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【文末小話追加】疲れた悪役令嬢と忠実な侍女の話。

「マチルダ・フラガリア・アナナッサ! 貴様との婚約を破棄する!」


 ある王宮の一室にこの国の王子のヒステリックな声が響いた。

 その王子の腕には、最近の婚約破棄を言い出すものの常として露出の多すぎるドレスを着た令嬢が寄り添っている。

 その令嬢が婚約破棄の理由、というわけだ。


「承りました」


 王子に対するは、何故か診察台のようなものに横になってマッサージを受けているマチルダと呼ばれた侯爵令嬢と、その横で『承りました』と発言した侍女だった。


 王子は怪訝そうな目で侍女を見やる。

 その侍女はマチルダの筆頭侍女だった。


「何でお前が答える」

「マチルダ様は疲れておりますので、私が代わりに答えております」


 マチルダの侍女がすぐさま返答する。

 マチルダはマッサージを受けながら目をつぶっていて、今までのやりとりに反応もしていない。


「貴様っ! あまりにも無礼ではないのかっ! いつもいつも少し仕事ができるからと言って俺を見下して!」


 と、王子が激高してマチルダに掴みかかろうとしたところで、部屋のドアが乱暴に開き、


「アナナッサ嬢! そろそろウチのダメ王子が婚約破棄したところではないですかな? そろそろ下の王子との婚約承諾証にサインをお願いします!」


 と、すっとんきょうな声を出しながら、頭の一部が著しく少ないこの国の大臣が現れた。

 王子がその勢いにひるんで引いたが、大臣は気にせずに部屋にずかずかと入り込んでくる。


「大臣、マチルダ様は第2王子殿下が18歳の自分よりも4つも年下な事を気にされておりますし、何しろ疲れておりますので、辞退させて欲しいと申しております」

「はっはっはっー! またご冗談をっ。アナナッサ嬢なしにはこの国はもはや回りません。下の王子と結婚してぜひとも王妃となり、その才能を更にこの国の為に役立てていただきたいのです!」


 侍女と大臣は違和感なく会話を始める。

 王子はその様子を腕にぶら下がっている令嬢と共にポカンと見詰めた。


「マチルダ様はすでに、『王国魔術師団相談役』『魔道具開発技師相談役』『宰相補佐の補佐』『魔獣騎士団特別補佐副団長』『外交特別接待役』『外交特別担当通訳』等々、色々な事を行っております。この上に『王妃』はもう無理だと再三申しあげておりました。本日もたった1時間ようやく空いた寝る食べる以外の自由時間をようやくマッサージを受けながら仮眠をとっております」

「いやいや、まだまだアナナッサ嬢はやれます! 儂はそう信じております」

「勝手に信じられても困ります、とマチルダ様は申しております。お静かに」


 マチルダ本人はマッサージを受けつつ寝ていて何もしゃべってはいないが、侍女が代弁者として大臣と話を続けている。


「アナナッサ嬢さえいれば、この国はまた昔のように栄華を極められると儂は信じております」

「だから、勝手に信じられても以下略でございます。マチルダ様一人に頼りまくるこの国の役人たちは恥ずかしくないのですか。マチルダ様はとにかく疲れていてもう絶対に同情からサインはしないと申しております」

「恥ずかしくありません! とにかく儂はサインを頂けるまでここで騒ぎます。王妃に! いえむしろ王になりましょう!」

「……ちっ、結局、ドアを閉めれば叩き続けるし、開けておけばうるさくするのか」

「何か?」

「聞いておりましたよね?」


 散々、侍女と大臣は騒がしいやり取りを繰り広げて、侍女に、


「この部屋を今すぐに出て静かにしなければ殺す! 絶対にだ!」


 と言われて大臣は渋々退出していった。

 ついでに婚約破棄を申し出た王子も王宮騎士が連れて帰っていった。


 侍女は気を失ったように目をつぶっているマチルダを見て(実際に多分気を失っている)、腹をくくったように頷いた。


 ---


 マチルダは、あれから1時間後にきっかりと起きて、様々な仕事をこなした。


 そして、予想を外さずに急なトラブルが起きて助けを求めている大臣のフォローをしている内に深夜となり、また婚約承諾証に大臣がサインを求め始めた所でマチルダは気絶した。

 それでようやくマチルダは解放された。


 ……。

 ………。

 ……ゆら。

 ゆらゆら……。

 ゆらゆらゆらゆら……。



 マチルダは、ふと、自分が小舟に乗って揺れている夢を見ている事に気づいた。

 明確に夢だとマチルダには分かっていた。

 小舟で遊んだのなんてほんのまだ小さな頃だったからだ。

 何でも色々できてしまうマチルダは小さい頃から早々に遊びではなく、勉強に作法に魔法にとありとあらゆる事を詰め込まれた。

 ありとあらゆることを押し付けられた。

 そして人々はマチルダに押し付けると一様に安心した顔をする。



 マチルダの頭は連日の仕事で疲れて痛く重かったが、目を開けなくてはいけないような気がして、無理やり目を開けた。


「あら? マチルダ様。目を覚まされたのですね。まだ寝ていても大丈夫ですよ」


 マチルダの一番信頼している侍女の声がした。

 マチルダのぼやける視界に、深くフードを被った侍女が映る。

 どうやらマチルダは輿に乗せられてどこかへ運ばれているらしい。


 辺りは所々魔法の街灯に照らされてはいるものの暗い。

 いつも時々王宮の窓から見る城から城下町へ続く長い坂の途中だった。

 マチルダが過労死しそうなほど働いて大切にしている国の国民たちは、今は皆寝ているようで街灯だけがほのかに灯っている。


 マチルダの脳裏は疑問で埋め尽くされた。


「いいですか、マチルダ様。聞いてください。私は同志と一緒にマチルダ様を誘拐しました。これからは隣国で私と同志と一緒にのんびり楽しく暮らします。拒否するなら私と同志はここで首を切って死にます」


 そのマチルダの疑問の嵐を遮るようにきっぱりと筆頭侍女が宣言する。

 マチルダを見つめる筆頭侍女の目は血走っていた。

 侍女の表情は冷静なのに目だけが爛々と光っている。


 輿を担いでいる4人の男女(小さい頃から信頼している従者や侍女だった)も、輿を落とさないように前を向いているが『うんうん』と同意するように頷いていた。


「あなたと一緒に行くわ」


 マチルダの優秀な脳はかつてないほどフル回転して……、瞬時に答えを出した。


 貴族として大事にしなければならない今は安らかに寝ている国民たち。

 小さい頃から傍にいてくれて付き従ってくれている侍女と従者たち。


 マチルダに小さい頃から付き従ってくれている侍女には、ずっと小さい頃から心配をかけ続けていて、でもその心配を無視して働き続けてきた。

 今、着いていなかければ本当に侍女たちは死んでしまうだろう。


 でも、国民は私がいなくても死なない。


 侍女たちはマチルダのその答えに満足して頷いた。


「では、お休みください。私たちには全員で力を合わせて姿消しの魔法をかけているから大丈夫です」


『私たちでもそのぐらいはできるんですよ……』と、侍女が小さく呟いた。


 マチルダは『もう休んでもいいんだ』と認識すると、急にまたハンマーで頭を殴られたように強い眠気が襲ってくる。

 ここ数年、安心して眠れたことなどなかったけれど、ユラユラと揺れる輿の上でぐっすりと眠れる気がしていた。



「おやすみなさい」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↓小話追加しました


【マチルダ様の幸せな生活】


「マチルダ様ー、おいしい苺を届けにきましたー!」


 遠くから幼い声が聞こえる。

 マチルダは今日もゆったりした気持ちで目を開けた。

 傍らには従者の一人が控えていて、声は窓の向こうから聞こえるようだ。


 ベッドから降りて、窓を開けると屋敷の外の窓の下に苺らしきものを持った近所の子供が手を振っているのが見えた。


「いつもありがとう。嬉しい。前に頂いたリンゴもとても美味しかった」


 マチルダは手を振り返す。

 マチルダが貴族の言葉などではない飾らない言葉で謝意を伝えると、苺を持っていた少年は嬉しそうに笑った。


『ここではお礼だって気軽に言えるし、善意の物々交換だって好きにできる。あの子にはまた昨日作っていた魔法回復薬を届けさせよう』


 マチルダが趣味で作っている魔法回復薬を渡すと、皆、一様に喜んでくれた。


『私も喜んで皆も喜んでくれる』


 そんな夢のような優しい生活をマチルダは送っていた。



 ----事の始まりは、輿に乗せられて隣国アイステリアへ移住したことだった。


 元の国で、国の為民の為に頑張っていたマチルダは、周りに居てくれる侍女や従者に相当な心配をかけていた。

 元の国で働き過ぎて、頼って来る人や国民の人たちが心配で気絶するようにしか眠れなくなり、マチルダはもう自分が起きているのか夢の中で仕事しているのか、常に頭痛もするしで、自分では自覚していなかったが追い詰められていた。


 そして、マチルダの過労死を本気で心配した侍女と従者たちによって、隣国アイステリアへ連れてこられた。


 隣国アイステリアの王都から程々に離れた小さな町『マチルダ』(マチルダの名前と同じ名前なのは偶然とマチルダは聞いていた)で新生活を始めたマチルダだった。

 ここ4~5年でできた新しい町だそうで、施設の何もかもが新しく綺麗でマチルダの好みであった。

 町『マチルダ』の住民たちは新しい町を支えようというやる気のある人たちばかりで、皆、町の人は若々しく健康で元気に満ちている。

 マチルダが心配して一生懸命支えなくても、町民たちは優しく健康で特に悩みもなかった。


 というわけで、マチルダは自分がいなくなったら死んでしまう侍女や従者たちの為に、町『マチルダ』の町民たちを見習って、自分も優しく健康で幸せな生活を送ろうと努力していた。


 ここの生活を始めてから、まず近所の人たちが果物をくれたりと食べ物を分けてくれるので、自分も得意な魔法薬を作ってお返しをすると喜んでくれる。

 町の人たちは健康で特に魔法薬は必要ないのだが、遠くに住む親せき等に送る人が多かった。

 マチルダの作る魔法回復薬は元の国でも順番待ちの需要で、どんな病気でも大体治ると評判だし、傷にかけるとたちどころに傷がふさがるとの事だった。(だから元の国では『魔道具技師開発相談役』『王国魔術師団相談役』に就かされていた)

 でも、特にマチルダは魔法回復薬を作ることを強要されない。魔力の使い過ぎで倒れても『マチルダ様がすぐに薬を作ってくれないと貴族の何々様がお隠れに……!』みたいな事を言って脅してくる人はこの街にはいなかった。


『そもそもアイステリア王国が比較的魔法が使える人が多いからかもしれない』

 とマチルダは思っていた。

『お互い同じような力を持っていればどちらかに頼るみたいなこともないものね』

 とマチルダは納得していた。


 マチルダの毎日はとても充実していた。

 毎日、朝は鳥の鳴き声(この街には珍しい鳥がいっぱいいる)やかわいい近所の子供の声で起きて、侍女に手伝ってもらってゆっくりと着替えて、ゆっくりと味わって新鮮でおいしいものを食べる。


 その後、昼までは趣味でゆったりと古文書を読んだり(翻訳しながら)、ただのマチルダになっても交流してくれる近隣国の貴族や商人や元の国の家族と文通をしたり(もちろんもう外交的な用事ではなく他愛のない話題、とマチルダは思っている。元の国はそこまで酷い状況ではないらしいという事もすでに文通で分かっていた)、珍しくて飼った魔獣の世話をしたり(様々な文献で研究して独自の飼育方法を編み出している)、魔道具や魔法薬を作ったりと好きな事をする。


 そして午後からは日によって気分によって違うが、ある日は侍女と一緒に散歩がてらに町の商業ギルドへ趣味で作った魔法回復薬を売りに行くことにした。


「魔法回復薬は今日は3本くらい売りに行こうかしら」

「よろしいかと存じます」


 首を傾げるマチルダに、侍女は薄く微笑んで頷く。


「こうやって自分でギルドに売りに行くなんて新鮮で楽しいわ。自分でお金稼ぐって楽しくて面白い事なのね」


 世間ずれしていないマチルダの言葉に、侍女は満足そうに何度もうなずく。


「マチルダ様に楽しんでいただけて、商業ギルドもさぞや感謝の気持ちでいっぱいでしょう」

「そうかしら、やっぱり皆のお役に立てるって嬉しいものね」


 マチルダが商業ギルドに着くと、いつもどおりすぐにギルド職員がマチルダを小部屋に通してくれて、すぐに魔法回復薬の査定に入ってくれた。


「急がなくて大丈夫です。時間はありますから」


 マチルダは昔なら決して言わなかった言葉が口から出て、そんな自分に驚きつつもゆったりとほほ笑んだ。


「いつも安定した高品質の魔法回復薬を納品して下さってありがとうございます」


 とギルド職員はうっすらと涙を浮かべながら、マチルダに感謝を述べる。


「え、そんなに……?」


 涙ぐむギルド職員に、マチルダが疑問符を浮かべると、


「この部屋は少々埃っぽいようですね。目に埃でも入ったのでしょう」


 と侍女がすぐにフォローをしてくれる。


「あ、ええ! そうです。マチルダ様の前で申し訳ありません。埃が……!」

「あ、そうだったのですね」


 マチルダは何回もお辞儀をするギルド職員に見送られながら、ギルドを出て侍女と一緒に町の散歩を始める。

 町『マチルダ』の治安は町民に支えられて相当高い水準だ。

 マチルダが散歩するのに何も危なくないというのは、マチルダにはとてもありがたく新鮮だった。

 何せマチルダが侯爵令嬢だったころは厳重な警備の元で騎士団に囲まれての外出だったし、王宮から逃げないように常に見張られていたから。


 と、そんな風に思っていたマチルダの前に突如人影が差した。


「マチルダ様! 僕の家族に魔法回復……っ!」

「おーい、ジャック! ここに居たのか! 探したんだぞ! お前まだじゃがいもの皮むき終わってないし、来週のマチルダ感謝祭の用意いそがないと」

「ジャック! こっちにも手を貸してくれ。……えっと、感謝祭の件だ!」

「ジャック! マリアが探してたぞ! このこのっ!」


 マチルダに向かって何か言いかけた少年を周りの少年たちが引っ張って連れていく。


「何か私に用だったのじゃないかしら?」


 マチルダが侍女に向かって首を傾げると、侍女も困ったように首を傾げた。


「そのようですかね? 他の者を使いに出して取り急ぎ用を聞いてまいりましょうか?」


 わいわいと騒ぎながら去っていく少年たちをマチルダは侍女と二人で見送る。

 マチルダはその申し出に少し考えた。


『前にもこんな事があって、用を聞いてきてもらったら、町名になってるだけあってメジャーな名前だから、他のマチルダと間違えたとかって聞いたわ。ウチの屋敷の人たちは忙しいから、私の気になる事でそんな風に煩わせてはだめよね』


「ううん、いいの。少し気になっただけ」

「左様でございますか。来週には感謝祭もありますから色々と町人も混乱しているのかもしれませんね」


 マチルダの返事に、侍女は心得たというように頷いた。


「マチルダ様も感謝祭ではピレネー子爵子息様と周る予定がありますから色々お支度が必要ですね」

「そうそう、男性とお祭りをめぐるなんて初めてだわ。貴族様と私なんかが良いのかしら」

「この国では貴族と平民の交流は結構あるようですから」

「そうね、いけない。元の国の文化がまだ抜けてないわ」


 侍女の言葉にマチルダの興味は来週のお祭りに移る。

 商業ギルドで偶然知り合ったピレネー子爵令息様と約束していた、マチルダにとっては初めての異性とのデートだった。

 ピレネー子爵はこの地域を治める貴族で商業ギルドも視察に来ていたとの事だった。

 ピレネー子爵令息はマチルダと初めて会った時からマチルダに好意的に接してくれており、ゆっくりとマチルダとの心の距離は縮まってきている。

 マチルダの方も紳士的なピレネー子爵令息に少しずつ惹かれ始めていた。


 マチルダの心は、ほのかなトキメキと、ゆったりと穏やかに続く日常への幸せで満たされていた。


「ねえ、私、幸せだわ」

「それは、ようございました」


 マチルダがそう言って侍女に微笑みかけると、侍女も満足そうに頷く。


 マチルダの目の前には美しい街並みが広がり、笑顔溢れる町民たちが歩いている。

 ……マチルダはとても幸せだった。

読んで下さってありがとうございました。

輿に乗っている令嬢を書きたくて書きました。

※もちろん、小話の町「マチルダ」はマチルダ様の為に1から10まで作られた町です。

もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。

また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
すごい! お嬢様のために街を作ってしまう忠臣たち… 鉄壁の防御の侍女に惚れる シリーズで読みたいです ご負担になるかもですが ほのぼのスローライフに見せかけた家中のものの奔走と愛 素晴らしい!
>>マチルダは『もう休んでもいいんだ』と認識すると、急にまたハンマーで頭を殴られたように強い眠気が襲ってくる。 その後、マチルダは再び眠りから覚める事は出来たのでしょうか……?(震え声 諸々の反動…
何かストーリーというより最後のワンシーンのために必要な部分をダイジェストしたようで、 綺麗に最後のワンシーンに辿り着いて、あぁ安眠できてよかったな、なんかこっちもよく眠れそう・・という不思議な読後感で…
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