げても良い頃だし、森以外にも世の中がある、と教える良い機会でもあった。


 この家は基本的に、森の生活だけで完結するようにしているが、足りない物はどうしたって出て来る。


 そうした物を買い足さなければ、ままならないのも事実だった。

 今も布団の中ではしゃぐリルを見て思う。


 ――リルはいずれ、森を出て暮らすだろう。


 外の世界は魅力的に映るだろうし、好奇心旺盛なリルは、きっともっと多くの物を見たいと思う筈だ。


 その時の為に、森以外の常識を教えてやりたい。

 ――ただし……。


 今も興奮醒めやらず、布団を被っても眠る気配のないリルの、お腹辺りをポンポンと叩く。


 ただし、現状リルが知る街とは、私から伝え聞く内容だけだ。


 私も年に数回行くだけだが、その度に話をせがまれ、当たり障りのない内容だけを話していた。


 街には珍しい物が溢れ、多くの人がいる。

 人だけでなく建物や店もあり、いつも何かが起きている――。


 そうした表面上の事を聞いて、いつの間にやらリルの中では理想が肥大化して、街は楽しい所、という認識が出来上がっていた。


 刺激的な場所には違いないが、その刺激は良い方向にばかり傾かない。

 そうした現実を、リルは今回、知る事にもなるだろう。


 リルは天井に向けていた顔を身体ごと向け、顔を近付けて訊いてくる。


「ねぇねぇ、まちって大きいんでしょ? おみせには、なにがあるの?」


「色々だよ。本当に色々……、口で言い切れないくらいだ。全て挙げていたら、朝になってしまうよ」


「いくのは、あしたじゃないの? じゃあ、そのつぎのひ?」


「いつだろうな……。獲物が取れたら、かな……」


 時間を無駄にしない為にも、順番が問題になる。


 そして獲物はいつだって簡単に得られないから、どうしたってそれ次第になるのだ。


「アロガ、あしたはガンバらないとダメよ。ちゃんと森で、しっかりはたらくの。いい?」


 アロガは既にベッドの下で丸くなっている。

 返事がない所を見ると、無視を決め込んだか、本当に寝ているかのどちらかだろう。


 アロガのやる気のなさに、リルは自分勝手に憤慨した。


 身体を乗り出してベッド下を覗き込もうとした所で、その肩を掴まえて寝かせる。

 そうして布団を首元まで引き上げると、胸の辺りを軽く叩いて言った。


「ほら、そろそろ寝なさい」


「ねぇ、おはなし、ききたい」


「お話……? 街の?」


「うぅん、なんでもいい」


 何でも、というのが一番困る。

 料理でも、遊びでも、寝物語にしても、それは共通する事項だ。


「……そうだな。じゃあ、こういうのにしよう。昔々、あるところに……」


 室内には蝋燭代わりの魔力光が一つ、ベッドのサイドテーブルの上で、淡い光を灯している。


 リルのお腹をゆっくりと、リズミカルに叩きながら、寝息が聞こえるようになるまで、寝物語を続けた。



  ※※※



 明くる日のこと――。

 朝起きてから……そして、朝食が済んでからも、リルの熱意は漲ったままだった。


 何かに付けアロガに纏わり付き、今日はしっかりするのよ、と言い聞かせている。


 アロガは普段と違うリルの剣幕に弱りきっており、時折こちらへ助けを求める視線を飛ばしていた。


 私はそれに生暖かい視線を返して、今だけ耐えろ、と声に出さず言う。


 それが通じた訳ではないだろうが、アロガは顔を伏せて前足で目を塞いでしまった。


 実に人間臭い態度を見せられ、ひとしきり笑った後、出発の準備をする。

 普段着と違って皮のパンツを穿き、ブーツも山歩きに適した頑丈なものを選ぶ。


 上半身も丈夫な合皮製の革鎧で、この森の魔獣を狩って作った物だ。

 腰にはベルトを巻き、そこに解体用の鉱石を削ったナイフを装着する。


 武器としてはそれだけで、他には弓も剣も持たなかった。

 獣は鉄の匂いに敏感なので、寸鉄はなるべく帯びない方が良い。


 それに、何しろ今日の主役はアロガなのだ。

 単なる練習で済ませるつもりがないのは、私もリルと同じ気持ちだった。


 アロガの狩りを邪魔しない為にも、なるべく軽装な方が良い。


 身の危険が迫ろうと、私の場合は武器がなくても何とでもなるから、これぐらい身軽な方が良かった。


 全ての準備が万端整うと、ベルトと巻き具合を調整して、最後にその上からポンと叩く。


 髪も上部で纏めて螺旋状に巻き、動きの邪魔にならないようにした。


 装備している最中の一部始終を見ていたリルは、小さな手をギュッと握って何度も頷く。


「お母さん、かっこいい!」


「ありがとう、リル。それじゃあ、良い子で家の中にいること。今日だけは外に出ないように」


「わかった!」


 元気よく返事したが、それだけで信用するには、リルは元気が良すぎる。

 台所方面へ顔を向け、困った様に笑ってから、そちらの方にもお願いした。


「リルが外に出ないよう、よく見張っておいてくれ。……頼むぞ」


「お母さんっ。リル、ちゃんとするってば!」


「うん、そう信じたいけど、普段が元気すぎるからね」


 今より幼い頃は、家中どこでも動き回るような子だった。

 その度に、()()()()()()()のご助力願ったものだ。


 本来、一時も目を離せない年頃の際でも、森や街に出られたのは、この協力者のお陰と言っても良い。


 あちらも心得たもので、任せなさい、という気合がハッキリと伝わってきた。


「じゃあ、行ってきます」


 リルの頭を撫でて、額にキスする。

 そうしてようやく、アロガを引き連れ、私は家から出発したのだった。



  ※※※



 家から西方面へ向かえば沢に出る。


 森の中を縦断する小さな川があり、魚は釣れるが泥臭くて食べられたものではない。


 また飲水に適さず、生活の糧にならない邪魔な川と言って良かった。


 ただし、これは我が家と我が領域の明確な境として機能しており、賢い獣ならばまず近寄ろうとしない、線引きとして目印にされていた。


 森の西側は獣にとっての領域で、剣虎狼(ウルガー)の生息地域でもある。


 肉食の魔獣は決して剣虎狼(ウルガー)だけという訳でもなく、他にも数多く存在していた。


 そして、その肉食魔獣が餌場とするだけの、草食魔獣が生息している、という意味でもある。


 狙い目となる獲物は多数いるが、中でも狙いは魔猪と魔鹿だ。


 どちらも草食魔獣だからと、単なる獲物と捉える事は出来ず、時に猛烈な反撃を繰り出す事もあった。


 魔獣というだけあって、その攻撃方法、あるいは逃走方法には魔力が関わる。

 マナの濃い森だけあって、その分だけ威力も高くなるものだった。


 外界の魔獣と同じ種類であれども、長く濃いマナを吸収して育った魔獣は、それだけで強力に育ってしまう。


 狩るつもりが逆に狩られた、というパターンは、この森では決して珍しくない。

 だから、此度の狩りで初陣となるアロガは、特に気を付ける必要があった。


「臆するなよ、アロガ。気配に呑まれたら、それだけで敗北するぞ」


 右隣にピッタリと寄り添って歩くアロガに、視線を向けながら声を掛ける。


 アロガはその声に反応して顔を上げたが、その様子から全く自信は感じられなかった。


 ――主人が来いと言ったから、仕方なく付いて来ている。

 表情が、その様に物語っているかのようだ。


 今はまだ冬に早い時期……。

 だから、獲物までの位置や距離を、協力者が教えてくれる。


 風の香りに誘われるように、森の道なき道を歩き、草と木がまるで道を譲るかの様に歩いていけた。


 ただし、落ちた枯れ枝などを踏めば、獲物は数キロ先にいようとも、こちらの存在に気付く。


 下生えを掻き分けるにも、慎重さが必要だった。

 そうして、風の香りに誘われ歩くこと暫し――。


 昼前の時刻に、渓流へと行き当たった。

 水は澄み渡り、家の近くの沢と違って、飲水に適している様にも見える。


 アロガはこちらの制止も聞かずに鼻面を突っ込み、浴びる様に飲み始めてしまった。


「なんだ、そんなに喉が渇いてたのか?」


 私は私で、自分の魔術で水を用意し、一口サイズにして口の中へ誘導する。


 沢と違って大丈夫そうなのは、アロガの様子を見ても分かるが、かといって安全とは限らない。


 上流には獣の寝床などあるかもしれず、そうした場合は糞尿が交じる事もあった。


 アロガのような魔獣ならば、その程度関係ないかもしれないが、こちらからすると大惨事だ。


「クルゥ……」


 水を飲んで渇きを癒やしたかと思えば、次はご飯の催促だ。

 私は眉間に指を立て、どうしたものかと首を傾げた。


「お前は少し、野生を失い過ぎじゃないか……?」


 森の狩人ならば、自ら獲物に牙を突き立てろ、と言いたい。


 風の香りは、未だ獲物の位置を森の奥底へと誘っていて、どこまで進むべきなのか分からなかった。


 もしかすると、空腹のまま数時間歩く、という事もあるかもしれない。


「けど……、飢えさせるべきかな? その方が狩りも本気になるか?」


 アロガに問い掛ける様に訊いても、アロガは物欲しそうな目を向けるだけだ。


 どうしようか、と判断を決めかねていた時、対岸の樹の上から、強烈な敵意が飛び込んできた。


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