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第三話:ブリーフィング「資源調査」

 商業都市ティレムスは、俗に言う五大企業──伽御廉(かみかど)重工、SAVIOサヴィオ、アルジャバール、ベルトリーニ工廠、ゼニット・コンツェルン──によって築かれた経済と交易の要衝であると同時に、海洋惑星メルヴィル最大の浮揚都市でもある。


 総面積およそ300平方キロメートル、常駐人口約200万人を誇り、その広大な弩級浮揚基盤(メガ・フロート)は、どこまでも青い海原に人工の島々を広げ続けている。


 インスマス号が寄港したのは、ティレムス北側に位置する「アウステル港」区。


 巨大貨物船や採掘艦が数多ひしめき合うこの港は、都市の──否、この星の市場経済の生命線とも言える場所であり、流通物資の大部分がここを通過する。


「まず、クォーツ片の売却は順調でしたわ」


 円滑に進んだ取引を思い返しながら、セレジアは静かに話を切り出した。


 彼女はインスマス号の艦橋にB・Bとバートラムを呼び、簡素なブリーフィングを行っていた。その声は、自らの商才を確信する自信に満ちた響きを伴っていた。


「資金は整いました。次は、予定通り開拓者ギルドに加盟しますわ」


 セレジアは手元のスマート・パッドを操作し、広域情報通信網である「オービタル・リンク」へとアクセスした。開拓者ギルドへの加盟は比較的容易で、オンラインで必要な書類を提出し、いくらかの支援金を振り込めば完了する仕組みだ。


「……と、これでわたくしたちのクランは、合法的なアビサル・クォーツ採掘事業者──つまりは開拓者となりました。知っての通り、ギルドへの加盟は様々な恩恵が受けられますのよ。その中でも最たるものが、依頼の斡旋ですわね」


 彼女の細い指がスマート・パッドの画面の上を滑り、次々と依頼のスレッドが立てられる掲示板のページを開く。


「依頼は規模と報酬ごとに分類され、わたくしたちの開拓者ランクと密接に関わっていますわ。開拓者ランクは依頼の達成回数と信用度に応じて上昇し、それによって受けられる依頼の幅も変わりますの。……B・B、聞いていまして?」


 セレジアは淡々と説明を続けながら、B・Bにちらりと視線を送るが、彼はまるで話を聞いていないかのように、窓から揺れる水面を眺めていた。


「──よくってよ。B・B、貴方向きの依頼を見繕ってありますの」


 彼女の言葉に反応したかのように、B・Bは僅かに顔をこちらに向けた。


 彼は無表情のまま何も言わなかった。虚ろな瞳には、心ここにあらずといった風情だけが漂っている。セレジアは今さら、彼にリアクションを期待してはいない。

 B・Bが戦いにのみ惹かれる性なのだということを、彼女もよく知っている。


「今回はATSアスコリ・トランスポートシステムズ社からの依頼ですわ。彼らが買い取ったルコール海域D143の資源調査。作業自体はいつも通り、海上からセンサーポッドをGSで投下し、アビサル・クォーツ鉱脈の存在を確認するというもの。まあ、簡単ですわね」


 セレジアはスマート・パッドを掲げ、いくつもの氷塊が浮かぶルコール海域の空撮映像を二人に示した。メルヴィルの北極点に近いルコール海は、常に寒冷前線の影響下にあることから、年間を通して厳しい気候条件にさらされている。


 強風と氷雪が吹き荒ぶ極寒の海域。昼夜の周期も不規則かつ不安定で、太陽が低く昇ったまま消えることがない白夜のような現象が続くことさえある。


「注目すべきは、鉱脈を見つけた場合の追加報酬と、これが複数の開拓者が参加する物量作戦であるということ。ここから導きだされるのは──」


「……競争」


 B・Bの瞳が、かすかに光を取り戻す。

 セレジアはほくそ笑んだ。

 やはり彼は、この依頼に食いついてくれた。


「お嬢様。この作戦において、他の開拓者との衝突はどの程度許容されるのでしょうか? ギルドの規約では、故意の戦闘行為は禁じられていると聞きますが……」


 ふいにバートラムが口を開いた。

 セレジアは軽く肩をすくめる。


「バートラム。残念だけれど、そのルールはとっくに形骸化していますの。ざっと調べても、過去三年の間に、強奪や襲撃でライセンスを失効した開拓者は一人もいませんわね。当然、今回の作戦でも妨害行為が発生することは予想できますわ」


 彼女はスマート・パッドを畳み、B・Bを見据えた。


「もちろん、こちらから手出しをする必要はありませんわ。ただ、煩いハエが居たのであれば……容赦なく叩き潰してくださいまし。よろしくって?」


「任務了解。──ブリーフィングは終わりか?」


 セレジアが「ええ」と答えると、B・Bは立ち上がり艦橋を後にした。

 その背中は冷たく無感情なもので、彼はどこか無機質な存在に思えた。


「……お嬢様、B・B様は本当に大丈夫なのでしょうか?」


 不安そうな声と共に、老執事の眉根が下がる。

 セレジアはティーテーブルに着き、クスクスと笑った。


「同業者たちを皆殺しにしないか心配かしら?」


「正直に申しますと、その通りにございます。何せあの方は……」


「──強化兵士のアーキタイプ。戦いに最適化された人類の最初の一人。だからこそよ、バートラム。彼は必ず、私の命令に従ってくれますわ」

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