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混沌の魔女と獣人の子  作者: 海雀
第一章
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森の日常 その7

「さぁ、ジャム作りは、まずしっかり果実を洗うところからだ。水洗いするから、布巾でしっかり水気を切るように」


 リルに出来る事は多くないが、かといって、何もさせないとむくれてしまう。

 中々難しいお年頃なのだ。


 お手伝いしたいと言うのもあくまで建て前で、その実は構って欲しいという理由が第一だろう。


 それを分かっているから、簡単な仕事だけ任せている。


「そら、まず果実を洗うぞ」


 私が腕を一振りすると、空中に大きな水の塊が出現する。

 水瓶からではなく、マナから作り出した手製の水だ。


 食料品を保存する際に使用すると、保存期間が延びるだけでなく、味の劣化も防げる。


 また、マナが含まれる事に喜ぶ者は多いのだ。


 人間はその微細な違いなど分からないが、献上する者達には過敏に伝わるので、こういう部分でもしっかりマナを使って行く。


 そうして、その水の塊に、果実を次々と投入していった。

 最初にやるのはベリー系で、リルに片目を瞑って合図する。


「ほら、いいよ、リル。水の中に、どんどん入れなさい」


「うん!」


 元気よく返事して、籠の中に入っているブルーベリーを、両手で掬って水塊に入れる。


 空中に浮いた水はそれらを次々に飲み込み、横へ逸れて行ったものさえ、触手を伸ばす様にして掴んでいく。


「おわった!」


「よし、それじゃあ少し離れておいで」


 全てのブルーベリーが投入されると、水塊はその場でゆっくりと回転し始めた。

 渦を巻き、その中で果実が乱回転し出す。


 右回転から縦回転、左に傾き、まだ右回転と、渦は次々と形を変え――。

 そして、果実は水流に流されるにつれ、洗浄されて行く。


「これ、お母さん、いつもやってる! おせんたくのやつ!」


「そうだな、同じやつだ」


 服の繊維を傷付けないよう、ゆっくりと回転させたり、揉み荒いの様な事もするので、その応用を活かしている形だ。


 十分に洗浄したら、水塊から出す。

 風を当てつつ、果実もまた回転させて、乾燥を速めれば、それで最初の工程は完了だ。


「次はヘタを取ります」


「へた……?」


「果実の上にある、ちょっとした出っ張りのこと。小枝と言ったりもする。実がくっ付いていた部分だよ」


「これを……とるの? いっこずつ?」


 既に嫌そうな顔をしているが、私はリルの目を見ながら、ゆっくりと頷いた。

 手早くやる方法は勿論ある。


 ……あるが、リルに仕事を与えるという意味では、これも大事な事だ。


 ナイフなどがあれば手早いが、リルに渡すのは怖い。

 手作業でも取れるので、原始的な方法で頑張って貰う。


「一個ずつ、丁寧にね。残っていると食べてる時、舌に刺さったりするから」


「んぅ……、がんばる!」


 隣に小さな籠を用意して、そこにヘタを捨てる様に指示し、その間に私は他の果実の洗浄を済ませる事にした。


 次々と、色とりどりの果実が宙を舞い、水塊の中へ投入されては右へ左へ回転していく。


 その様子だけで、一種のエンターテイメントだ。

 リルは小枝を取る事など忘れて、すっかりその光景に見入っていた。


 楽しいこと、面白い事に興味が映るのは当然だ。

 私はリルに笑い掛けて、手が止まってる、とジェスチャーで教えた。


 リルはうんうん、と頷くものの、ヘタを取ること半分、洗浄光景に興味半分と、仕事はそれほど捗っていない。


 仕方ないので、手早く洗浄と乾燥を終わらせて、私も手伝う事にした。


 それぞれ果実を、しっかり分類して籠にしまうと、リルの隣に座ってヘタ取りをする。


「ぜんぜん、おわんない……」


「沢山あるからね」


「これもかんたんに、パッとできない?」


「出来るよ。出来るけど、細かい作業はね……手元が狂いやすい。多分、半分は果実を駄目にするかな」


 それでも良いからやって、と言いそうな顔を、リルは少しの間だけ見せた。

 しかし結局言い出さず、ちまりちまり、とヘタを取り除いて行く。


 結局、これ以上ジャムを減らす事は許容できない、という結論に達したようだ。

 私も手伝うから、先程よりはずっと早くヘタ取りも終わるだろう。


 そうして実際、私にとっても手慣れた作業は、籠一杯にあったヘタ取りでさえ、あっと言う間に終ってしまった。


「後は楽なものだ。そして、面白味もない」


「えぇ~……?」


「鍋で煮るだけの事だからね。そんなのに、どんな面白味も作れないよ」


 リルは果実を洗った時の様に、何か楽しい事が起こると思っていた様だし、それを励みにヘタ取りをしていた節がある。


 しかし残念ながら、いかなる意味においても、後は地味な作業しか残っていない。


 鍋に次々とヘタを綺麗に取ったブルーベリーを投入すると、その重量の半分程の砂糖を投入する。


 自家栽培できる甜菜から抽出したとはいえ、この砂糖の量は大変なものだ。

 しかも、まだまだジャムに加工する果実は残されている。


 その分も砂糖を使うという事であり、この一年栽培と抽出を繰り返し、蓄えていたものをここで全て放出する様な勢いだった。


 この砂糖を売っても、冬を越える一財産となりそうだが、当然ながらジャムの方が単価は高い。


 だからこうして、一手間も二手間も加えて、ジャム作りなどしているのだ。


「それに、こういう作業は嫌いじゃないしな」


「……んぅ? なに、お母さん?」


「いいや、何でもないよ」


 竈の中を覗き込み、火力を鍋を強めの中火に調整して貰う。

 一言お願いし、マナを流し込んでやれば、その通りに火が熾きた。


 我が家の竈に薪はないが、こうして不自由なく火が使えるから、この生活が成り立っているとも言える。


「リルはどうする? 見ていても暇だぞ」


「んぅ……。どうしよ……?」


「まだ足が痛いんだろう? 無理せず横になって、アロガと一緒にいなさい」


「はぁい」


 未だに座った状態から立ち上がるだけでも、かなり辛そうなリルだ。

 不満そうではあるものの、素直に従ってアロガの所へ行く。


 そして、横になっていたアロガに、加減する事なく倒れ込んだ。

 アロガは一瞬、迷惑そうな顔をしたものの、それをやった相手が相手だ。


 リルがやった事なら、大抵は無条件で許すアロガだから、そのまま頭の耳付近をしきりに舐め始める。


 そのまま毛繕いでも始めそうな勢いだ。

 リルもまた慣れたもので、アロガの好きにさせている。


 きめ細かい艶やかな毛皮を撫でては、台所の様子を見るともなく見ていた。


「さて、手早く済ませてしまうか……」


 鍋の中のブルーベリーは既に水分が出始めており、砂糖と混ざってぬめりが出始めていた。


 最初に強めの火を当てておく事で、水分が早めに出て来て、鍋の焦げ付きを防ぎやすくなる。


 次第にブルーベリーが浸かるくらいに水分が出て来て、次第に灰汁(あく)も出始める。


 こうなると火を少し弱め中火にし、しばらくは灰汁取りに集中だ。


「ここまで来ると、後は早い」


 時間にして十分(じゅっぷん)前後、十分なとろみが出たそれを木べらで掬って、とろりと落ちる様になれば完成だ。


 後はレモン果汁を、作った分量に合わせて投入すれば良い。


「この分量から言うと、レモン何個だ……? 五個分くらいか……?」


 大体四百グラム毎に、レモン一個を使う。


 基本的にジャムは高級品に分類され、一つ百グラムで瓶詰するので、完成品は二十個だ。


 ブルーベリーだけでその分なら、結構な量と言えるだろう。


「後の作業は瓶詰めだけだ」


 本来、ここからが面倒な作業なのかもしれないが、私の場合は違う。


「リル、ちょっと地味じゃない瓶詰するよ」


 一声かけると、リルがアロガの上で、身じろぎするのが見えた。

 その視線を受け取りながら、鍋の中からジャムを取り出す。


 今度は木べらではなく、魔力を用いてだ。

 ジャムそのものが意志を持っているかのように、その場でくるくると回転した。


「わぁ~……!」


 リルから感嘆の声が上がった。


 これは熱を冷ますのと同時に、マナによるコーティングをしている最中だ。

 こうする事で味も良くなり、保存状態が良好になる。


 十分に冷めると、煮沸消毒した瓶の中へ枝分かれしながら入って行った。

 全てが同時に、そして均等に入り終えると、最後にコルク栓をして完成だ。


 しかし、私が販売する瓶詰はここからが違う。


 魔力を上手くコーティングし、コルクを少し開けて空気を完全に飛ばして、真空状態にした。


 本来、ジャムは冷蔵しても一月(ひとつき)しか保たない。

 しかし、完全密封状態にしたジャムは、年単位で保存できた。


 付加価値を付ければ、更に値段は上昇する。

 こういう所で、他商品との差を付けて価格を上げるのだ。


「さ、完成だ」


 瓶のコルク部分を軽く叩くと、その内三つが宙に浮き、裏口から飛んで行ってしまった。

 その後には、子供の嬉しそうな笑い声が微かに響く。


「あっ! 飛んでった!」


「あれで良いんだよ。お裾分けだからね」


「おすそー……、なんで?」


「甘いものが好きなのは、どんな種族でも共通してるって事じゃないか。まぁ、いつも協力して貰ってるお礼だよ」


「んぅ……? よくわかんない」


「その内、分かるよ」


 薄く笑って、手早く鍋を掃除する。

 そして、ジャムに加工すべき果実は、まだまだ残っていた。


 献上される他のジャムも、今か今かと待ち焦がれている事だろう。

 私は小さく息を吐いて、他の加工にも手を出し始めたのだった。


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