森の日常 その7
「さぁ、ジャム作りは、まずしっかり果実を洗うところからだ。水洗いするから、布巾でしっかり水気を切るように」
リルに出来る事は多くないが、かといって、何もさせないとむくれてしまう。
中々難しいお年頃なのだ。
お手伝いしたいと言うのもあくまで建て前で、その実は構って欲しいという理由が第一だろう。
それを分かっているから、簡単な仕事だけ任せている。
「そら、まず果実を洗うぞ」
私が腕を一振りすると、空中に大きな水の塊が出現する。
水瓶からではなく、マナから作り出した手製の水だ。
食料品を保存する際に使用すると、保存期間が延びるだけでなく、味の劣化も防げる。
また、マナが含まれる事に喜ぶ者は多いのだ。
人間はその微細な違いなど分からないが、献上する者達には過敏に伝わるので、こういう部分でもしっかりマナを使って行く。
そうして、その水の塊に、果実を次々と投入していった。
最初にやるのはベリー系で、リルに片目を瞑って合図する。
「ほら、いいよ、リル。水の中に、どんどん入れなさい」
「うん!」
元気よく返事して、籠の中に入っているブルーベリーを、両手で掬って水塊に入れる。
空中に浮いた水はそれらを次々に飲み込み、横へ逸れて行ったものさえ、触手を伸ばす様にして掴んでいく。
「おわった!」
「よし、それじゃあ少し離れておいで」
全てのブルーベリーが投入されると、水塊はその場でゆっくりと回転し始めた。
渦を巻き、その中で果実が乱回転し出す。
右回転から縦回転、左に傾き、まだ右回転と、渦は次々と形を変え――。
そして、果実は水流に流されるにつれ、洗浄されて行く。
「これ、お母さん、いつもやってる! おせんたくのやつ!」
「そうだな、同じやつだ」
服の繊維を傷付けないよう、ゆっくりと回転させたり、揉み荒いの様な事もするので、その応用を活かしている形だ。
十分に洗浄したら、水塊から出す。
風を当てつつ、果実もまた回転させて、乾燥を速めれば、それで最初の工程は完了だ。
「次はヘタを取ります」
「へた……?」
「果実の上にある、ちょっとした出っ張りのこと。小枝と言ったりもする。実がくっ付いていた部分だよ」
「これを……とるの? いっこずつ?」
既に嫌そうな顔をしているが、私はリルの目を見ながら、ゆっくりと頷いた。
手早くやる方法は勿論ある。
……あるが、リルに仕事を与えるという意味では、これも大事な事だ。
ナイフなどがあれば手早いが、リルに渡すのは怖い。
手作業でも取れるので、原始的な方法で頑張って貰う。
「一個ずつ、丁寧にね。残っていると食べてる時、舌に刺さったりするから」
「んぅ……、がんばる!」
隣に小さな籠を用意して、そこにヘタを捨てる様に指示し、その間に私は他の果実の洗浄を済ませる事にした。
次々と、色とりどりの果実が宙を舞い、水塊の中へ投入されては右へ左へ回転していく。
その様子だけで、一種のエンターテイメントだ。
リルは小枝を取る事など忘れて、すっかりその光景に見入っていた。
楽しいこと、面白い事に興味が映るのは当然だ。
私はリルに笑い掛けて、手が止まってる、とジェスチャーで教えた。
リルはうんうん、と頷くものの、ヘタを取ること半分、洗浄光景に興味半分と、仕事はそれほど捗っていない。
仕方ないので、手早く洗浄と乾燥を終わらせて、私も手伝う事にした。
それぞれ果実を、しっかり分類して籠にしまうと、リルの隣に座ってヘタ取りをする。
「ぜんぜん、おわんない……」
「沢山あるからね」
「これもかんたんに、パッとできない?」
「出来るよ。出来るけど、細かい作業はね……手元が狂いやすい。多分、半分は果実を駄目にするかな」
それでも良いからやって、と言いそうな顔を、リルは少しの間だけ見せた。
しかし結局言い出さず、ちまりちまり、とヘタを取り除いて行く。
結局、これ以上ジャムを減らす事は許容できない、という結論に達したようだ。
私も手伝うから、先程よりはずっと早くヘタ取りも終わるだろう。
そうして実際、私にとっても手慣れた作業は、籠一杯にあったヘタ取りでさえ、あっと言う間に終ってしまった。
「後は楽なものだ。そして、面白味もない」
「えぇ~……?」
「鍋で煮るだけの事だからね。そんなのに、どんな面白味も作れないよ」
リルは果実を洗った時の様に、何か楽しい事が起こると思っていた様だし、それを励みにヘタ取りをしていた節がある。
しかし残念ながら、いかなる意味においても、後は地味な作業しか残っていない。
鍋に次々とヘタを綺麗に取ったブルーベリーを投入すると、その重量の半分程の砂糖を投入する。
自家栽培できる甜菜から抽出したとはいえ、この砂糖の量は大変なものだ。
しかも、まだまだジャムに加工する果実は残されている。
その分も砂糖を使うという事であり、この一年栽培と抽出を繰り返し、蓄えていたものをここで全て放出する様な勢いだった。
この砂糖を売っても、冬を越える一財産となりそうだが、当然ながらジャムの方が単価は高い。
だからこうして、一手間も二手間も加えて、ジャム作りなどしているのだ。
「それに、こういう作業は嫌いじゃないしな」
「……んぅ? なに、お母さん?」
「いいや、何でもないよ」
竈の中を覗き込み、火力を鍋を強めの中火に調整して貰う。
一言お願いし、マナを流し込んでやれば、その通りに火が熾きた。
我が家の竈に薪はないが、こうして不自由なく火が使えるから、この生活が成り立っているとも言える。
「リルはどうする? 見ていても暇だぞ」
「んぅ……。どうしよ……?」
「まだ足が痛いんだろう? 無理せず横になって、アロガと一緒にいなさい」
「はぁい」
未だに座った状態から立ち上がるだけでも、かなり辛そうなリルだ。
不満そうではあるものの、素直に従ってアロガの所へ行く。
そして、横になっていたアロガに、加減する事なく倒れ込んだ。
アロガは一瞬、迷惑そうな顔をしたものの、それをやった相手が相手だ。
リルがやった事なら、大抵は無条件で許すアロガだから、そのまま頭の耳付近をしきりに舐め始める。
そのまま毛繕いでも始めそうな勢いだ。
リルもまた慣れたもので、アロガの好きにさせている。
きめ細かい艶やかな毛皮を撫でては、台所の様子を見るともなく見ていた。
「さて、手早く済ませてしまうか……」
鍋の中のブルーベリーは既に水分が出始めており、砂糖と混ざってぬめりが出始めていた。
最初に強めの火を当てておく事で、水分が早めに出て来て、鍋の焦げ付きを防ぎやすくなる。
次第にブルーベリーが浸かるくらいに水分が出て来て、次第に灰汁も出始める。
こうなると火を少し弱め中火にし、しばらくは灰汁取りに集中だ。
「ここまで来ると、後は早い」
時間にして十分前後、十分なとろみが出たそれを木べらで掬って、とろりと落ちる様になれば完成だ。
後はレモン果汁を、作った分量に合わせて投入すれば良い。
「この分量から言うと、レモン何個だ……? 五個分くらいか……?」
大体四百グラム毎に、レモン一個を使う。
基本的にジャムは高級品に分類され、一つ百グラムで瓶詰するので、完成品は二十個だ。
ブルーベリーだけでその分なら、結構な量と言えるだろう。
「後の作業は瓶詰めだけだ」
本来、ここからが面倒な作業なのかもしれないが、私の場合は違う。
「リル、ちょっと地味じゃない瓶詰するよ」
一声かけると、リルがアロガの上で、身じろぎするのが見えた。
その視線を受け取りながら、鍋の中からジャムを取り出す。
今度は木べらではなく、魔力を用いてだ。
ジャムそのものが意志を持っているかのように、その場でくるくると回転した。
「わぁ~……!」
リルから感嘆の声が上がった。
これは熱を冷ますのと同時に、マナによるコーティングをしている最中だ。
こうする事で味も良くなり、保存状態が良好になる。
十分に冷めると、煮沸消毒した瓶の中へ枝分かれしながら入って行った。
全てが同時に、そして均等に入り終えると、最後にコルク栓をして完成だ。
しかし、私が販売する瓶詰はここからが違う。
魔力を上手くコーティングし、コルクを少し開けて空気を完全に飛ばして、真空状態にした。
本来、ジャムは冷蔵しても一月しか保たない。
しかし、完全密封状態にしたジャムは、年単位で保存できた。
付加価値を付ければ、更に値段は上昇する。
こういう所で、他商品との差を付けて価格を上げるのだ。
「さ、完成だ」
瓶のコルク部分を軽く叩くと、その内三つが宙に浮き、裏口から飛んで行ってしまった。
その後には、子供の嬉しそうな笑い声が微かに響く。
「あっ! 飛んでった!」
「あれで良いんだよ。お裾分けだからね」
「おすそー……、なんで?」
「甘いものが好きなのは、どんな種族でも共通してるって事じゃないか。まぁ、いつも協力して貰ってるお礼だよ」
「んぅ……? よくわかんない」
「その内、分かるよ」
薄く笑って、手早く鍋を掃除する。
そして、ジャムに加工すべき果実は、まだまだ残っていた。
献上される他のジャムも、今か今かと待ち焦がれている事だろう。
私は小さく息を吐いて、他の加工にも手を出し始めたのだった。




