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第二十二話:決闘(前編)

 第三ドックのメインプールには、二つの乾ドックが接続されていた。


 それぞれの乾ドックには、誰が呼んだか「エニグマ」と「クレセント」の名が与えられており、B・Bたちに貸し与えられたのは、エニグマの方の一画だった。


 エニグマに運ばれた《ブルー・ブッチャー》は、作業リグのガントリー・クレーンに吊るされたままの姿で最後の点検を受けている。

 急遽、呼び出された整備士たちの仕事は、武装類に対する非殺傷化だった。


 より具体的に言うのであれば、射撃兵装の弾倉に模擬戦闘用ペイント弾を装填し、格闘兵装の判定接触部を低硬度シリコンゴムへ換装するといった作業だ。


「いよーし、B・B。言われた作業工程は全て完了したぞ。カティアちゃんのユニットも積み直しておいたから、重量バランス以外はいつも通りのはずだぜ」


「ああ。助かった、マハル」


 B・Bは短く礼を述べると、作業リグのキャットウォークから《ブルー・ブッチャー》のコクピットへ飛び乗った。彼が手早くコンソール類を起動させると、そこに積まれたカティアが意気揚々と語り掛けてくる。


(いくさ)じゃ、主殿! 久方ぶりの戦じゃな!』


「ああ。勢い余って殺すなよ」


『ほっほっほ。少しは(わらわ)を信用せんか』


 戦闘モードの起動手順を続けていると、ジョニーがそこへ顔をのぞかせた。


「負けんじゃねえぞ、青いの。お前には大金が掛かってんだ。あの王子サマ気取りの鼻を明かして、俺にひと儲けさせてくれよ」


「王子? 奴の素性が分かったのか」


「知るかよッ! あだ名に決まってんだろバカが!」


 B・Bは顔をしかめた。


「無益な情報は不必要だ。──どけ、作業の邪魔だ」


 言うなりB・Bは、視線をジョニーから外した。

 ジョニーは頭を掻きむしってうめく。


「あぁー! なんかデジャヴだぜ、クソ」


 そうして彼はロープを掴むと、装甲を蹴ってキャットウォークへと戻る。

 捨て台詞のように、タラップを降りながらジョニーは言った。


「とにかく、負けるんじゃねえ。いいな?」


「了解だ」


 B・Bの返答を最後に、コクピット・ハッチは固く閉ざされた。


_____________________________________


 メインプールにガントリー・クレーンで運び込まれた二機のGSは、アビサル・クォーツ採掘艦を模した遮蔽構造物を挟んで、向かい合う形で対峙していた。

 B・Bはスクリーンを通して、ダミーの船体越しに垣間見える敵の姿を睨む。


 ヴェルクが乗る 《スウィート・ソロー》の原形となったのは、おそらく第二世代GSである《コボルト》。GSという兵器の運用思想の分岐点に立つ機体だ。


 “腕付き船舶”が起源となるGSは当初、接近戦など想定していなかった。


 それらが次第に同種兵器の普及や、技術進歩による機動性の向上から、より頻繁に至近距離での戦闘に立ち合うようになり、GSもそれに合わせて発展したのだ。

 すなわち、総合的な格闘戦能力の向上──ナイフや斧と言った、原始的な破壊性能を持つ格闘兵装の装備、それらを扱うための運動性の充実、機体出力の強化。


 それら最初に行ったのが、第二世代GS 《コボルト》だった。


 いわば本機は、射撃戦主体の第一世代機と、白兵戦に特化した第三世代機のちょうど中間に位置する機体である。そのバランスの良さは、旧式化した今となっても、未だに愛用するユーザーが多くみられるように高く評価されていた。

 あるいはヴェルクも、その特異な性質に惹かれた者の一人なのかもしれない。


『これより模擬戦闘試験を開始します。両機、戦闘準備を行ってください』


 第三ドック管制塔からのアナウンスが、観覧席のスピーカーに流れる。

 申請していた模擬戦開始時刻の五分前になったのだ。


 観覧席のギャラリーたちがざわめきはじめ、場は一気に賑やかになる。

 両機はガントリーとの接続を解除され、水飛沫と共にメインプールへ着水した。


『そういえば──まだあの時をお礼を言っていなかったね』


 短波通信を伝って、ヴェルクの綺麗な声がB・Bの元へ届く。


『この戦い、報恩謝徳(ほうおんしゃとく)の念を持って挑むとしよう』


 《スウィート・ソロー》両脚ポンプの唸りが、一際大きくなった。

 それに呼応するように《ブルー・ブッチャー》も低く唸る。


 それはまるで、縄張りを争い合う獣たちの威嚇の咆哮だった。


『それでは試験を開始します。両機は三秒のカウントで戦闘を始めてください』


 静寂。やがて、カウントが始まる。

 ──3、2……1……。


 そして、試験開始を告げるホーンは高らかに鳴り響いた。


 ◇


 試験開始と同時、二機のGSは鏡合わせの存在のように動いた。

 高く水飛沫をあげながら加速し、手にしたアサルトライフル/サブマシンガンのトリガーを引きながら、ダミー採掘艦の影に向かって移動。

 水飛沫が障壁となって、ペイント弾は互いに有効射にならなかった。

 もちろん、二人して計算ずくの動きだ。


 ダミー採掘艦に取り付いた二機は、射撃兵装だけを覗かせて撃ち合う。

 B・Bは、ナイアとプレイしたモグラ叩きというゲームのこと思い出した。


(──ふっ……)


『主殿。突撃のルート取りは妾の得意分野じゃぞ』


「……もう少し、このままでいい」


 言うとB・Bは、断続的にトリガーを引き続ける。

 しばらくしてから、砲声が止んだ。船体の向こうで水飛沫の音がする。

 相手がマガジンを捨てた音だ。リロードに入ったのだろう。

 B・Bはサブモニターに視線を落として、ペイント弾の残弾数を確認する。


 ──残り86発。


 相手のサブマシンガンは二列式(ダブルカラム)のボックス・マガジン。

 多く見積もって、フル装填60発程度。向こうの弾が先に尽きるのは必然だ。

 大容量ドラム・マガジンを持つ“カトラス”の有利が、ここで活きる。


 B・Bはペダルを踏み込み、大胆にも遮蔽から躍り出た。加速する《ブルー・ブッチャー》は匍匐(ほふく)前進めいた、低い姿勢で突撃する。


 水飛沫に紛れての強襲は、タクティカル・リロードを警戒してのものだ。


 通常、弾を撃ち切ってのリロードでは、薬室、マガジン共に完全に空の状態になる。だが、全弾を撃ち切る前にマガジンを交換することで、銃火器本体の薬室内に一発だけ弾を残した状態で、マガジンを弾入りの新しいものへ交換できる。


 これがタクティカル・リロードと呼ばれる戦技だ。


 この技を使って、リロード中の隙を補う可能性があった。

 そのためB・Bは、水飛沫を盾に突撃することを選んだのである。


 トリガーを引きながら、船体を大きく回り込む──。

 放たれたペイント弾は虚空を貫き、ダミー船体を大きく汚した。


『──上じゃ、主殿!』


 カティアが叫ぶのと同時に、頭上から、無数のペイント弾の雨が降ってくる。

 ……間一髪。B・Bは機体を即時潜航(ディッピング)させ、海面を盾にした。


 《スウィート・ソロー》は船体にしがみつき、上方から待ち伏せていた。


『なるほど。やはり並みのパイロットではないね……惹かれるな……』


 艶のある、うわずった声がインカムから響く。

 その声の源に向けて、B・Bは“カトラス”を撃ち放った。


 残弾を惜しみなく吐き出すが、それより先に《スウィート・ソロー》はダミー採掘艦の上に飛び乗って視界から消えた。B・Bも後を追って、機体を跳躍させる。


 船体の上で、二機は再び対峙した。艦橋を模した構造体を挟んだ位置だ。

 黒と紫に彩られた機影をモニターの隅に捉えながら、B・Bは“カトラス”のドラム・マガジンを交換する。レギュレーション上、これが最後のマガジンだ。


『実を言うとね、ずっとキミに興味があって後をつけていたんだよ』


 唐突の告白。B・Bはティレムスで感じた殺気の正体に勘づく。


「ゲームセンターで俺を見ていたのはお前か」


『──ザッツ・ライ!(その通り!)』


 張りのある答えと共に、サブマシンガンの乱射が襲った。

 《ブルー・ブッチャー》は機体を艦橋に押し付けるようにして身を守る。


『さあ、もっとオレに見せてくれ! キミが持つ力の全てを!』


 高揚する叫びと共に、甲板を蹴る轟音が鳴る。次の瞬間には、飛び出した《スウィート・ソロー》がモニターの視界いっぱいにメイスを振りかざしていた──。

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