第二十四話:女たち
──“決闘”の翌日。
インスマス号の艦橋にて、B・Bはセレジアに事の顛末を話した。
「そう、彼女は確かに『ミゼッタ』と呼ばれていたんですわね?」
「ああ」
黒服の男たちと共に立ち去ったヴェルクという女は、セレジアの正体を知っていた。それに、ティレムスからずっとB・Bを尾行していたという彼女の告白が事実ならば、あの「天弦丸」という採掘艦の座礁も、意図的なものだったのだろう。
セレジアは“ミゼッタ”という名を聞いて、しばし逡巡する。
やがて心当たりがあるかのように、彼女はスマート・パッドを開いた。
「その人って、こんな顔でしたの?」
セレジアが掲げたスマート・パッドの画面には、インタビューを受ける制服姿の人物──ヴェルクが映し出されていた。
彼女の制服の胸元には、SAVIO社のロゴを模したバッジが張り付いている。
「こいつだ」
セレジアは軽く息をついて、彼女の正体を語った。
「ミゼッタ・ヴェルク・ハールマン。SAVIOが擁する専属GS部隊『フレスベルグ中隊』の指揮官であり、中隊きってのエースパイロットですわ」
「知り合いか?」
「小さい頃のお友達ですわ。……どうして気付けなかったのかしら」
と、艦橋のドアが開く。現れたのはバーシュ兄妹だ。
話は聞かせてもらった──とばかりに、ジョニーが訊ねる。
「で、なんだってそんな奴が、新人開拓者の真似して喧嘩売ってきたんだよ?」
セレジアは首をかしげて、唸る。
「わかりませんわ。昔から奔放な娘でしたのよ、ミゼッタは……」
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同刻。カスバ造船工廠を発った天弦丸の甲板には、一人の女が立っていた。
ミゼッタ・ヴェルク・ハールマン──B・Bたちに「ヴェルク」のミドルネームだけを名乗った彼女は、風の吹きすさぶ甲板から遠い水平線を見つめていた。
「ミゼッタ様! 船内にお戻りください、風がお体に障りますよ!」
甲板にやってきた少年が、ブランケットを手に声を張り上げる。ミゼッタはそれを受け取ると、少年をその身を引きよせて、彼にブランケットを巻き付けた。
「わっ、ミゼッタ様……」
「キミにもお礼を言わないといけないね、カール」
まだ幼い、見習い秘書にミゼッタは囁く。
「キミが偽造してくれた書類のおかげで、母上の目をどうにか誤魔化せたよ。いやぁ、あの青い人と戦るのは楽しかったなぁ……」
「もう……お転婆はこれで最後にしてくださいね。貴方様は我らがSAVIOの最高戦力であり、次の作戦においても、重要な役割を任されているのですから……」
カールの頭を撫でながら、ミゼッタは答えた。
「分かっているさ。あの決闘は、その下見でもあったんだ」
こつり、こつりとブーツの音を立てて、彼女は甲板の淵を歩き回った。
カールが慌てて、手振りで艦橋に減速の指示を出す。
「ふふ。それにしても、その口ぶり。母上は遂に腹を括ったみたいだね?」
「はい。例の──オクシリス制圧作戦ですが、参謀閣下は計画を承認されました」
「そうか」
ミゼッタは、降り掛かる水飛沫を手のひらに受けた。
「アルジャバールが実質的に支配する浮揚都市に、我が社の軍隊を駐留させる。当然、それを見過ごせない彼らは、実力行使で駐留部隊の排除に乗り出す」
でも──、とミゼッタは続けた。
「オレたち『フレスベルグ』が、排除を食い止める。アルジャバール側は、ここで切り札を切らざるを得ない。彼らが持つ、最強の切り札こそが──」
彼女は切れ長の眼差しで、遠い水平線を再び見つめた。
「──青のゴールドラッシュ以来、初となる五大企業間の直接対決。この星のバランスシートが狂う歴史的瞬間だ。ああ……本当に楽しみだよ、カール……」
甲板の淵に立ったミゼッタが、紅潮した頬を引き攣らせて凶悪な笑みを浮かべる。ブランケットを持ったままの幼い秘書は、彼女の殺気を前に動けなかった。
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──ゼニット・コンツェルン本社。
うす暗い実験室のデスクで、ソフィア・リングは“ウィスパー”が行った諜報活動の成果を受け取ると、にわかに顔をしかめて訊ねた。
「へぇ、お姉さまが海洋民兵に入れ知恵を? そう……あの人が開拓者に……」
自分に楯突いた愚かな姉は、家を追われ、会社を追われ、莫大な富と権力を失った挙句、哀れにも日雇いの傭兵モドキに成り下がったのだ。
──それは、良い。が……。
「まだ邪魔をしようというのね。私と、私のプロジェクトの邪魔を」
ソフィアは湧き上がる怒りのあまり、奥歯を噛み締め、砕いた。
「やはり殺すしかないわ、あの人は……」
シルクのハンカチに奥歯の欠片を吐き出しながら、ソフィアは言った。
「それと、もうひとつだけ」と、通話越しのウィスパーが言葉を付け加える。
『いよいよ、SAVIOが動き始めるっぽいですよ。狙いはオクシリス、おそらくは例の鉱脈の件で、アルジャバールとドンパチやりたくなったんでしょう』
「そう。それは使えそうじゃない?」
『えぇ。戦いの混乱に乗じて、ヴァルハラ・ホライズンの首は必ず刎ねてみせますよ。この僕と、僕の兄弟たち──貴方が作ったセカンド・ロットがね……』
静かに言い終えると、ウィスパーは通話を切った。
ソフィアは口の中に流れる血を舐めると、そっと呟いた。
「さようなら、お姉さま。あの世でお母さまによろしく……」




