第二十五話:オクシリス陥落
オクシリスは、長年に渡ってアルジャバール・インダストリーが治安・行政契約を請け負い、実質的な支配力を持っている浮揚都市のひとつである。
彼らは都市内における警察組織の運営、近海防衛などの治安維持を包括的に担当することで、オクシリス都市政府に対する非常に強い影響力を行使してきた。
だが、この日──。
『──SAVIO社武装部隊に告げる。これ以上の前進は認められない。諸君らの行動は重大な軍事侵犯である。ただち進軍を停止し、ここから退去せよ!』
『アルジャバールに告ぐ。こちらは御社警備状況への強制監査を都市政府より認められている。ただちに権限を確認の上、速やかに武装解除せよ。繰り返す──』
スピーカーによる怒声の応酬。
オクシリス南港湾部には、対峙する二つの部隊の姿があった。
都市を背にするアルジャバール・セキュリティ・フォージ(=ASF)がバリケードを展開し、一方のSAVIOから派遣された監査部隊と睨み合う。
両陣で並び立つ無数のGSには、増加冷却用の海水タンクが装備されており、両軍ともに市街地戦闘の準備が完了しているのだということを如実に表していた。
『SAVIO社武装部隊に告げる。我々は貴官らに付与された強制監査権の正統性を認めていない。これ以上の接近は軍事行動と見做す……!』
ASF側の部隊指揮官が、張りのある声で叫ぶ。
しかし、SAVIOの監査部隊は一向に退くつもりはない。
『これ以上の抵抗は、都市政府への反逆行為と見做し、実力で排除する。繰り返す。これ以上の我々に対する無意味な抵抗は、都市政府への反逆として──』
南港湾部から沖合のGS母艦「リヴァイアサン」の指揮通信室にて、ミゼッタ・V・ハールマンは両軍の対立をモニター越しに見守っていた。
「たまらないね、この空気。そうは思わないかい、メイレム」
「はっ。この空気と、言いますと?」
副官の男──メイレムと呼ばれた──が、曇りなき眼で尋ねる。
ミゼッタは、椅子を回して立ち上がり、演説のように語り始めた。
「──戦争の気配、って奴だろうね。この星に来て十年、オレたち『フレスベルグ』はずっと訓練ばかりしてきた。企業間抗争と言っても、その実やっていることは撃たず撃たせずの駆け引きばかり。そろそろ嫌になる頃合いだと思わないか?」
「実戦ですか。しかし──」
「あーあー。ダメダメ、ダメだよ」
人差し指をメイレムの唇に当て、ミゼッタは言葉を塞ぐ。
「海洋民兵だとか海賊だとか、取るに足らない下らない連中は大勢居るけれど、オレはね、メイレム。もっと血沸き肉躍る、本物の戦争がしたかったのさ……」
吐息が荒い。熱をもって語る彼女の言葉が、そのまま空間に熔け落ちた。
彼女の言葉を合図にしていたかのように、港湾部では大きな爆発が起こった。
「……開幕の花火が上がったようだね。さあ、機体を準備しようか」
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「今回の依頼主はアルジャバール・セキリティ・フォージ。アルジャバール・インダストリーの総合警備部門からの緊急ミッションですわ──」
三人のGSパイロットが入室するなり、前置き無くセレジアは始めた。
状況はひっ迫しているようだ。彼女の白い額にわずかな汗が滲んで見える。
「いまから八時間前。浮揚都市オクシリスに、SAVIO社の武装部隊が進軍し、ASF側の警備状況に対する強制監査の実施を試みましたわ。これは都市政府からの委託によるものでしたが、ASF側がこれを拒否したことで武力衝突が──」
「待って待って、待って……」
目をパチクリさせながら、ナイアが両手を突き出す。
「なんですの?」
「ごめんね、ちょっと分かんなかった。オクシリスって、確かアルジャバールの“企業都市”じゃなかったっけ? どうしてSAVIOの強制監査なんかが入るの?」
ふう、と息をついて、セレジアはホログラムのスライドを止めた。
「そこからでしたわね。ごめんなさい、焦っていますの……」
ホログラムがオクシリスの構造図から、近海の海図に変わる。
「数か月に見つかった、ナサニエル大鉱脈については覚えていまして?」
「うん。確かオクシリスの傍の断層で見つかった、おっきなクォーツ鉱脈だよね」
「以後十年は枯れない、とか言ってたかねぇ」
ジョニーがそっと言葉を付け加え、ナイアが頷いた。
B・Bはいつも通り、黙って聞いている。
「その通りですわ。このナサニエル大鉱脈を発見したのが、SAVIO傘下のとある研究チームだった。だけれど、鉱脈はオクシリスの領海内にその七割が埋没していた。当時から、この都市の治安・行政の管理はASFに委託されていましたの」
断層に沿って、蛇のようにうねる巨大な鉱脈がホログラムにフォーカスされる。
確かに、蛇の“頭”の部分だけが、オクシリスの領海から飛びだしていた。
「アルジャバールは都市への安全配慮を訴え、領海内での採掘活動の一切を禁止した。もちろん、これは対立企業であるSAVIOに対する妨害活動だった」
ジョニーが「ああ」と声を漏らした。
「そういえば、ずっと裁判やってたよな」
「そうですわ。今回のSAVIOによるオクシリス侵攻も、ナサニエル大鉱脈を狙ってのアプローチのひとつとみて良いでしょうね」
セレジアがホログラムを次のシーンに送る。オクシリスの都市政府、アルジャバール、SAVIOのロゴマーク、そして──海洋民兵の紀章が浮かんだ。
「件の強制監査は、SAVIOによる都市政府への働きかけによるもの。彼らは治安・行政契約の獲得に積極的に動き、遂にASFに対する強制監査権を獲得した」
ホログラムが流れて、アルジャバールと海洋民兵のロゴが起き上がる。
ふたつのエンブレムは互いに手を結ぶアニメーションを見せた。
「交渉の決め手となったのが、アルジャバールが近年進める海洋民兵への融和策。これが反社会的行動の助長かつ曖昧な態度であり、治安維持組織としての振舞いには不適切である──との都市政府の認識に、SAVIOがつけ入った形ですわね」
ナイアが目を丸くして、大きく頷く。
「強制監査で喧嘩を売って、合法的にASFを追い出そうって魂胆なのか」
「その通りですわ、ナイア。元よりアルジャバールとSAVIOは犬猿の仲。この二社が同じ街に居ては、諍いが起こるのもの時間の問題だったんですの……」
再び、ホログラムがブリーフィング当初のオクシリス構造図に戻る。
セレジアはそこでひと息ついた。ナイアもつられて深呼吸する。
「──本題に入りましょう。本ミッションの目的は、オクシリス南港湾部に展開する高出力エネルギー砲台、通称『ゴリアテ』の破壊、あるいは停止ですわ」
ゴリアテは、悪趣味なスタンドライトのような兵器だった。
細くて節のある支柱の先に首をもたげる、アンバランスなほど長大な砲身。そこに巻き付いた無数のケーブル、果実のように垂れ下がった無数のコンデンサ。
「ゴリアテは都市防衛用の自律砲台であり、現在はSAVIOの制御下にあります。本砲台がある限り、アルジャバール本社から到着予定の鎮圧部隊はオクシリスまで辿り着けない。これを先んじて無力化しておくのが、今回のお仕事ですわ」
ジョニーが吠えた。
「待て待て。上陸を妨害する兵器を、どうやって上陸して止めるんだよ」
「なぞなぞみたいだね」
「──ゴリアテの最大有効射程はおよそ7000メートル、一射ごとのインターバルは約36秒。うちの機体の中で一番速い《ブルー・ブッチャー》の脚なら、レーザーの発射回数を三発にまで抑えてゴリアテに到達できますの」
B・Bは猫背のまま、じっとホログラムを見据えた。
「この三発を、凌ぎ切る秘策がありますわ。けれど、そのためには貴方たち三人の連携が欠かせない。どう? 貴方たち、お互いのことを信用できる?」
三人は顔を見合わせた。まっさきにB・Bが答える。
「肯定だ」
たったそれだけだったが、それは心からの言葉だった。
ナイアが、彼に続いて答える。
「当然でしょ、セレジアさん」
セレジアは力強く頷くと、ジョニーを見つめた。
「貴方はどうなのかしら、ジョニー」
「俺は……妹は信用しているが、その……」
たじたじといった様子で、彼はB・Bを一瞥した。
ジョニーはふと気づく。
いつしかB・Bの眼差しには、より人間らしい光が宿っていた。
ホログラムの反射光──だろうか──。
気付けばジョニーは、頷いていた。
「ああ。この青いのは気に入らないが、性能は折り紙付きだからな……」
セレジアは手を打って鳴らした。
「決まりですわね。では作戦を説明しますわ。まず──」
彼女が語った作戦は、予想以上にシビアなものであったが、三人は何故だか、それが出来て当たり前のことのように、奇妙な確信を抱いたのだった。
 




