第二十三話:決闘(後編)
遮蔽に身をひそめる《ブルー・ブッチャー》のもとへ、絶え間ない牽制射撃を仕掛けた《スウィート・ソロー》は、その勢いのまま強引に距離を詰めてきた。
低硬度シリコンゴムで覆われたメイスの先端が、その剛腕によって振るわれる。
『──主殿、防御をッ!』
「……くっ!」
コクピットにまで伝わる衝撃。凄まじい打撃音を伴って叩き落された“カトラス”が、火花をあげながら甲板を跳ねて、海水の満ちたメインプールに没する。
間髪入れずに《スウィート・ソロー》はサブマシンガンを構えた。一方の《ブルー・ブッチャー》は右腕部の“藍銅”を展開し、右から左への横薙ぎに腕を振るう。
模擬刀身の粘るような感触が、相手のサブマシンガンを擦る。
それを見て、管制塔がブザーを鳴らした。──破損判定だ。
《スウィート・ソロー》は即座にサブマシンガンを放棄すると、腰に佩いた二本目のメイスを左手に持ち、二刀流で構えた。
ラテン楽器の「マラカス」を思わせるような、柄の短いメイスだった。
リーチは“藍銅”とさほど変わりはしないが、懸念すべきは、その質量。
メイスの衝撃力を、一本のナイフで受け止めきれるか──。
否。考え方からして変えるべきだろう。
《ブルー・ブッチャー》がナイフの持ち方を逆手に変える。
B・Bは操縦グリップの親指位置にあるダイアルを回した。カチカチというクリック音と共に、HUDに現れたサークル状のアイコンが入れ替わる。
格闘プログラムの優先順位の変更操作だった。メイスをナイフで弾けないのなら、武器を持つ両の腕もろとも体術で捌けばいいのだ。
第三世代GSが備える運動性能を活かしきれば、それは十分に可能である。
『……来るぞ、主殿!』
射撃兵装を失った両機は、既に互いの得物の間合いにあった。先に仕掛けるのはどちらか、というとこで先に動いたのは《スウィート・ソロー》の方だった。
相手が甲板を蹴って跳躍する。振り上げられた二本のメイスが、時間差を置いて《ブルー・ブッチャー》へと降り下ろされた。B・Bは負けじとペダルを踏みこみ、飛び掛かる《スウィート・ソロー》の懐へと入り込んだ。
まず一本目のメイスを握りこんだ右腕を崩す。慣性の法則から、メイスの先端が直撃するまでにはいくらのタイムラグが見えた。
《ブルー・ブッチャー》は鋭く左腕を突き出し、掌底で相手の肩を打つ。
体勢を崩した《スウィート・ソロー》が、半ばヤケクソ気味に左のメイスを突きで返すが、対する《ブルー・ブッチャー》はその腕を“藍銅”で斬り上げた。
──再びの破損判定、管制塔から鳴らされるブザー。
《スウィート・ソロー》の左腕がだらりと垂れ下がった。
二機はぴったりのタイミングでバックステップを踏み、同時に距離を取る。
『歓天喜地。素敵だ、B・Bさん。オレの心は今、躍っている……』
愛おしさを抑えつけるような声に、B・Bはどこか不快感を覚えた。
『主殿、そろそろ冷却が持たんぞ』
「わかっている」
GSの動力源である小型核融合炉は海水による冷却式だ。海上での活動中とは違って、陸上での稼働時間には限界がある。
《ブルー・ブッチャー》はさらに後ろに飛び、メインプールへ飛び降りた。
両脚部の先端と、大腿部から伸びる六本の捕水索が着水し、新しい海水がポンプ内へと取り込まれる。海水の循環を示す低い唸りが、腹の底から響いた。
機体ステータスを赤く染めていた温度警告は、そこでようやく静かになった。
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観覧席から戦いを見ていたセレジアは、ほっと息をついた。
彼女が最も懸念していたこと──どこの馬の骨とも知れない相手に、信用ランクAまで上り詰めた自分たちが打ち負かされるような事態は避けられたようだ。
これだけのギャラリーを集めて、仮にそんな失態を晒してしまえば、今後の依頼にも影響が出てきてしまうだろう。三人には、後できつく言っておかなければ。
ひとまず彼女は、両隣に座るバーシュ兄妹に減給を言い渡した。
二人の顔はずうんと沈みきっている。
「さあ、トドメを……B・B」
◇
左腕を失ってからの《スウィート・ソロー》は、意外にも理知的だった。
重心のコントロール、慣性のコントロール、その全てを適切に管理して、メイスを持った右腕を鞭のようにしならせ、機体ごと振りかぶってくる。
その動きは柔軟であり、時として振りかぶったメイスを重心移動にも利用した。
──だが、それだけの技量があってもこの状況を覆すことは難しい。
B・Bは冷静に攻撃の間合いを図り、やがて“藍銅”を勢いよく突き伸ばした。
低硬度シリコンゴムのブレードが、相手の胴部と接触する。
次の瞬間、二機が対峙するメインプールに、けたたましいブザー音が響いた。
『《スウィート・ソロー》、胴体部への被弾により致命的損傷と判定』
観覧席のギャラリーが一斉に立ち上がり、歓声が沸く。
《スウィート・ソロー》は肩をすくめるように、メイスを放り捨てた。
『勝者、《ブルー・ブッチャー》! これにて模擬戦闘試験を終了します──』
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「当然至極。分かってはいたけれど、やっぱり勝てなかったか」
“エニグマ”側の乾ドックにて、B・Bが再収容された《ブルー・ブッチャー》の点検と整備の作業を見守っていたところ、ふいに背後からヴェルクの声がした。
B・Bは振り向き、わずかに眉をひそめる。ヴェルクが着る体にフィットしたパイロットスーツの胸元に、予想だにしていなかった二つの膨らみがあったからだ。
「ああ、これかい?」
彼──彼女は、自分の胸の大きな膨らみを指して言った。
「邪魔くさいから、私服だと抑えつけてるんだけどね。スーツを着るとそうもいかないからさ、困ったものだよ」
「……そうか」
こつり、こつりとブーツを鳴らしながら、ヴェルクはB・Bに歩み寄る。
彼女は艶やかな唇をB・Bの耳元に近づけ、色めかしく囁いた。
「キミと、ずっと戦っていたいけれど──。今日はお忍びで来ていてね、オレはもうお家に帰らなくちゃいけない」
細い指が、B・Bの黒髪を撫でる。
と、乾ドックに五、六人の黒服の男たちが入ってきた。
「ミゼッタお嬢様、こちらにおられたのですね。さ、お戻りください。お母様がお待ちです」
黒服の男に促され、ミゼッタと呼ばれたヴェルクは踵を返した。
去り際、ヴェルクは振り向いてB・Bに言う。
「キミとは……また会える気がするな。セレジア・リングのお嬢にも、よろしく伝えておいてくれ」
B・Bは応えなかった。
遠ざかる彼女の背中が消え去るまで、彼はただ見届けていた。




