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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第三章
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街の子供達 その1

 ようやく帰れる思った矢先にベントリーから声が掛かって、喜びを顔に出していたリルの耳が、ペタリと畳んだ。


 これまで良い子にして静かに座って我慢してたのに、ここで更に延長は流石に可哀想だ。


 私はリルを抱きかかえ、左右に揺すって機嫌を取りながらベントリーに言った。


「手短に頼む」


「勿論ですとも。時間は取らせません」


 そう前置きしてから、真剣味の増した視線を向ける。


「……どうもね、貴女の事を探っている者がいるのですよ」


「何だって?」


「無論、私は知らないと突っぱねましたがね。顧客の情報を、おいそれと漏らす訳にも参りません」


「どういう奴だった?」


「男性です。中背中肉、金の髪、糸のように細い目……。冒険者ギルドを名乗ってましたが、風体は魔術士の様で、無論この街の者ではありません。本部からの派遣だと言ってましたな」


 私は返しかけていた踵を元に戻した。

 身体をベントリーに向けて、視線を合わせる。


「間違いなく、本部と言ったのか? 王都から、ではなく」


「然様です」


 ベントリーは自信を以って首肯する。

 出来る商人は、その一挙手一投足に気を配り、決して見逃さないものだ。


 そして、記憶力にも自信があり、観察眼についても同様だ。


 商談においては、敢えて婉曲させた物言いや、勘違いさせる発言で自分の有利に立とうとする者もいるので、言葉の巧みさは必須技能だ。


 そのベントリーが断言したからには、信頼しても良いだろう。


「そうか、本部か……」


「何かなさったので? 訊ねて来た輩は、あくまで表面上、熱心でもなさそうでしたがね……。ありゃ、ブラフですな。熱心に捜している、と思われたくなかったんでしょう。上からの命令だから形式上、といった具合に見せ掛けたいのですな」


「ギルドに喧嘩売る様な真似は、した記憶ないんだけどな……。ただし、本部の人間が派遣されて来たというなら……」


 冒険者ギルドの本部は、西大陸にある。


 その興りは民衆が単に魔物()()の脅威から自衛するだけでなく、討伐に際し、その懸賞金を払い始めてから、とされている。


 つまり、その設立には懸賞金を用意できるだけの組織が、背後にあったという事だ。


 そして、その組織というのが聖鷹の塔だと、私は睨んでいる。

 表向き繋がりはないとされているが、両者共に双方向で優遇が過ぎる。


 何より、西大陸では討伐対象に魔女が含まれている、というのが大きい。


 こちらの大陸では魔女に忌避感がないばかりか、魔女によって助けられた過去があるので、表向きには討伐対象に含まれていない。


 現地の冒険者の反感を買わない為に、敢えて含めていないのだが、西大陸では未だに健在で、迫害の対象なのだ。


「……嗅ぎ付けられたかな」


「やっぱり、何かなさったので?」


「何だ、()()()()って。まるで私が、やらかして当然みたいじゃないか」


「いえいえ、滅相もない。ただ色々と、破天荒な所もおありな方ですから、色々とあるのではないかと思いまして。エルトークス商会の件もありますしね」


「あれは……、忘れろ」


 一瞬、言葉に詰まり、気不味くなって視線を逸らした。

 わざとらしく抱いたリルを揺すって、その頭に頬ずりする。


 ベントリーは苦笑しながら頷き、手の平を出口へと差し出した。


「いやはや、あれはエルトークスも貰い事故みたいなものでしたが……。まぁ、いずれにしろ、私は貴女様を信じておりますぞ」


「……うん、世話になったな。情報をありがとう」


「いえいえ、いつもお得なお取引をさせて頂いているお礼です。少しでもこれで返せたと思えば、気も軽くなります」


 普段から恩は売っておくものだ。


 私の場合、蓄財するつもりがないから敢えての低額取引だったが、商人は常に利の味方だ。


 売れる時に売っておくのが、私みたいなものには必要な処世術だった。


「ともかく、気を付けるとするよ。同じ穴のムジナだ、ラーシュにも機会があれば訊いてみよう」


「それがよろしいかと」


 恭しく礼をされ、私はそれを合図に部屋を出る。

 ベントリー直々に見送りされ、私達は店を後にした。



   ※※※



 程々に道を歩いてから、リルを地面に下ろして手を繋ぎ直した。

 ようやく開放的な空気に触れて、リルも嬉しそうだ。


 そんなリルに、私は微笑み掛ける。


「長い間じっと出来て、偉かったな」


「なんかムズカシイおはなしばっかりで、つまんなかった」


「そうだよな。お母さんもぐったりで、がっかりだ」


「がっかりなの?」


「そうとも」


 蓄財する趣味はないが、お金が無さ過ぎるのも困ってしまう。

 特に最近、私はリルを街の学校に通わせるべきか、と考え始めているから尚更だ。


 森での生活は穏やかで、憂う何かも存在しないが、リルの将来を考えると好ましい環境とは言えない。


 何をしたいか、何に興味を持つかはこれから次第だが、街で暮らしたいと思った時、下地がないでは苦労するだろう。


 周囲との協調や情緒を育てる為にも、同年代、同世代と接する機会を増やすのは有益だ。


 しかし、学校に通うはお金が要る。

 これまで私がして来た貯蓄は僅かなものだ、


 一年の間、無収入でも暮らしていける程度で、学校に通わせ、教材を揃えるとなれば心許ない。


 だから今回、大金を手に出来ないかと、秘蔵の品を解放したのだ。

 ……だがそれも、先鋭的すぎるという理由で却下されてしまった。


「予定にはなかったが、これからバルミーロの所に行くか……。そこで少し買い取りして貰って、収入を予定内に納めておきたい」


「おヒゲのおじちゃんのトコロにいくの?」


 その言い方に笑みを浮かべ、私は頷く。


「おヒゲのおじちゃんは良いな。そう、そのお髭の所に行くよ。……大丈夫、今度はすぐに終わらせるから」


「……うん」


 リルは頷いたものの、表情は晴れない。

 どうせ話は長くなる、とでも思っているような顔付きだ。


 ならば母として、リルの予想は裏切ってやらねばならないだろう。

 私はリルの手を握り直して、バルミーロの工房がある裏路地へと足を運んだ。



   ※※※



「……という訳だから、手早く頼む」


「何が、という訳なんじゃい?」


 工房に入るなり、鞄を手近な場所に置いて、開口一番にそう言った。


 中にはバルミーロ以外に、徒弟のグルダーニもいて、暇そうに茶を飲んでいる所だった。


 木製マグを傾けて、口に運ぶ途中で動きが止まっている。


「買い取りを頼みたい。いつもの量より、少し足りないんだが……。また近い内に来るつもりだ」


「おぅおぅ、買い取りならいつだって歓迎よ。お主が持ち込むミスリル銀ともなれば、尚更な。しかし、先ずは挨拶が先じゃねぇのかい」


「あぁ、良かった。ようこそ、紫銀の方。貴女のお陰で、親方の機嫌も良くなりそうですよ」


 バルミーロは客人を迎える姿勢に直して、グルダーニはお茶を淹れようと、いそいそと立ち上がって準備する。


 とりあえずリルは椅子に座らせて、私は立ったまま用件だけを伝えた。


「すぐお暇するから、査定だけ頼む。長居すると、リルが寂しがらせてしまう」


「おぉ、リルの嬢ちゃん、久しぶりじゃな。ん? ちょっと背が伸びたか? ちゃんと食べとるかい、え?」


「おヒゲのおじちゃん、こんにちわ! いつもたくさん、たべてるよ!」


「あはは、おヒゲ……! 良い呼ばれ方してますね、親方」


「うるっさいわい! おめぇは査定の準備しろぃ!」


 強面で恐れられるバルミーロだが、リルに掛かっては形無しだった。


 というより、背後で睨みを利かせている私が原因かもしれないが、ともかくリルには愛想良い笑顔を向ける。


 鉱石は量が量なので、この場で出したりは出来ない。


 だからいつもの倉庫へ移動する事になるのだが、場所を用意するのに、グルダーニが整理に向かって行ったのだった。


「それにしてもオメェ、何やらかした? 何か嗅ぎ回ってる奴いたぞ」


「ここでもか……」


「……あん? 他でも既に、話聞いてきたのか?」


「あぁ、忠告を受けたよ。何も教えてない、とは言ってくれたが」


「儂だって言ってねぇよ。ギルドの人間かもしれんが、恩人は売れねぇわな。どこに住んでるかも知らないって言っておいた。……いや、これは本当に知らんだけだが!」


 そう言って、バルミーロは闊達に笑った。


「何か拙い話かい? 手ぇ貸すぜ? 他の工房の若ぇのに声かけようか?」


「いや、そう物騒な話じゃない。その気持ちだけ、有り難く受け取っておくよ」


「なんでぇ、そうなんかよ……」


「残念そうに言うな」


 私はくすりと笑って、手で払う仕草をした。


 職人なんてものは、多かれ少なかれ、どこか血の気が多いもので、このバルミーロもご多分に漏れず、そういうタイプだった。


 だが、どちらにせよ、私を探る何者かを血塗れにする予定はない。


「実際、どういうつもりで私を捜しているのか、未だ分かってなくて……。個人的にはキナ臭さを感じずにはいられないんだが、スカウトの可能性もあるしな」


勧誘(スカウト)? 冒険者ギルド……てぇのは、そんな事もしてるんかい」


 実例は少ないが、実際にある。

 特に奴らは常に強者を求めているから、浮いた駒があれば引き入れたいと思うらしい。


 ボーダナン大森林というお宝を前にしながら、遅々として攻略が進んでいないのも、彼らの焦りを助長している所がある。


 私の情報について表面的な部分しか知らずとも、その表面部分だけで勧誘の価値あり、と見定めていてもおかしくない。


 実際に会って確かめて、情報通りなら、自分たちに引き込もうと考えるのは、不自然な事ではなかった。


 つくづく、エルトークス商会に殴り込みを掛けたのは失敗だった。

 あれで更に、色々と尾ヒレが付いて、街の外へ伝わった可能性がある。


「ともかく、査定を手早く頼むよ。今日はリルの社会勉強も兼ねて、遊びに来てるんだ。色々と教えてやりたい」


 私にしろ、ひと月に一度来るか来ないか、という頻度なのだ。

 捜しているとはいえ、この街に住んでいないのは、あちらも既に掴めた情報だろう。


 捜していようが、滅多な事では見つからない。


 そんな小さな事に囚われるより、建設的な事に目を向ける方が、何倍も大事だった。


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