第二十六話:地獄の花
インスマス号は展開したカタパルトをオクシリスに向け、静止した。
「機関停止、船位固定!」
「GSカタパルトの展開完了。進路クリアです」
「自律砲台『ゴリアテ』の起動を確認──」
指示と報告が飛び交う艦橋で、セレジアは険しい顔つきのまま言った。
「くれぐれも近づきすぎないで頂戴。インスマスは案外、脆いんですのよ」
「──了解!」
モニター越しのゴリアテの姿を見て、セレジアは些か怖気を覚えた。
きっと、地獄に植物が生えていたのなら、こんな感じの姿だろう。
オクシリスの南港湾部では、外敵の存在を察知したゴリアテが覚醒し、その異形を立ち上がらせていた。まだ有効射程外ではあるが、その威圧感は半端ではない。
長い首の先の砲身が、灼熱化したプラズマ粒子のカタマリを集束させている。
あれに当たればGSだろうと採掘艦だろうと──轟沈は免れない。
セレジアはインカムから伸びるマイクを口元に寄せた。
「ナイア、準備はよろしくって?」
『いつでもオーケー!』
明るい声が返答する。彼女の《ダブル・ダウナー》は、インスマス号の甲板に固定された状態で"ハリーフ" グレネードランチャーの狙撃体制を整えていた。
だが、それだけではない。彼女の機体の隣には、同様の装備をした《ライカントロピー》の姿もあった。腹ばい状態の機体のコクピットで、ジョニーがぼやく。
『俺に吹っ飛ばされても恨むなよ、青いの』
『──お前のことは、信じている』
『けっ。勝手に言ってろよ、気色悪いな』
言いながらジョニーは、射撃管制装置の設定を再確認した。
……問題ない。《ブルー・ブッチャー》に搭載されたカティアとのデータリンクも正常に機能している。これなら、寸分違わず目標地点に撃ち込めるはずだ。
『B・B。最後は貴方ですわよ。聞くまでもないでしょうけれど、爆風の中を死ぬ気で駆け抜ける準備は出来ていまして?』
発進カタパルトに主脚を接続した《ブルー・ブッチャー》のコクピットで、彼は二本の操縦グリップを握り直した。正面のメインコンソールに光が灯る。
胸部装甲を兼ねた前部ハッチが閉鎖すると、B・Bは慣れた動きでグリップとペダルを交互にガチャガチャ触り、テンションの調整を確認した。
操作性には何の違和感もない。マハルの仕事は流石の出来栄えだった。
B・Bは集音マイクに応える。
「──問題ない。いつでも出撃可能だ」
『よろしい。では、手はず通りに《ブルー・ブッチャー》のカタパルト射出と同時に、最初の砲撃をお願い。砲撃地点はカティアがリアルタイムで計算しますわ』
砲撃地点。それは《ブルー・ブッチャー》の進路前方、およそ10メートル前だ。まずはインスマス号甲板の二機が同時に砲撃を行い、海面爆発を引き起こす。
ここで生じた大量の水飛沫が《ブルー・ブッチャー》を覆い隠せば……。
──レーザーは機体に到達する前に消える。
『ミッション開始ですわ』
セレジアの淡々とした号令と共に、B・Bはペダルを踏みこんだ。
無骨なカタパルトが軋んで、レールから機体が超高速で撃ち出される。
同時に凄まじい砲声が鳴った。ナイアとジョニーの二人による砲撃だ。
B・Bは構わずペダルを踏み続けて、機体をさらに加速させた。
メインモニターの中では、海面の景色が遥か後方へと流れていく。
遠くそびえるゴリアテの異形が、みるみる内に大きくなった。
『主殿、間もなくレーザーの射程範囲じゃ!』
カティアの叫びと共に、機体のアラートが鳴る。
ゴリアテからの照準警報ではない。
後方からの飛来物──グレネード砲弾の接近を知らせるものだった。
『──当たるなよ、青いのッ!』
二発の砲弾は《ブルー・ブッチャー》の頭上を通り過ぎ、眼と鼻の先で爆発を引き起こす。大きな水柱がのぼり、大量の飛沫が機体の装甲を濡らした。
『来るぞ、主殿!』
水のカーテンの向こうで、青白い閃光の奔流がほとばしる。
遂にゴリアテは、光の矢を放った──。
『B・B!』
「────問題ない」
青白いガスの中から《ブルー・ブッチャー》が飛び出し、再加速する。
装甲の表面にいくつかの焦げ跡こそ見えるが、大きな損傷はない。
『クール! セレジアさんの言った通りだ』
『喜んでる暇はなくってよ! 次弾発射まで10秒前ですわ!』
『けっ、これをあと二回か。集中力が持たねーよ……』
インスマス号甲板の上の二機が、再び“ハリーフ”を構える。
便宜上「レーザー砲」と呼ばれているものの、ゴリアテは厳密には光学兵器ではない。本来、レーザーとは光の波長に基づく現象であるが、ゴリアテが行っているのは微細に粒子化したアビサル・クォーツの電離分解によるプラズマの発生だ。
チャンバー内でプラズマ化したアビサル・クォーツは、電離作用によって瞬時に灼熱化し、音叉のような二又の形をした砲身の間へと送られて、集束される。
この灼熱化したプラズマを、電磁砲の原理で打ち出すのがゴリアテだった。
砲撃は光速ではないし、その弾も、防御不能な光そのものではない。
であれば──、着弾より早く障壁を作ってしまえばいい。
大量の水飛沫を即席の「爆発反応装甲」として使う。
それが、セレジアの考え出したプランだった。
灼熱化したプラズマが水飛沫に連続して接触することで、急激な加熱が発生し、ここで「水蒸気爆発」と呼ばれる現象が発生する。爆発がプラズマのカタマリを吹き飛ばすことで、熱量の著しい散逸を引き起こしたのだった。
これによって《ブルー・ブッチャー》の損傷は、いくらか軽微なものとなる。
『第二射、来るぞい!』
再び、グレネード砲弾が生み出した無数の水柱が視界を塞ぐ。
《ブルー・ブッチャー》は身をかがめた。
連鎖する爆発が、凄まじい衝撃でフレームを軋ませた。
「──くっ……」
『まだ生きてんのか!?』
『兄貴、言い方!』
機体のダメージ・ステータスのモニターが真っ赤だ。直撃は免れているとはいえ、連鎖する爆発の中を突き進んでいるのだから、やむを得ない。
爆風がフレームを、アクチュエータを著しく損傷させている。装甲でカットしきれなかった熱もまた、B・Bの肌をチリチリと焼いた。ひどい耳鳴りもする。
それでも彼は、ペダルを踏み続けた。
『ラストじゃ、主殿ッ!』
『えっ……──ジャムった!』
インカムから、ナイアの怒声が耳を刺す。
ジャム──装弾不良。弾か銃火器のどちらかに不具合が生じて、正常に給弾や装填が行われない故障。《ダブル・ダウナー》の“ハリーフ”は使えなくなった。
『なんじゃと!?』
「構わない、ジョニー! やれ!」
『クソッ……俺を恨むなよ、B・Bッ!』
《ライカントロピー》がトリガーを引いた。榴弾軌道を描いて空を舞ったグレネード砲弾が《ブルー・ブッチャー》の左前方向に着弾する。B・Bは怒涛のペダル捌きを見せ、機体を即座に傾斜させた。まるで“水切り石”のように機体が跳ねる。
『おわあぁーーっ!』
「くっ……がぁっ……!」
きりもみ回転する視界の中で、B・Bはどうにか海面を捉え、機体の主脚を着水させた。その位置は水飛沫の真後ろ。一瞬、躊躇う。近すぎたか──。
轟音と閃光。
そして、音が消失する。
意識が揺らいだ。視界が曖昧になる。B・Bは肉体の感覚だけを頼りに、ペダルを踏み、操縦グリップを手繰った。かすんだ目を開き、モニターを注視する。
──見えた。
地獄の花のようなゴリアテが、トドメを刺そうと首をもたげている。
武装展開、モーターナイフ“藍銅”をアクティベート。右腕に保持。
「……はァッ!」
裂帛の叫びと共に《ブルー・ブッチャー》は“藍銅”を鋭く投げ放った。
ゴリアテの砲身を形成する二本のバーの隙間に、それは深々と突き刺さる。
チャージされていたプラズマが、異物と干渉して炸裂した。
砲身の裂けたゴリアテは、のたうち回るようにボディをくねらせる。
苦しみぬいた後、やがて命を持たない機械は死んだ。




